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2023/07/31


どうしようもなく何かを書きたくなってここを作った。
ひっそりと、誰に知られずともよいと思って。

表と裏というのはどんな人間にもあるものだと思っているが、インターネット上にも勿論それは存在している。
そしてわたしには表のアカウントもある。
表があるということは裏のアカウントがあるということ。
表のわたしは沢山の方に知られ過ぎていて、心のうちをこうして何の衒いもなく綴ることはできなくなった。
家族のあれこれも書きづらくなった。
わたしにとって書くということはアウトプットとは異なる意味を持っていて、ゆっくりと思考と向き合うというか、今自分が何を思っているのかを文字を見ながら確認するような感じがしている。

だから本当は、ずっと息苦しかった。
SNSなんてやめればいいのにとも思うが、告知や集客のためには手放せないツールになっている。
フォロワーが増えるたび、イベントで顔を合わせてSNSを交換するたび、逃げ場がなくなるようだった。

細い息を吐くようにSNSでも裏のアカウントを活用しているけれど、どうもそれだけでは足りないらしい。
140文字なんてすぐ上限が来てしまう。

他の場所も考えたけれど、勝手知ったるという感じでここが選択された。
安易ともいう。

今日は思い立って『違国日記』を一気読みした。
朝のあどけなく無邪気な残酷さ、かつての自分もそうであっただろう行動。
何者になるのかわからない、可能性ばかりを指摘される思春期。
槙生には共感というのかシンパシーというのか、親近感というのか…とにかくそれらに近しいものを感じていて、だから読んでいてとても好きだと思う。
彼女が発する言葉たちはわたしにとって当たり前のことが多くて、うんうんそうだよねと無言で頷きたくなることも多くて、朝がそれに対して「わからない」という方がわたしは「わからない」。
これは単純に年齢的なものなのかもしれないし、元々の性質なのかもしれない。
どちらなのかはアラフォーになったわたしにはわからないけれど。

明日と明後日は急遽お店番を頼まれた。
働かせていただいているリサイクルお着物やは、とても居心地がいい。
商品整理をしたり掃除をしたり接客をしたり。
今年の10月で始めてから1年になる。
1年って本当にあっという間だ。

この調子であっという間にこの人生を閉じられたらいいのにとも思う。


紫水

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