中間子論


男「夢を見た。それはずっと昔の、思い出のような夢だった。僕は壁相手にひとりでキャッチボールをしていてそうしながら、何か別のことを考えていた。そしたらボールを取り損ねて。コロコロと転がっていったその先に同い年くらいの女の子がいた。暗くて、静かな目をしてた。女の子はそのボールをひろい、僕に投げ返してくれた。
ぼくは何かを言いかけたのだけど。
ちょうど5時のチャイムが鳴って。
もう帰らなきゃいけなかったから。
「またね」と言ってその場を去った。」

女「エレベーターを待っている。さらながら地平線を眺めるミーアキャットの群れのように
エレベーターの階数が下るのを見つめる。
ミーアキャットが地平線を眺めるのは日光浴をして体温調節をするためであるが私たちがエレベーターの階数を下るのを見つめるのはその間に流れる手持ちぶたさな時間を誤魔化すためで、特に意味はない。ん。意味あるか。エレベーターがきた。エレベーターに乗る。あ、間違えた。下に行く奴だ

男「エレベーターを待っている。ん?エレベーター。エスカレーターだっけ。エレベートで検索をしてみる。エレベート、持ち上げる。なるほど。あ。エレベーターが来た、あぶない、下の階に行く奴だ なのであ、大丈夫です。的な ジェスチャーをしてエレベータが上がってくるのを待つ。
ついこの間はウッカリ乗ってしまったので自分の成長を感じる。エレベーターが上がってきた。エレベーターが開くとそこには、さっきエレベーターに乗ったはずの女の人がひとりそのことを誤魔化すように階数ボタンを眺めていた。
知らないフリをして僕も階数ボタンを眺める。」

女「よし。ばれてない。」

男「一定の速度で運動をしている閉ざされた空間の中で我々は運動をしていることを感じることはできない。同様にして、宇宙で上向きに加速するエレベーターの中ではその場に居続けようとする慣性力と重力を我々は見分けることができない。」

女「なるほど。どこで本を読んでも同じなのだが、わざわざ、喫茶店に行って本を読むのは
昨日と今日を区別するためだ。それ以上でもそれ以下でもない。布団の引力から、はい出て、今日もワタシは喫茶店にいく」
  
男「あ、一人で」
女「あ、一人で」

男「あ、すいません」
女「注文お願いします」

男「えっと、サンドウィッチ1つで」
女「えっと…‥アイスティーで」

男「さてと。」

女「といって、彼はカバンからパソコンをとり出す。
デスクトップを見つめて、あごに手をやり
最初の一行を書きだす」

男「彼女は本を読んでいる。
いつでもどこでも、暇さへあれば本を読んでいる。
「時間がいくらあってもたりないぜ」
というのが彼女の口癖だ。
「そんなにいっぱい本を読んで何になるつもりなの?」と彼女に尋ねると
「全知全能」と迷いもなく答えた。」

女「あ、」
男「ここらへんで」

男「高校でも成績優秀だった彼女が、唯一赤点をとった科目が物理だった。そして彼女は、そのことを理由に、物理学科に進学することを決めた。根本的に、負けず嫌いで。ひねくれた性格で。
それ故に損をすることも沢山あった。物理学においては、残念ながら今でも片思いが続いている。」

女「そう言えば。 昨日、夢を見た。それはずっと昔の、思い出のような夢だった。私のもとにコロコロとボールが転がってきて、それをを拾い上げるとその先に同い年くらいの男の子がいた。

私が、ボールを投げ返すと。「そうだ」といって。男の子は、ボールをそっと静かに落として得意げに「万有引力って知ってる?」と言った。「知ってるよ」って言ってやりたかったんだけど。ちょうど5時のチャイムが鳴って。
「またね」と男の子が言ったので
「またね」と言って後ろ姿を見つめた。」

男「地球も月も、私もあなたも、象もミジンコも、木も花も、石ころも水も すべてのものは互いにひきつけあっている。月は地球の周りを回って、地球は太陽の周りを回って、太陽は銀河の中心を回って、銀河の中心は何の周りを回っているのか。
女「すべてのものは原子でできている。
原子の中には原子核と電子があって原子核の周りを電子が回っている。
男「これらの力はすべて、物体どうしが離れているにもかかわらず働く。」
女「このような力を遠隔力という。」
男「遠隔力はどうして離れているにもかかわらず、力がはたらくのか。
「物理学者の湯川秀樹は、中間子という、粒子モデルを考えた。」

女「あ」
男「雨だ」

男「あ。」
女「やっば」

男「あの、すいません」
女「お会計おねがいします。」
男「あ、パスモで」
女「あ、レシートいらないです」

男「外に出て。傘を差す」
女「いつも持っているはずの折りたたみ傘を忘れたことに気づく」

女「あちゃあ。」
「と小さな独り言を言うと」

男「あのー。」
女「と誰かに話しかけられた。」

女「振り返ると・・・」
女「店員さんがお店に忘れたハンカチを届けてくれた」
女「あ、ありがとうございます」

女「とりあえず、ハンカチを頭に乗せて、急ぎ足で駅に向かう」

男「改札に入り、階段を上り、ホームに来る。」
女「「ぷシュー」という音と共に電車に乗る。」

男「彼女は再び本を読みはじめる。」
女「彼は外を眺めながら。」

男「立ち並ぶ工場の煙突からでる煙で、薄ぼんやりとした風景は僕が小さい頃にすんでいた公団住宅のベランダから見る風景と良く似ていた。ベランダからは、車の量と割りに合わなほどやたら広い道路と工場地帯と、その先には、すべてを見下ろすほどひときわ大きな高層マンションが建っていた。所謂、国の住宅政策の一環とした「ニュータウン構想」の元に作れられたこの町に引っ越してきたのは小学校2年生のときだった。僕の両親は共働きで、いわゆる鍵っ子というやつで、僕はそのベランダから親の車が現れるのをけなげに待ち続けていた。夕方になると工場からでる煙が雲のように太陽からの光を散乱させて、薄紫色の近未来都市のような幻想的な風景を作り上げていた。夜になると、工場は無駄にライトアップされて(まぁ安全のためだとは思うんだけど)「まだまだ働きまっせ」といった感じの姿を横目に、宿題をはじめる。夜も遅くなると、ようやく工場の明かりは消え、高層マンションの部屋の小さな灯りだけが残る。僕はその灯りに向かって、こんばんは、と言いながら、ベランダにでる。もうすぐ両親が帰って来る。お腹が空いた。」

女「今日はなに食べよっかな」

男「「ぷしゅー」という音と共に電車を降りる。」
女「階段をくだり改札を出ると」

女「え」
男「あ」
女「うそ」

男「雨やんでる」
女「いぇーい」
男「・・・BOOKOFF行こう」
女「薬局よってこ」


男「(自動ドア)ウィーン」
女「いらっしゃいませー」

男「BOOKOFFに来た」
「何も思いつかないときは大概、BOOKOFFにいくでも。あたりまえのことだけど」
「知れば知るほど、色々なことはすでにやられていて」
「だから大概、絶望に暮れて、漫画を読んで終わる。やれやれ。」
 

女「薬局にきた」
女「慢性鼻炎の私にとって鼻シュッシュは生活必需品なのだ」
女「先日鼻を嚙むことにどのくらいの時間を費やしているかを測定したら
1回の動作に10秒、
1日30回は噛むので、1年で約30時間
24年間でなんと1か月も鼻を噛むことだけに
費やしているとこいうことがわかった。なんてこった。」

男「あ。と偶然手にしたその本は、高校のときの同級生の、佐藤晶子が読んでいた本だった。」

女「へっくしょん」

男「佐藤晶子は、、、、ほんとよくわからない置物みたいな存在で。 」
男「いつもの一人で本を読んでいて。
男「教室にいるときは耳にイヤホンをして机に絵ばっかり描いていて。
男「いつも一人でご飯を食べていて。
男「でもなんか。・・・、暇さえあれば、ボクは佐藤晶子の観察をしていた。」

女「あ、袋ください。すいません。
あ、えっと、PASMOだっけ、スイカだっけ。え、同じ?結局同じなんですか?
そうなんですね。あ、レシートいらないです」
男「それはたぶん。佐藤晶子の中に自分と同じ何かを感じていたからかもしれない。」

歩きながら

女「レジで言うこと多いんだよな。」

男「佐藤晶子はいったいどんな本を読んでいたんだろうか」

女「ただいまー」
男「ただいまー」

女「ただいまを言う相手もいない。」

女「ただいまー♪のあとは♪ガラガラジンジン♪ガラガライソジンジン♪ぶぇ
男「ソラミツ~?ソラミツー?あれ、ソラミ、あ、いた
もうソラミツー、つかれたよ。もうかわいいな、お前な、」
女「だらだら、だらだら」
男「ん、どうした」
女「お腹すいた」
男「おなか空いたか。わかった。」
女「ん。あぁ!(といって立ち上がり)」
男「どうしたどうした。」
女「あ~ぁ(あくび)、
男「なんか変だぞ、おまえ」
女「なんかあったっけかな・・・。
男「いまつくるからね。」
女「あ、これあるじゃん、ぁ牛乳もあるし。よし。ふっふっふーんんん♪」

男、鼻歌を歌う。

男「ん~ん~た~に会いたくて~会いたくて~♪

女、鼻歌を歌う。

女「あ~な~た~は毛沢東、毛沢東♪
「スズメのせいで、イネがとれない、百万人があっという間にしんだ。」
女「ふっ。(自分が言ったことに笑う)いいのできた」

男「ソラミツ、ごはんだよ」
女「よし。のんでみよーっと」
男「おいしい?」
女「うえ。マズ。・・・なにこれ」
男「よかったね」
女「くさってんじゃんこれ」
男「(さてやるかと切り替えるように)よし」
女「お湯わかそ」

男「椅子に座り、パソコンを開く。もう外はすっかり暗くなっている」
女「ぽこぽことお湯が湧く音を聞きながら、本を手に取り、外を眺める」

女「私は本を読んでいた。」
「私の両親は共働きで、私はいつも本を読みながら親の帰りを待ち続けていた。ふと窓の外を見ると夜で。窓の外にには、模型みたいに小さな公団住宅のアパートの灯りがたくさん見えた。夜も遅くなると、その灯りも、ひとつ、またひとつと消えていき、最後のひとつの部屋はいつも決まっている。私はその部屋にむかって」
女「こんばんわ」
男「と挨拶をしながらベランダに出る。」
女「冷たい夜の風と闇と孤独が、その小さな光をより輝かせて見せた」
男「ここと同じように、そこに灯りがあるように。」
女「私と同じような誰かが、きっと何かを待っているんだろう。」
男「その灯りをみていると、なんとなくそのことを共有することができた。」
女「私が見ているその灯りが、数秒前の明かりだとしても。」
男「そんなのは近似できるほどの誤差程度でしかないよ!」
女「と言ってしまえるような距離」
男「と時間が。」
女「私達はこの宇宙で一人きりではないのかもしれない」
男「と思わせてくれた。」

女、しおりをはさみ、丁寧に本を閉じる
男、丁寧に本を閉じる。

女「いつか私は彼と会うことができるのだろうか。」
男「いつか僕は彼女と会うことができるのだろうか。」

男「なんてことを考えながら。今日も」
女「おやすみなさい」
男「おやすみなさい」
女「と挨拶をして」
男「部屋の電気を消す。」
女「またあした」

暗転
明転

ソラミツは一回り大きくなっている。
男「テテテ、テテテ、テテテ、テテテ」

女、携帯を叩く
女「ん!」

男「イテ!」

女「ん?ん、あ。まずいもう7時じゃん」

ぼさぼさの頭を鏡をみながらとかし。。
女「あー。うー。えっと、5分、5分、5分。5分、5分、5分。よし。」
男「あれ。携帯、携帯がない。」
女「あれ、メガネがない。メガネ。」
男「あれ、ない。だって、さっき、アラーム・・、あ、おい、ソラミツお前食べただろう」
女「あ。髪もこんなぼさぼさだし、あ、メガネ。え、かけたまま寝たの?」
女「あ、あった。」
男「もういいや」
女「よし。」

女は本と携帯とウォークマンと化粧品をバックに入れて外に出る。
男は、筆記用具とノートパソコンと本をバッグの中に入れて外に出る。

男「いってきます」
女「いってきます」

男「と玄関をでて」
女「鍵を閉める。」
男「職場に向う」
女「横断歩道」
男「信号待ちで、ふと」

女「いつからだろうか。私はいつも本を読んでいた。本さえ読んでいれば時間はあっという間に過ぎていったし、めんどくさい現実を多少なりとも忘れることができた。だからこそ、この長ったらしい人生をやり過ごすのには、本こそが最高のアイテムだった。私が両親や学校から何かを得た記憶はない。本は常にある種の知識と見解と教訓を与えてくれた。そのおかげで私は中学のときにはすでに大学レベルの知識を備えており、学校の勉強などというものは退屈そのものだった。」

女、駅のホームへ
男、駅のホームへ

男「僕は。まぁクラスの中ではいわゆる下層民族的な存在で、暇さえあれば、数学の問題をといていた。因数分解をしては展開し、展開をしては因数分解を繰り返し、それに飽きたら、微分をしては積分をし、積分をしては微分をしてを繰り返した。まぁだからといって、特にいじめみたいなものを受けていたわけではない。むしろ、バカなやつらとはかかわりたくないと思っていたのが正直なところだ。」

女、ホームから電車へ
男、ホームから電車へ

女「まわりのみんながバカに見えてしまったことは仕方が無いことだった。だからといって彼らに対して、バカにした態度をとるなんてバカなことはしない。しかしながら、バカと同じようにバカみたいにに振舞うのもバカみたいだったので、私は、あまりバカとは関わらないように、存在感を薄く薄く薄くして、ただただ空気みたいに生きることにした。特に、虎視眈々と有名大学を狙っていたとかそういうわけではない。ただただ、私は私として誰にも迷惑をかけず、平和に生きたいというのが、最大にして唯一の希望だった。」

女、電車からコンビニへ
男、電車からオンビニへ

男「といってもまぁそういう風に自分に暗示をかけていただけで。本当はどうして、自分はアチラ側にいけないのだろうと。常にぐちゃぐちゃした思いを傍らに抱えていた。かといって。なんとなく世の中の渡り方というか、妥協の仕方というか、嘘のつき方というか、そういうものを、ごっくんと飲み込みつつあった自分は、クラスの中で小さなコミュニティを作り、哀れな日常会話を繰り返していた。」

女、コンビニから外へ
男、コンビニから外へ

女「別に友達がほしいとなんて思っていなかった。自己完結したこの世界が私にとってもっとも居心地のよい場所だった。にもかかわらず、担任一年目の熱血先生はおせっかいにもそんな私のことをよく気にかけてくれた。その先生は女子からとてもとても人気のある先生で、女どもが、よからぬうわさを立てるには格好のネタだった。いつの間にやら、私のお腹の中には先生の子供がいるということになっていた。」

女、外から信号待ち
男、外から信号待ち

男「その頃というのは結構テレビとかで騒がれるくらいイジメが流行った時期で、となりのクラスなんかはクラスの半数ぐらいが自殺しちゃって学級閉鎖になってしまった。先生も「センター試験の時期はイジメが流行りやすいから、みんなも気をつけるように。」とか言っていたけど、どうやったら気をつけるのか分からなかった。そんな流行病はうちのクラスにもやってきていた。その第一の被害者が、佐藤晶子だった。」

二人、会社へ歩いていく。

女「そうして、所謂いじめがはじまった。学校にいくと机の中の教科書もノートもすべて無くなっていた。三日後、それらは部室棟の男子便所の中で発見された。何よりも驚いたことは、何も抵抗できない自分がいたことだった。集団のバカに対して私は無力で、手をあげることも、声をあげることも、言いつけることすらできなかった。私ができる唯一のことは、机の上にぐるぐるとした線を描きながら、怨念を募らせ、彼らを駆逐するべき神を召喚しつづけることだけだった。」

男「「女ってほんとめんどくさいね」とか友達と話すくらいで、僕はそれに対して特に何をすることもせず、そんなときでもただただ佐藤晶子を観察し続けていた。佐藤晶子は何があっても、ぴくりとも表情を変えず、何事もないように授業を受けつづけた。しかしながら、そのことがまた、バカどものイジメを進化させていった。そして、いつしか、佐藤晶子は休み時間になると教室から姿を消すようになった。」

女「おはようございます。」
男「おはようございます」

二人、デスク

男「僕は彼女を探すでもなく、探しながら、なんとなくではないのだけど、まぁなんとなく図書室にいった。そこには案の定、何事もないように静かに本を読んでいる佐藤晶子がいた。」
女「あ、これ返しておきますね」
男「僕は、勇気を振り絞って彼女に話しかけてみることにした。」

男「ねぇ。」

女「え?」
男「ちょっと聞いていい?」
女「え。あ。はい」
男「あの。太宰治の人間失格ってどこあるかわかる?」
女「たぶん、あそこらへんです。」
男「え。あ。ありがと。」
女「いえ」
男「いや。図書室とかはじめてで。え?読んだことある?」
女「何がですか?」
男「太宰治の人間失格」
女「あぁまぁ。」
男「面白かった?」
女「いや。」
男「え、そうなの」
女「わたしはですけど」
男「なに読んでるの?」
女「え?」
男「だから。」
女「いや。読んでないです」
男「読んでるじゃん。それ。」
女「これは。」
男「おもしろいの?」
女「まぁ。はい。」
男「どんな話なの?」
女「いや。まぁ。話すと長くなるので。」
男「面白いよね」
女「なにがですか」
男「キャラが」
女「・・・悪趣味ですね」
男「そうね」

男「じゃあ。読み終わったら貸してよ。」
女「え。あ。でも。これ下巻なんで」
男「あ、そうなんだ。あ、じゃあ。上巻どっかあるかな」

男、本を探しながら

男「なんか  いつも変な絵描いてるでしよ。」
女「え。」
男「ぐるぐる、毛玉みたいなの。机とかに。」
女「あー。」
男「いや。ユニークだなと思って」
女「え、なんなんですか」
男「なんて名前なの?」

女「・・・さとう」
男「あ。いや。あの。その。毛玉」
女「あ、あああ、あぁ」
男「なんか考えてはいるの?」
女「いや。別に。」
男「え、考えてるでしょ」
女「考えてないです」
男「ぜったい考えてるでしょ」
女「考えてないです。」
男「え、教えてよ。」
女「いや。いいです。」
男「あそ。」

女「・・・ソラミツ」
男「え?」
女「ソラミツです。」
男「・・へー。ソラミツっていうんだ」
女「・・・」
男「とりあえず男の子なのね。」
女「え。いや。あ、はい
男「え、あ、違った?」
女「はい。いや、でもそれでいいです。」
男「あ。女。女で」
女「男で、男で。」」
男「いや。ごめん」
女「いや。ごめんなさい」

男「どんなやつなの。」
女「いや。そこまでは。」
男「たぶんね。ソラミツは・・・魔物なんだよ。」
女「え、魔物?」
男「え、だめ?」
女「いや。いいです。」
男「でね。ソラミツははじめはすごい小さいの。もうね。このくらい。ビー玉くらいに小さいの。でもね。いつの間にかどんどんと大きくなっていくの。」
女「なんでソラミツは大きくなるの?」
男「分からない。でもほらホコリとかってそうじゃん。どこからともなくやってきて。いつの間にか大きくなっていって。」
女「でも。」
男「え?」
女「魔物だったらなんか悪いことをしなくちゃ。」
男「そうだね・・・うん。だからソラミツはとにかく食欲が旺盛なんだよ。だから周りにあるものを次々と飲み込んでいく。」
女「たとえば?」
男「まずは。目覚まし時計が食べられる。」
女「なんで目覚ましなの?」
男「20デシベル以上の音を発するものをソラミツの好んで食べるんだ」
女「だから真っ先に狙われたのね」
男「そういうこと」
女「それから?」
男「それから。テレビが食べられる。」
女「次は?」
男「お父さんとお母さんが食べられる」
女「お父さんもお母さんも?」
男「そう、お父さんもお母さんも商店街のおばちゃんも
女「八百屋のおじさんも。」
男「校門に立っている体育の先生も。」
女「クラスもみんなも。」

女「・・・図書室みたい」
男「うん。世界は空っぽ。静かな世界だ」
女「私も飲み込まれちゃったの?」
男「うん。残念ながら。生きているのは。ソラミツと僕だけさ。」
女「え。」
男「なに?」
女「ずるくない?」
男「悲鳴をあげた君がいけないんだよ。}
女「え、どうにかならないの?」
男「じゃあ。わかった吐き出そう。」
女「ごめんなさい。」
男「君はソラミツですら消化不能な特異体質だったってことにしよう。」
女「なにそれなんか嫌だけど生き残るためには仕方が無いのね。」
男「仕方が無い。まぁなんだろプラスチックみたいなゴムみたいな。それに近い何かだったんだよ。君は。」
女「知らなかった、衝撃の事実ね」
男「だれももずっといってくれなかったんだね」
女「そっか。うん、sでもそれでよかったと思う。」
男「そうだね」

男「さぁどうしよう。」
女「ソラミツには乗れる?」
男「そうだね。その頃にはだいぶ大きくなっていると思うけど。」
女「じゃあ。乗りたい」
男「じゃ乗ろう。どこへいく?」
女「砂漠にいきたい」
男「じゃあいこう。ついたね」
女「砂漠だね」
男「なにもないね」
女「暇だね」
男「そうね」
2人、笑う
女「なにこれ
男「え、でもあるんだよ、実際に
女「え、どういうこと?
男「多世界解釈っていうんだけど。たとえば2つの分かれ道があったとして、君が右の道を選んだとするでしょ。でも、同時に左の道を選んだ世界も存在していて。そう考えると、宇宙が始まって今に至るまて無数の世界が存在しているっことになるから、今、僕らが想像した世界も必ずどこかに、あ

男「、、少ししゃべりすぎたかな」
女「そうですね。」
女「あ、ありましたか?本」
男「なかった。かりられちゃったのかな」
女「そうですか」
男「また。話そう」
女「・・・」
男「・・・ぁ」
女「・・・?」
男「いや。昔。近所に住んでる女の子と約束したの。でも。結局「また」はなかったから。」
女「‥またあした」
男「ん?
女「・・・せーの」
女「また明日」
男「また明日」
男「あれ、おかしいな。なんでだろう。」
女「せーの
女「また明日」
男「また明日
男「あれ、だめだ、うまくいかない」
女「‥ずいぶん遠くに離れちゃったんだね
男「‥そっか。そうみたいだね」
女「またどこかで
男「うん。またどこかで」

女、パタンの本を閉じる

女、外を眺めている。
男、外の眺めながら

男「僕が佐藤晶子としゃべったのは、結局それが最後でした。」
女「私が彼としゃべったの、結局それが最後でした」

男「高2くらいから」
女「彼はいつのまにか、学校からいなくなっていました」
男「父は単身赴任といって家をでていったきり帰ってこなくなったり、」
女「マンションのベランダから見る灯りも、夜になる前に消えていました」
男「父の分までと一生懸命働いた母は、過労で倒れ、そのまま帰らぬ人になりました。」
女「私は学校でひとりきりになってしまいました」

男「僕は、新潟の祖父母の家に預けれることになり、」
女「学校での小さないじめは日増しにエスカレートしていったが」
男「公団住宅とも学校ともクラスのすばらしい友達とも、」
女「それらを何事もなかったかのように」
男「おさらばすることになった。」
女「隠蔽作業を繰り返した」
男「祖父母は二人で旅行にいっちゃうくらいとても仲の良い夫婦で」
女「家でも何事もなかったように振舞って」
男「本当に僕らによくしてくれた。」
女「両親もバカみたいに笑っていた」
男「でも、僕が高校3年の新学期がはじまった頃に、」
女「私は学校を休みがちになりました。」
男「祖父は、はしごから落ちて」
女「マンションから見る昼の風景は」
男「死んでしまいました。」
女「とても新鮮でした。」
男「はしごを上っているときに大きな風が吹いて」
女「私は」
男「はしごは」
女「どこか」
男「綺麗な」
女「遠くに」
男「円を描いて」
女「いってしまった彼のことを思いました。」
男「倒れていったということです。」

女「彼は今頃きっと。」
男「新しい高校で新しい友達との嘘のようなに楽しい学校生活を送りました」
女「それなりの生活をしているのだと思います。」
男「佐藤晶子のことは僕の頭の中からすっかり消えていました」
女「もうきっと彼と会うことは二度とないのだなと思うとすごくすごく悲しい気持ちになりました」
男「そんなある日」

男「ただいまー」
女「ただいまー」

二人、電車を降りて、家に

男「そんなある日」
男「佐藤晶子から手紙が届いた。」
女「私は彼に手紙を書きました。」

男、手紙を探す。
女、手紙を書く。

男「その手紙が届いたころ。僕はたしか、
「初めてできた彼女と、初めてのセックスをしていました。」


女「お元気ですか。私は元気です。私のことをあなたは覚えているでしょうか。きっと覚えていていないかもしれません。いや、たぶん覚えていないでしょう。いや。もしかしたら覚えているかもしれません。覚えているか、覚えていないかなんて、私は知る余地もありません。だから、そんなこと考えたってしかたがないのだけど。私はそのことをよく考えます。とにかく。私が言えることは、あなたはどうかしらないけれど、私はあなたのことを覚えているということです。」

女「私は今でも。あのときのあの会話について考えています。あのとき言えなかったことや、言ってしまったことや、あの話の続きを、今でもよく考えています。ソラミツはいまでは現役を引退し、綺麗な奥さんと結婚して、子供を生んで、幸せな生活をしています。ちょっと安易でしょうか。あなたならなんていうでしょうか。でも。そういうお話も良いのではないかと思います。」

女「時が経てば経つほど、あのときのあの会話は、私の人生にとって、もっとも貴重なものであったのだと感じるのです。貴方はもしかすると、私のことを理解してくれる唯一無二の存在で、私も貴方のことを理解できる唯一無二の存在なんじゃないかな、なんてことを思います。でも、これも私が勝手に思っちゃっているだけで、あなたは全然そんなこと思っていないし、思わなくてもいいんだけど。でも、私が思いをはせるのも、そんなの仕方なくて。だって私は、貴方が今何を考えているなんて本当のところ分からないもの。それは貴方だってそうじゃない。だからね。」

女「私が言いたいのはつまり。いや、あなたは既に理解しつくしてしまっているかもしれないけど。結局、私達はそういう風にしか、物事を語ることも捉えることもできないし。未来の私と未来の貴方について私はなんの保障もできないし、約束もできないってことを。私でない貴方について私は、本当の事実は何も知ることはできないってことを。あなたと共感したいのです。」

女「それは遠くの空の星を見つめているときと同じ感覚だと思うの。その星は光の速さでこちらに届いているんだけど。それはどんなにがんばっても過去の光なの。そこには私と星との距離があって、その間を情報が渡るためには時間が必要なの。それに対して私が返事を書くとするじゃない?でもそれが届くのは、少しあとの未来なの。貴方にその手紙が届いたときには、すでに私は手紙を送ったときの私じゃなくて、私はもうそこにはいなくて。その行き違いが因果ってやつで私達の間の空間と時間に付きまとう悲しみってやつなの。そのことについて、きっと貴方は。あなただけは、私は気づいているのだと思うのです。私はどうか貴方とその悲しみについて共感をしたいと思うのです。」

女「できることならば。もう一度、あなたとお話をしてみたい。次はきっともう少し、愉快にコミカルにお話できると思うので。もしもお話ができるのならば、光速を超えて今の貴方のもとにたどり着きたい。そのためになら私は光にだってなれると思うのです。」

女「光に、その存在はあるのでしょうか。存在とは何でしょうか。たとえ私が無価値な存在だとしても、私にはその存在があるのです。質量があるのです。大きさがあるのです。叩けば音がなるのです。だから、私がここにいるためには、少なからずスペースが必要で、私はこの空間を神様からお借りしているのです。そのことに価値を見出さなければいけないのでしょうか。」

女「この手紙が届くころには私はもうそこにいません。でも。あなたに分かっていただきたいのは。これは、逃げることではなく、屈することではなく、私の全身全霊をこめた、最後の一撃であるということです。貴方を除く全人類に対する呪いであり、そのためのイケニエであり、なにより、私の存在証明なのであります。」

女「さようなら。追伸。こうなることは、まったくもって貴方のせいじゃないし、むしろ貴方は最後の希望でした、ただ、その希望が叶わなかったとしても、だれも貴方をせめないし。ただただ。宇宙の小さな汚点が、太陽の黒点が、仏様の涙ほくろがひっそりと、大塚美容外科で綺麗になっちゃうみたいなものですから。どうかお気になさらずいてください。それだけが私の願いであります。私があなたに伝えたいことは、ただただただ感謝と。その他のいくつかの、いくつかの思いのみです。さようなら。手を放します。」

暗転

男「落下する物体は、1秒間で9.8メートル毎秒づつ速くなり、1秒後には4.9m、2秒後には19.6m、3秒後には、44.1m落下します。したがって、地上54mの18階建の建物から物体が落下した場合、およそ3・3秒後には、物体と地面の距離は60cm程度になり、そのときの物体の速度は、下向きに32.34メートル毎秒、時速で表すと116.24キロメートル毎時となります。ちなみに、そのときの物体の持っている運動エネルギーはその質量を50kgだとすると、26246ジュール。これはピストル弾丸の40倍、ライフル弾の6倍、TNT火薬5グラム分の爆発のエネルギーに匹敵します。ばん。」

男「その手紙には、ぐるぐるぐるぐるとした線が、描かれていました」

男「佐藤晶子は今頃何をしているだろうか。」
男「きっと本の好きだった彼女は図書館の司書にでもなって。どこの図書館で。忙しそうに働いているのかもしれない。」
男「もし。仮にそういう未来に君がたどりついていたとしても。宇宙はあまりにも広すぎて。君がいまいる座標を正確に特定することはできないでしょう。」
男「でも僕は君を探すでもなく、探しながら、この宇宙を漂っている。」

女「あ、いたい。いたい、いたい。いたい。あいたいあいたいあいたい・・・」
男「僕はいま図書館に向かっている。」

明転

男、女を見ている。息を呑んでいる。

男「あの。・・・・この本の下巻ってありますか。」
女「あ、ちょっと待ってくださいね」
男「あの。」
女「はい?」
男「あ。いや。なんでもないです。」
女「あ、借りられてしまっていますね。」
男「そうですか。」
女「すいません。」
男「いいです。ありがとうございます。」

女「あの。」
男「はい?」
女「予約しておきますか?」
男「え、あ、お願いします。」
女「あ。はい。わかりました。」

男「あの。」
女「はい」


※リーディング用の作品になっています。

無料上演可能です。

上演の際は、劇団どろんこプロレス

doronko_prowres@yahoo.co.jp

までご一報下さい。



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