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ときのそらがステージに帰ってきた日

その日、「イベント戦士」が私たちの前に帰ってきた。

【盛り上げ曲いっぱい】20才の歌ライブ【#ときのそら後夜祭】

2020年6月14日
『ときのそら後夜祭ライブ』がYouTube Liveにて開催された。

今年2月に行われたアニゲーフェスのSorAZステージ以降、世界的な感染症拡大による長らくの自粛期間を経てようやく開催可能となったそのライブは、我々そらともにとっても、ときのそら自身にとっても、一日千秋の思いで待ち望んでいたものであった。

この日のライブから約1ヶ月前の5月15日、ときのそらは20歳の誕生日を迎えた。
本来なら、誕生日ライブイベントをときのそらが1stライブ『Dream!』を開催したVeats shibuyaにて開催する予定であったが、当時はライブはおろか、スタジオに向かうことすら困難な状況にあり、ライブイベントは誕生日記念生放送という形に変更された。
ホロライブのメンバーや『四月一日さん』の出演者、共に音楽の仕事をしてきた仲間など大勢の人からメッセージが寄せられ、最後には生歌も披露されたその生放送は、まさに節目の日に相応しい素晴らしい盛り上がりを見せた。だが「ステージの上に立てなかった」という蟠りや無念さが晴れたかといえば、それはまた別の話であった。
今回のライブが「後夜祭」と銘を打たれたのは、例え配信限定のイベントであっても、誕生日に叶えられなかったことに改めてリベンジしたいという彼女の思いが込められている故なのだろう。

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後夜祭ライブを控えた前の週、ときのそらは友人Aと共にビッグゴッドミォーン(大神ミオ)の占いの館にて、自らのこれからの活動(特に音楽方面)について占った。
自分ではどうすることもできない困難――まさに今の社会情勢に牙を剥かれ、理想と現実の乖離に悩まされてきた分、万全の体勢を整えて「そらワールド」を見せつける時が来る――まさに「イベント戦士」の再来を示唆するようなタロットカードの配置は、確かにこの日のライブを予知していたのかもしれない。

【占いの館】ときのそら先輩、えーちゃんを占います【#大神ミオの占いの館】

そして6月14日21時
ときのそらのライブステージは幕を開けた。
暗がりから光に当てられて登場するステージ上のアイドル、青のサイリウムで埋め尽くされたアリーナ、ホロライブのロゴがカラフルに装飾されたディスプレイ、曲目に合わせて色を変え点灯と消灯を繰り返すステージライト……運営のライブ演出に対する気合いの入れ様を感じるその光景に、見る者の期待とボルテージも既に天井を破りかけていた。

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そんな開幕を飾った1曲目はお馴染み『太陽系デスコ』。総再生数300万回達成も近い、ときのそらの「歌ってみた」を代表する一曲。

【MMD公開】太陽系デスコ/ときのそら【歌ってMMDで踊ってみた】

生歌での披露は不可能と思われていた怒涛の高音域をいとも容易く歌い切ってしまう姿は、最早ときのそらのライブにおける日常的光景ともいえる。
彼女の音楽的武器を見出したこの曲は何度聴いても色褪せない。それどころか聴く度にその攻撃力を高めていき、聴く者に息つく暇も与えない。

水色の制服衣装で踊る動画内の彼女が曲の終盤でアイドル衣装に変身し、そしてアイドル衣装を更に進化させたDream!衣装でステージに立つという文脈を、是非とも感じてほしい。

2曲目に披露されたのは『Dream✩Story』。ときのそらのデビューアルバム『Dreaming!』の1曲目にも収録された、自己紹介曲と呼ぶに相応しいオリジナルソングである。

【ときのそら×キノシタ】Dream☆Story【オリジナル曲・キャラソン】

どのライブでもこの曲が選曲される機会が多いのは、初めてときのそらを知った人でも「この曲を聴けばときのそらがどんな子かわかる」という側面が強いからだろう。
明るくアップテンポで時々ゆったり。途中のコールはその場にいる全員との一体感を生み出し、瞬きをする間も無く夢に向かって走っていく……そんな「彼女らしさ」を、歌と音楽で見事に表現している。

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3曲目は『インスタントヘヴン』。「よるのそら」という色違いの別人(本人)とデュエットした動画は話題になったが、なんとそのよるのそらが、ときのそらと並んで同じステージの上に立ったのだ。

【一人二役で】インスタントヘヴン【歌ってみた/ときのそら】

一人で女性パートと男性パートを歌い分け、一人で二人分の振りつけをこなす……そこにいるのはときのそら一人の筈だが、確かによるのそらは存在している。一見不可思議な話ではあるが、そんな不可思議さを演出に昇華させられるのは、やはり「バーチャル」特有のものなのだろう。
そしてここまでの低音も歌い切れるその音域の広さと歌唱力も、またときのそら特有のものだ。

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ところで、配信のみのバーチャルライブが果たして本当にライブの定義として当てはまるのかと考えた人もいたのではないだろうか。
確かに私たちは実物のステージを見ているわけではないし、どれだけ声を上げてもそれが会場内に響くわけではない。私たちが見ているのは、本当の意味でライブなのだろうか。
そんな問いに対して、ときのそらは曲間のMCにてこんな答えを示している。

「みんながいて、私はステージに立ってる。だからこれはライブなんです」

――この言葉がライブの真理だろう。私たちの目に映っているのは、確かにステージの上に立つときのそらだ。私たちはコメントやツイートを通して感情を共有し、肉声は届かなくても歓声を浴びせている。歌と音楽、演出を通して受け取る感動はリアルのライブと違わない。
私は彼女の言葉を聞いて、改めて「ときのそらのライブを見ている」と実感することができた。


4曲目は『ベノム』。歌詞や曲調が生み出す独特な世界観と、サビの「めっ」という些か母性が醸し出されるワードが何かに刺さった人は、きっと少なくないだろう。

【歌ってみた】ベノム / ときのそら(cover)【かいりきベア】

人差し指を重ねてバツを作りながら繰り出される「めっ」は、ライブにおいてもその破壊力を存分に見せつけた。
見る者の心臓を撃ち抜く可愛さと格好よさを併せ持ったその歌声はときのそらというアイドルの持つ多面的なポテンシャルを示し、「そらワールド」で観客を圧倒した。

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5曲目は『青空のシンフォニー』。
5月15日、ときのそら20歳の誕生日記念として発売された、ときのそら作詞作曲の楽曲である。

意外なことに、この曲が最初に披露されたのは2018年の弾き語り生放送でのこと。

【18/04/12(木)20:00~】またまたあれをやります生放送【ときのそら生放送】

当時『七色のメロディー』と名づけられたその曲はピアノ伴奏と共に一番だけが歌われた後、長らく日の目を見ることなく、そらとも内では伝説として扱われるようになった。
当時のときのそらは歌うことが好きな少女であったが、決して自身の音楽的才能に自信を持っていたわけではなく、あの清楚なときのそらをして「私の作る曲なんてくそだから」と言わしめるほどであった。
だが『七色のメロディー』の完成を望むそらともの声は多く、中には配信から歌を抽出してアレンジを作るそらとももいた。
そして2020年、『七色のメロディー』は新しく歌詞を書き下ろされ、プロの音楽家の協力を借りて『青空のシンフォニー』としてリリースされた。まさに2年越しの出来事であった。
この日のライブで歌われたのは一番だけであったが、次のライブではフルバージョンで歌いたいという彼女の言葉に、私たちは新たな期待を胸に抱いた。

そして最後の6曲目に歌われたのは、ホロライブ全体曲としてお馴染みの『Shiny Smily Story』。

【水着で踊る特別版MV】VTuber事務所「ホロライブ」公式曲第1弾『ShinySmilyStory』試聴動画 【 #ホロライブサマー

初めは一人だった彼女が、今では沢山の仲間に囲まれている――それを彼女視点の感慨を通して見ているような、そんな感覚になった。
『Shiny Smily Story』はホロライブ全体の曲だが、それを彼女が一人で歌う時、『Shiny Smily Story』はときのそらの曲になる。それは曲中にある「もう私は一人じゃない」「らしく輝きたい」などの歌詞が、ときのそらというアイドルのテーマそのものを現わしているからかもしれない。
ホロライブはメンバーそれぞれの個性が強いグループだが、「自分らしさ」に最も悩まされてきたのは恐らく彼女だろう。
だがステージの上を駆ける彼女には、個性に悩んでいた頃の片鱗はもう見当たらない。
「想像を超えてく世界」を何度も彼女に見せられてきた私たちは、このライブで改めてホロライブの始祖たる存在としての貫禄を目の当たりにした。

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彼女が自らを「イベント戦士」と呼ぶ通り、イベントは彼女の主戦場である。未曽有の社会情勢で思うような活動ができなかった彼女と、ときのそらのパフォーマンスを求め続けていたそらともにとって、今回のライブはアイドルとしての彼女を解放させる念願の舞台だった。
ステージの上に立つときのそらにはアイドルの女神が憑依している――いや、彼女自身がアイドルの女神なのかもしれない。
もしもあなたが今回のライブで初めてときのそらの覚醒を目の当たりにしたのなら、いつかリアルのライブステージにも足を運んでみてほしい。終演から電車に乗って自宅に戻るまでの間、きっと魂を奪われたようにステージの光景を思い返すことになるだろう。

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ときのそらが作る世界は、ときのそらにしか作り出せない。そんな唯一無二の世界が今の俯いた世界を青色に染めていく光景を、私はいつも待ち望んでいる。