髑髏(どくろ)、物を言う
『新伽婢子』
今は昔の話である。
現在の兵庫県西宮市、かつての摂州丸橋というところに、たいへん欲深く人の道に外れた男が住んでいた。
ある時、近隣の里にて頼母子(たのもし)があると聞いて、そちらに出向いて行った。
頼母子とは、何人かの人が集まって金を出し合い、そこにいる誰か一人に、その金を貸すという組合の事である。
さて。そこに至る道中に、墓場があった。
男がここを通っていると、なにやら着物の裾に重い物が引っかかったような感じがした。
振り向いて見れば、一つの髑髏(どくろ)が着物に喰い付いている。
墓場だから、このような物が転がっていてもおかしくは無い。
男はこれを無造作に蹴飛ばして先を行こうとすると、その髑髏が男の名を呼ぶ。
怪しいと思ったが、つい「何だ」と、問うた。
「はい。わたくしはその昔、貴方様にたいへん厚い恩をかけて頂いた者です。
どうにかして、死ぬまでにこの御恩をお返ししたいと思っておりましたが、
そこは無常な世の習い、願いを果たす事無く命が尽きました。
死ぬ間際まで、ただただその願いを忘れまじという一念で、貴方様が
もしかしたらこの墓場を通るのでは、と今に至るまで長い間待っていたのです。
それは、貴方様が儲かり、大富豪と成る方法を教えて差し上げる為なのです。
私がこれから言う事を、どうかお聴き願えませんか」
怪しい、と男は思い同時に恐ろしくも思ったが、儲かる、と聞いては捨てておけない。
いや、むしろ有難い。「ならば、聞こうか」
髑髏(しゃれこうべ)は、こう言った。
「これから隣りの里の頼母子に行きましたら、その場で皆さんにこう云うのです。
『先ほど、ここに来る道中で古い髑髏が喋るのを聞いた』と。
そうすれば、間違いなく皆さんはお笑いになり、信じる人は無いでしょう。
そこで『本当だ。今から皆で行って、物を言わせるのを聞かせる』と言うのです。
するとみんなは、絶対に嘘に違いない、と返すでしょう。そこであなたが強情に、
嘘では無いと言えば、おそらく賭け事となります。皆さんはこう言うでしょう。
『では、本当と言い張るのなら何か賭けるか』と。
ここで決して、安い賭けにしてはなりません。貴方様の全財産を賭けなさい。
加えて、約束を違えないという証文も書いた上で、ここに皆さんを連れて来なさい。
そうしたら、わたくしが今の様に物を言いましょう。
そうすれば、そこに居る人達の財産を悉く自分の物に出来ます。
それがなりましたら、わたくしも晴れて成仏できます。
それに、髑髏が物を言うことは、決して無いことでは無いのです。
その昔、白骨と化した慈恵(じえ)大師の首が女人に法華経を教えたと言う事があります。
又、小野小町の髑髏が歌を詠んだ事も、広く世に知られています。
必ず強気で言い通して、金を、儲けるのです」
髑髏は、この様に懇ろに男に教えた。
男はすっかり喜んで、髑髏と約束すると先を行った。
さて。
頼母子の集まりに着くと、男はさっそく物を言う髑髏と会った、と云った。
みんな、どっと笑い出した。
男は髑髏から言われた通りわざと息巻いて、
「そなたらが愚かで学が無いから、不思議な物事があるのを知らんのだ。
我はまざまざとアレと言葉を交わして来たのに、何とも、生垣を破って
通ろうとする様な馬鹿な人がいるものよ」
と、口悪く言って怒らせようとした。
果たして、おのおの怒り立って、
「ならば確かであろうな。こうなったら賭けをして、聞きに行こうじゃ無いか」
と云った。
男は、しめしめ。図に当たった、と喜んで己れの家、屋敷、様々な家具、田畑に
到るまで賭けに入れ、証文も書くと皆を率いて例の墓場に向かった。
あの髑髏があった。
男がそれを手に取って、
「今来たぞ。さあ、声を発して物を言え」
と声をかけた。
が、何の声もしなかった。
髑髏は、そのまま何も言わない。
どッ、と皆の嘲り笑う声が上がった。
男は首の付け根まで赤くなり、この髑髏を色々向きを変えたり又、優しく或いは
怒気を含めたりして話しかけたが、何の変化も無かった。
大笑いの的であった。
笑い声と罵声を浴びせると、みんなは賭けた財産全て取ってやろうと言い出した。
男は、言葉を尽くして詫びたが、何しろ普段から人を憎み、また人から憎まれて
いた事もあり、勘弁されなかった。
みんなは、男の妻と子供だけにボロ切れを一着ずつのみ許して、男の家から
追い出した。そして土地、山、田畑など全て山分けしてしまった。
全てを失って、男は激怒して墓場へ戻った。
暮石の前に転がっている例の髑髏に、こう言いた。
「なぜ、なぜ何も言わなかった。そうか、さては閻魔大王から冥土へ戻って来いと
言われたのだな。聞いたことがあるぞ。亡者には、時々娑婆に戻れる許しが
大王から与えられると。よし。次に娑婆に戻って来る日を、教えろ。今度こそ
賭けに勝つ。お前にも、相当の物を分けてやるぞ。いや、盛大な葬式をあげてやる」
と、涙ながらに髑髏に訴えると、カラカラと乾いた声が響いた。
「己れの名も言わない亡者の言うことを、なぜお前は信じたのだ。
ただの一度も人に慈悲を施したことのないお前に、返してやる恩などあるものか。
私はその昔、この土地に住んでいた者だ。
立派な屋敷と、大きな田畑と、豊かな暮らしに恵まれていたのだ。
それを、お主とお主の父が、卑劣な手段で全て掠め取ったのだ。
私は身の置き所も無く、何もかも失って恨み骨髄、飲食を絶ってこの墓の前で
首を括ったのだ。わたしの名は、内山新三郎(しんざぶろう)という。
いま、こうして思いの通りに報いを果たした。長年の恨みが晴れた」
男は大きな石を持つと、あざ笑う髑髏の上に落とした。
ぱりん、と音がして髑髏は割れた。
もう、何も言わなかった。
(終わり)
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