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劣等感のミルフィーユ


行けなくなった歯医者に電話するのが怖い。

行けなくなった精神科からの電話を折り返すのが怖い。


ここ数日、いや数週間、
生きている意味がわからない夜を過ごしている。

授業のある時間には起きられず、物が散乱した部屋で、ギターを弾く。
飽きるまで、何時間も歌う。指の感覚がなくなって、声は枯れて、
それでも生きている意味は見つからない。

夕日が差し込む頃、自転車に乗ってバイトに向かう。
ほとんど人の来ない図書館の入り口で、誰かが来るのを待っている。


数人の利用者が帰った後、鍵を閉めて再び自転車に乗る。
坂道をどこまでも、どこまでも下っていく。

真っ暗な夜、月明かりだけがわたしを照らす。

コンビニに寄って、値引きシールが貼られたおにぎりを二つ、カゴに入れる。いくら飲んだって酔えないのに、アルコールに手を伸ばす。

足の踏み場もない小さな部屋に帰ってきた瞬間、涙がとまらなくなる。
意味も分からず、その場で声をあげて泣いている。

今日が終わってしまう。何もできずに。

何も知らない太陽は、もう数時間で顔を出してしまう。
その事実に耐えられず、泣き疲れて茫然と窓の外を見ている。

そんな毎日を、過ごしている。



寝ても覚めても、思い出す光景がある。

中学生の時、授業を休んで見上げていた保健室の天井の模様。
風に揺れていた薄い青色のカーテン。
遠くに聞こえる体育の笛の音。

高校時代乗っていた、みんなより遅い11時のバス。
着いて真っ先に向かう生徒指導室。溜まった遅刻届。
廊下で感じていた、昼休み前の教室のざわざわした空気。

大学の教室の前、足が動かなくなったあの暗い廊下。
しゃがんで一人、声を殺して泣いている。
分厚いドアの向こうから聞こえる授業の声。

わたしに劣等感が塗り重ねられていったあの光景。

思い出したくもないのに、頭にこびりついて離れない。
息が上がって、苦しくなって、またお酒を飲む。


果てしなく積もった劣等感が、ミルフィーユみたいに甘かったらいいのに、と突然思う。
いちごと生クリームをのせて、いつかぜーんぶ食べ切っちゃえたらいいのに。そうしたら、辛かった思い出も報われて、幸せな気持ちになれるのに。


わたしの真っ暗な日々が、いつか誰かを幸せにする甘いお菓子になる日は来るんだろうか。

そんな日が来ることを願って、わたしは文章を書く。
書いて、書いて、この世に縋り付いて、
梅雨が明けたら、本当にミルフィーユを食べに行こう。

それを楽しみに、今日も生きよう。


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