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さいきん読んだ本たちの記録

最近と言うほど最近でもないのだけど、私のように買った本を年単位で寝かせて熟成させる人間にとっては、半年ぐらいなら最近のうちに入る。


浮遊霊ブラジル/津村記久子

7つの短編を収めた短編集。生活の中で時折起こりうる摩擦というか引っかかりというか、そういう心のざわめきを柔らかく膨らめて遊び心たっぷりに描く。情景描写のリアルな部分とファンタジーな部分とのバランス感がすごく好みだった。「こういうことって、あるよね」と「いや無いぞ」が交互に来る。お気に入りは「うどん屋のジェンダー、またはコルネさん」。文体が心地よかったので同じ作者のエッセイ集「二度寝とは、遠くにありて想うもの」も購入。そちらは「数年後の自分の姿では?」と思うほど共感に溢れていたが、祖母に貸してみたところ「こんなに一々気にして生きてるの?大変だね」と思わぬ攻撃を食らった。


かのこちゃんとマドレーヌ夫人/万城目学

小学1年生のかのこちゃんと飼い猫のマドレーヌ夫人の生活を描く。かのこちゃんの行動や思考が自分の小学生時代を思い起こさせると同時に、どうして万城目先生は小学生の女の子だった経験がないはずなのにこんなに書けるんだろう、と不思議に思う。あの頃って筋が通ってなくてもわかり合えたし納得できてたよなあ。物語の中でかのこちゃんもマドレーヌ夫人も別れを経験するけれど、温かく優しい世界の中でやっぱり元気に生きていく。かのこちゃんには戻れないけれど、彼女らを取り巻く大人たちのように在りたいものです。


外科室・海城発電 他五篇/泉鏡花

「高野聖」で幻想的な描写に惹かれ、もっと読みたいなと思って買ってみたらファンタジー感がゼロだった短篇集。みんなみんな義や愛のためにアッサリ死んでしまうのでびっくりする。信ずるところを捻じ曲げるぐらいなら死を選ぶ!みたいな。まだ生まれがその後の人生を強く縛っていたこの時代では、意志の最大限の表現方法は「死」だったんだろうか。今より死が身近な時代だったというのもあるだろうけど、それにしても死にすぎな気がする。金沢の泉鏡花記念館で買った「薺/蝶々の目」とはえらい違いだった。まああれも結局、今より死が身近な時代の話であることに変わりはなかったか。


ここは退屈迎えに来て/山内マリコ

テレビで取り上げられるようなド田舎ではなく、スーパーもファミレスも何でもあるけど何もない、どこにでもある地方都市に生きる女性たちを描いた短編集。私自身そういう土地の出身だから作品の中に漂う閉鎖的な空気はくっきりと想像できて、これからの人生を重ねてちょっと憂鬱になったりした。結局こうあるべきと規定されたところに収まってしまう恐怖、何者にもなれなかった無力感を主人公達が戯けて自嘲して自分を納得させていくさまは、どこまでもリアルで残酷なぐらい。この作品集の中の一編である「あの子は貴族」が映画化したと聞いて気になっているけど、観た後一週間は引き摺りそう。


モチーフで読む美術史/宮下規久朗

様々な絵画によく出てくるモチーフが何を暗示しているのか、コンパクトに美味しいところだけ掻い摘んで紹介してくれる非常に都合の良い本。徳島の大塚国際美術館に行ったときに感じたけれど、西洋の絵画はキリスト教のことを理解していないと7割ぐらいしか楽しめないんじゃないかと思う。この本はカラーの図版が多く、読みながらググる必要がない点も良かった。


ダック・コール/稲見一良

さっくり言うと野鳥と男たちの話。これも短編集。硬派な文章が読みたくて買ったこともあり、全体的に空気が張りつめている。3本目の「密猟志願」が特に好き。森の中での、主人公(おじさん)と狩猟が得意な少年の非日常感溢れる交流と、彼らが戻らなければならない現実世界との対比がきれいで悲しい。情景描写があまりにもキッチリしているので、風景を脳内で映像化して小説を読むタイプの人間にはちょっと処理の負荷が大きかった。


美食探偵/火坂雅志

明治時代に実在した小説家で美食家の村井玄斎が、美味しい料理を食べながら様々な謎を解いていくミステリー作品。ドラマ化した明智五郎のほうじゃないよ。明治時代の豊かになりつつある時代背景×美味しそうな食事の描写×ミステリーという自分のツボを抉っていく組み合わせ。玄斎さんもワトソン的役割の山田君も上品で嫌味がなく、ミステリーの本筋を邪魔しないのがとてもよかった。NHKさん、是非実写ドラマ化してください。


お嬢さん放浪記/犬養道子

犬養毅の孫娘である道子さんの欧米留学記。まだ当時の日本人がほとんど見たことのなかった風景が美しく書かれていて、いつか行ってみたいなと思うものの、同じものが同じようには残っていないんだろうな。それにしても、道子さんの行動力が凄すぎて度々驚かされる。ロザリオを作って売り捌いて別の国へ移動するためのお金を作ったり、スラムのような場所で知らない人の世話をしたり。冒険譚として読むと面白いけれど、途中でそう言えば実話なのだった、と思い出す。生きて帰って来られたのが奇跡。


南の島のティオ/池澤夏樹

観光地の孤島でホテルを営む家の息子ティオと観光客との交流を描いた小説。ティオが住むのは民俗的というか神話的な信仰がまだ生きているけれど、外界から科学技術が流入し始め、均衡が崩れ始めているような土地。自然と神秘がわずかに残った世界で、ティオ達はそれと共存して生きている。大人が読んでも勿論面白いけれど、小中学生ぐらいで出会いたかったな。


華やかな食物誌/澁澤龍彦

知り合いの古本屋さんに薦められて読んだ「ねむり姫」が面白かったのを思い出し、澁澤作品をまた何か読みたいなと思っていたときに見つけた本。ちなみに「ねむり姫」は引っ越しの際にどこかへ雲隠れしてしまったが、買い直すのも悔しいので向こうから出てくるのを待っている。タイトルに食物誌とあったから、池波正太郎の「散歩のとき何か食べたくなって」みたいに思い出の味にまつわるエッセイでも纏まっているのかと思いきや、古代エジプトやらローマやらの食に纏わる面白エピソード集だった。世界史の記憶が殆どないので色々とWikipediaで調べながら読み、どのエピソードもキテレツで面白かったけれど、食欲が湧くことはなかった。

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