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ワンピースにハマっていない人間が観たライブショーと映画の記憶

この世には2種類のオタクがいる。人間社会と調和し、趣味をオープンにしても周囲に受け入れられている陽(よう)のオタクと、オタクであることをひた隠しにして生きる陰(いん)のオタクである。

私は陰のオタクだ。基本的に、相手からその手の話を振られない限りは好きな作品の話をしないし、非オタクに自分の好きなものの話をしたら、私のせいでその作品自体も嫌われてしまうのではないかとすら思っている。そうして息を潜めて生きる陰のオタクにとって、「ワンピース」はあまりにも縁遠い存在であった。


「ONE PIECE」は、週刊少年ジャンプで1997年から連載を続ける超ご長寿漫画だ。主人公の少年ルフィが海賊王を目指して航海を続ける物語で、友情・努力・勝利が描かれる様はまさに少年漫画の王道。陰のオタクである私からすれば、「ワンピースは陽のオタクがハマるもの」という認識があり、なんとなく触れることに気後れしてしまうところがあった。だって「ワンピース好きなんだ〜!」って言えること自体が、(もっと詳しい人がいたらニワカと思われそうで嫌だな.....)とか(私みたいな根暗な人間がワンピース好きだなんて言ったら笑われないかな....)という陰鬱な思考回路を持たない証明じゃないか。私にとって、ワンピースはまさに陽のオタクの象徴であった。小・中学生の頃に地元のローカル局がこち亀と共に何度も何度も再放送していたから、なんとなく初期のストーリーは知っているが、ルフィが仲間を揃えた後のことはほとんど知らないまま大学生になった。

そんな私が、突然ワンピース関連のイベントに出向くこととなった。10年来の友人が突然ワンピースにハマってしまったのだ。正直「なぜ今さら?」という感がしないでもないが、オタクが急に沼に落ちる生き物だということは私も身をもって分かっている。ハマってしまった後ではもうどうしようもない。それがオタクの宿命だ。

そんなわけで、東京タワーにある「東京ワンピースタワー」と、USJで開催されている「ワンピース・プレミア・サマー」、あとは映画「ONE PIECE STAMPEDE」に行くことになった。友人がそれぞれのイベントに出てくるキャラクターを熱心に教えてくれたので、無知を恐れる必要はなくなった。友人の気に入っているキャラクターの情報に偏っているような気がしないでもないが、それはともかく、私は「ワンピースのことをよく知らない人間の中では比較的ワンピースのことを知っている人間」となったのである。

半ば野次馬根性で出向いた数々のイベントだったが、結果から言うと、どれも全部面白かった。

東京ワンピースタワーでは「ライブアトラクション」、USJでは「プレミアショー」という名前でライブショーが行われていた。アニメ映像を流すライブではなく生身の人間が演じる舞台だ。

オタクの世界には2.5次元舞台、というものがある。城田優や斎藤工などを輩出した『ミュージカル テニスの王子様』、紅白出場を果たした『ミュージカル 刀剣乱舞』など、チケットが滅多に取れないほどの人気作が次々と打ち出されている。これらの2.5次元舞台では、俳優の個性が強く、作品をきっかけに俳優のファンとなるオタクも多い。歌が上手いとかダンスが上手いとか、それぞれの俳優が個性を生かしてキャラクターを演じている。声や喋り方も原作の声優と似ている俳優を選ぶか、俳優の努力で原作に寄せるかしている。

しかし、私達の見たワンピースのライブショーは違った。声がアニメ「そのまま」なのだ。人間のキャラクターはもちろん生身の俳優が担当するが、セリフはアニメの声優が担当する。歌でもないのに常に口パク。もちろん俳優の面々は相当な練習を重ねていて驚くほどタイミングは合っていたが、上述の2.5次元舞台に慣れ親しんだ私からすると、正直最初は違和感があった。成人男性から女性声優の声がするのが斬新というかなんというか。

けれど、周りを見ると、ワンピース好きのキッズ達が目を輝かせてルフィ達の戦いを見ていた。よく考えてみれば、彼らキッズが最初にワンピースに触れたのは、きっとアニメだったのだろう。今の小学生がワンピースの単行本を買うということはあまり考えにくい。だってもう90巻もあるし。周りによほどワンピースが好きな大人がいなければ、漫画から入るということはあるまい。今の小学生にとってのワンピースは、私達の世代から見たドラゴンボールのようなものだ。知ってるし、アニメも見たことあるけど漫画は持ってない。そんな風に「動くルフィさん」を応援してきたキッズにとっては田中真弓の声こそがルフィの声であり、自然な姿なのだ。

そしてもう一つ、2.5次元舞台と大きく違うのは、俳優の名前が徹底的に伏せられているところ。2.5次元舞台では当たり前のように俳優の名前が出ているし、なんならカーテンコールでは素の俳優が挨拶をする。俳優についているファンも多いし、俳優のファンクラブに入っているとチケットが取りやすかったりする。しかしワンピースのライブショーでは、俳優の名前が全く出てこないどころか、話によると1人のキャラクターでも日によって違う俳優が演じているという。熱心なファンは何度も通い詰め、俳優がどこの誰かを特定しているようだが、普通に参加している限りは全くわからない。俳優達はあくまでキャラクターとしてその場に現れて去っていく。彼らが応援しているキッズ達の夢を壊すことはない。

そんな徹底されたショーを目にして、私は漠然と「さっすが視聴者層の広い作品はすごいなァ」とだけ思っていたのだけれど、それだけが特徴ではなかった。ワンピースは、観客を置いていかない。いや、むしろ強引にでも作品の世界に連れて行く。

ショーが始まると、ルフィ達メインキャラクターが順番に現れ、漫画でおなじみの「ドドン!!」という効果音と同時にポーズを決める。当然のように流れる決め台詞とキャラクターそれぞれの説明。さすがにワンピースにハマっていない私でも知っているような情報までナレーションで説明してくれる。

また、ワンピースタワーのライブアトラクションでは、観客にペンライトが配られ、ライブアトラクションオリジナルのキャラクター(歌姫という設定)の歌に合わせてみんなで振る。また、USJのプレミアショーでは、ボン・クレーという奇抜なキャラクターの「がんばれ♡がんばれ♡」という掛け声に合わせて観客全員が応援団のように声援を送る。観客も動かすことによって作品の世界に没入しやすくする仕組みだ。

家族連れで来ているお父さんなどは気恥ずかしいだろうな〜なんて思いながら周りを見ていると、驚くことに、大人も子供も関係なく観客のほぼ全員が嬉しそうにペンライトを振ったり、ルフィにエールを送っている。恐らく、ショーのチケットをそれなりの値段設定にすることで、純粋にワンピースが好きな人間だけを参加させ、会場のワンピース愛密度を高めているのだろう。私のようにワンピースにハマっていない人間が参加するのは稀で、居たとしてもそれがバレないように周りに合わせるしかない。

何も知らない人が見たら、大の大人がぎっしり並んで「がんばれ♡がんばれ♡」と声を上げる様子は狂気じみているとしか言いようがないだろう。しかし不思議なことに、周りの人々に合わせているうちに、羞恥とか疑念とかそういったものがどうでもよくなってくるのだ。恐るべし、集団心理(?)。豪快な爆破や水しぶきを見せられて現実味を失った脳みそはまともな判断力を失っていて、終わった頃には、「これは集団幻覚だったのでは...?」という考えがよぎった。

そんな集団幻覚で基礎知識を植え付けられた状態で迎えたのが映画スタンピードだった。友人の気合の入り方は異常で、一緒に観に行くためにわざわざ前売り券をプレゼントしてくれた。これは行くしかあるまい、と向かった先には、老若男女様々な観客がいた。日曜日の朝に民放でやってるアニメの映画版だし、と子供だらけの劇場を想像していたが、自分たちの親世代かそれより上の人も沢山いる。正直、そんなに?と思っていたが、観てみると大人も十分楽しめる内容となっていた。まず、出てくるキャラクターをしっかり解説してくれるのが良い。劇場版なので、主人公の仲間達だけではなく、海賊から海軍まで人気のキャラクター達が総出演していて、正直知らないキャラクターも居たのだけれど、すべて解説してくれるので知らなくても普通に観られる。そして、その人気のキャラクター達が、巨大な敵と闘うために協力し合う。海賊、海軍、革命軍、すべて混ぜこぜに。私のように知識が偏った人間ですら「すごい事になってるなあ」と分かるほどなので、まともにルフィー達の冒険を見守ってきた人なら胸が熱くなること間違いなし。お約束、というか王道の展開なので、無駄にハラハラすることなく安心して見ていられる。これは老若男女がハマるわけだわ、と納得した。

こうしてワンピース関連の諸々を摂取して感じたのは、「長い間廃れない作品は傲りがない」ということだ。主人公の名前ぐらい知ってるだろ、などと端折らずに、毎回毎回きちんと「海賊王を目指す少年、モンキー・D・ルフィー」と教えてくれる。これは新規参入者には有難い限りだ。

そして、それでいて長年のファンへのサービスも忘れない。長らく本編で出てこないキャラクターは番外編で採用する。もちろん、新規参入者にもきっちりと説明した上でのことだ。

正直、ワンピースのことをちょっと怖いと思っていた私だったが、実際はとても優しかった。食わず嫌いと偏屈とが躊躇わせていただけだったのだ。この一連の出来事を通して、私は「ワンピースのことをよく知らない人間の中では比較的ワンピースのことを知っている人間」から「ワンピースのことをよく知らない人間の中では比較的ワンピースのことが好きな人間」に変化した。今後アニメを全部見返すかと言われれば、それはちょっと難しいけれど。


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