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2023/08/05


夫に浴衣を着せた。
義祖母からいただいた、なぜか演歌歌手の名前が小さく入っている紺色の浴衣。
帯は少し明るい青の角帯を片ばさみで結んだ。
初めての浴衣に夫は最初こそ不慣れなようだったが、歩幅にも慣れて動きも自然になった。

今年度に入ってから、デイケアでのプログラムや取り組みシステムが変更になったことが良い面として出ているのか、色んなことにまた興味が出てきたらしい。
昨年の今頃は、浴衣を着て一緒に出かけたいと言ったら「俺はいいや」とお断りされた。
「俺はいい」ってなんなんだ。
あなたと出かけたいんだっつーの。
という言葉を飲み込んだのが懐かしい。

大切な人が困難に晒されている時に、真に力になるとはどういうことができる人のことを指すのだろう。
わたしは金銭的にも行動的にも制限が多くて、本当に大切な友人なのになかなか駆けつけることができなくて、とても悔しいという話をこれまた大切な友人にこぼした。
かの人はそれをとても真っ直ぐに受け止めてくれて、意味もわたしの発したそのままを汲んでくれた。
その上で同じ気持ちだということを教えてくれて、友人が大変な事態だというのに、わたしはかの人との間にある柔らかな感情の共有にとても救われた。


ある日は、とても小さなことで苛々しやすい日だった。
電車の列に並ばずに割り込みをしようとする人にも、電車内でやたら足を広げて座っている人にも、クリニックの待合室で大きな音を出してスマホゲームをしている人にも。
舌打ちも表情に出すこともわざわざ声をかけてということもしないが、小さなことで苛々する自分はとてもいやだった。

ある夜、深夜に目が覚めた。
どうしようもない破壊衝動にぼんやりした頭が占拠されたような感覚で、必死でそれを抑え込む。
初めは膝を殴っていたが、隣で寝ていた夫が少し起きてしまったので中止。
半覚醒のような状態で握りしめた左腕は、朝になったら傷だらけになっていた。

怒りや破壊衝動は、精神科医によって対応というか対処方法の示し方が異なるらしい。
そもそもその衝動を外に出してはいけないという先生もいるという。
担当医は、「わたしは外に出してもいいと思うんです。2大ルールを守っていれば」と言った。

ひとつは、自分を傷つけないこと。
例えば壁を殴るなどして自分の拳が痛い、というのはアウト。

もうひとつは、他人に迷惑をかけないこと。
例えば急に大声を出して周りに迷惑をかけるのはアウト。

例として先生は、枕に顔を埋めて叫ぶとか、周りに人がいないのを確認した上での川への石の投げ込みなどを挙げた。
なるほど、外に出してもいいものなのか。
2大ルールを守れば。
少しほっとした。
怒りは外に向けてはならないものだと、抑えるものだとばかり昔から思ってきたから、枕に顔を埋めて叫ぶなんてしたこともなかった。
先生の、肯定的な意見もとても優しかった。

昔から、自分の中に制御の効かない狼がいる気がする時がある。
これは人に話しても伝わったことがあまりない。
古い首輪と錆びた鎖に繋がれた狼は、時々ものすごく獰猛になって牙を剥く。
暴れ回りわたしの内壁を傷つけ、その牙を外へ向けようとする。
外へ向けないように、鎖が杭から抜けないように、わたしは木槌で杭を打ち直す。
深く、抜けることがないように。


ひとつ、行ってもよかったのか判断が悩ましい行動があって、それが大切な友人を傷つけたり迷惑になっていませんようにと願う。


紫水

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