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『傷つかないと決めると楽になった』 パラリンピアン 初瀬 勇輔の死生観

障害者スポーツの発展に不可欠

ある時は、全日本視覚障害者柔道90kg級、同81kg級のアスリート
ある時は、日本パラリンピアンズ協会、日本ラップ協会などの協会運営
ある時は、(株)ユニバーサルスタイルの代表として、
障害者雇用を促進する実業家

またある時は、バーレーン2021アジアユースパラ競技大会 選手団 団長として、13~23歳のパラリンピアンを鼓舞する初瀬 勇輔(はつせ ゆうすけ)さんの死生観…

人生のどん底は視力を失ったとき

浪人時代、緑内障を発症し、右目の視野を奪われた
中央大学(法学部)2年時、再度緑内障を発症し、
左目の視野まで奪われてしまった...

視力を失い、歯磨きやご飯を食べることさえ難しい
人の顔が見えなければ、文字を読むこともできない
夢や目標、視力を失い、死にたいと思ったことも…

弁護士を目指すも、六法全書を読めなくなった…
弁護士の道を諦め、就活するも、20社以上落ち続け、
心折れかけた…結局200社以上受け、障害者雇用をする会社に内定し、何とか滑り込むことができた!

全く目が見えなくなる覚悟は?

聴覚障害の友人と飲食時、何気ない会話から…
全く目が見えなくなる覚悟はできている?
俺は全く聞こえなくなる覚悟ができている
と友人は言った…

正直、第二の失明はきついと感じた…
障害が違うと考え方も異なる…24歳で失明したとき、『あったものを無くすという喪失感が凄かった...』
既にある不便や不自由が増すことを考えていなかった…

いい経験をして欲しい

Q. アジアユースパラ競技大会では、
どういう激励をしましたか?

本音では楽しんで欲しいと願っている』
選手団 団長として、それは言いにくい…
この大会では、思うことがたくさんあった…

ユース選手には、生まれつき(先天性)障害を
持っている選手が多い。
中途障害者がほぼいない為、悲壮感がなく、暗くない。むしろ、みんなめちゃくちゃ明るい
歪みや卑屈、妬み嫉みがない。
影が無く、気持ちの良い大会だった!

アジアユースパラ競技大会終了後、
団旗返還式(解散式)では、こんなことを伝えた…

スポーツの価値はパラリンピックに出ることではない。
皆がスポーツできていること、努力できていること、
成長できていること。仲間がいること自体が良いこと。楽しんで欲しい…

アジアパラ金メダル

スポーツや仲間と出会えたこと、
人生で成長できること、

スポーツのお蔭で自分たちがいることを
大事にして続けて欲しい…
スポーツのお蔭で今があると思って欲しい…

保証されている明日はない

Q. 初瀬さんにとって「覚悟を決める」とは、
どういうことなのだろう?

独立を決めた時に、覚悟を決めた…
「いつか障害者の雇用を作りたい」
と思っていた。
311の震災目が悪くなった頃の絶望感』と被った…
保証されている明日はない』ことを思い出した。

毎日、同じ明日が来ると思っているけど、
明日、何があるかわからないんだったら、
「やりたいと思っていることにチャレンジしよう」
と思った。そして覚悟が決まった!
独立することを決断した!

死生観(どう生きるか)に繋がるかもしれないが…
目が悪くなった時に『同じ明日は来ない』ことを
知った。そして悟った。
目が悪くなるという青天の霹靂があった…。

大人の人と、こういう(死生観:どう生きるか)
話をするのって、楽しいですね(笑)

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少し、立ち止まるだけで違う

Q. ポジティブでチャレンジャーな初瀬さんですら
死を考えたことがある…
なぜ、死にたいって思ったのか?
なぜ、死にたいと思う気持ちから、
脱することができたのか?

目が悪くなり、手術で良くなるだろうと思っていた…
数日経ってもダメ…
人の顔、文字全てが見えない…

昨日できたことができない…
できていたことができなくなるというのは、
「失う」という感覚が強かった

家が裕福ではないけれど、
自分がチャレンジすれば逆転できる
なんとかなると思っていた…

自分の努力ではなんともならない…
なりたい自分になれないということを悟って絶望した。

浪人して遅れていたのに…失明で…友達と比較の連続。
今までやってきたことがゼロになる、
 マイナスになる…』

苦労するなら死んだほうがましなんじゃないか…

未知…目が悪くて『どう生きていくのか?』
生き方がわからない…
これからの生活が想像つかない…』

音楽なら有名人(レイチャールズ、スティービーワンダー)がいる…
弁護士になりたかったので、六法全書を読めない…
どうにもならないと思っていた…

母親に死にたいことを伝えた時、母親からの返答…
「そんなに死にたいなら死んでもいい。
 そのかわり私も一緒に死ぬ。」
母親を死なせるのは、やっぱり良くないなと悟った…

視覚障害者柔道組み方

一旦、立ち止まろうと思った。
期限をきって、頑張ってみようと思った。
『一年間、死ぬのを我慢する』

一旦、死ぬことをペンディングし、
時間が経つと、不自由な生活にも少し慣れ、
解決してくる部分と『諦めがついた部分』があった。

死ぬのは当然怖いし、
少し、立ち止まるだけで違う』と感じた。
母親の言葉と友達の助けで立ち止まることができた。

質問者コメント:
立ち止まろう」というのがいいなと思った。
明日は、違う未来が待っているかもしれない。
一旦立ち止まって、明日を見てみるっていうのが
凄くいいなぁと思った…

最後の食事とその理由

Q. ご飯・芸術・スポーツは壁を取り払う力がある
という前提の中の質問。

3週間、まともなご飯を食べていない(笑)
11/26から海外含め、ホテル生活のため。
お米と味噌汁

『お米』は食べたい。そうすると『味噌汁』かな。
肉を食いたいとはならない。
魚かな?和食かな?

思い入れで食べるというより、食べたいもの
死ぬ前に、胃が重たくなりたくない。
食べ慣れてきたものになる

例えば、他にどんな選択肢がありましたか?
TKG(たまごかけごはん)。
わかる~(笑)

スポーツや音楽などは、壁を壊すのにいいよね。
スポーツは、ポジティブな気持ちを表出する。

『何十年の座り込みよりも、
 一瞬のアスリートの輝きの方が勝つ』
(デモや対立に打ち克つ)こともある!
パラリンピックで、そう感じた!

東京五輪は色々ありましたが、やってよかったなぁ。
アスリートの皆様から、力をいただいた。
自国開催だからこそ、たくさんの競技やパラ競技を
知ることができた。

何より、アスリートのためになった。
パラリンピックを自国でやる意義があった。
障害があってもなくても、
楽しく生活できるようになればいい…

車椅子にも気軽に乗れるようになったらいいなと思う。
レンタル自転車的な、レンタル車いすがあればいい…
そういう面白いことがたくさんあるよね。

初瀬勇輔さんの死生観

Q. 初瀬さんにとって「生きる」とは:

全部ご縁だと思っている。
ご縁を繋いだり、楽しんだり。

ご縁を繋ぐこと、楽しむこと。
 繋がることが、生きること。

『人』を大切にしている。
『縁と人、繋がり』を大事にする。
自分が人に大切にされたいから、
大切にしている
のかもしれない…

目が悪くなって実感している
大学の後輩が2年間迎えにきてくれた。
浪人で出会った後輩だった。
いくつかやっている仕事も、同級生の仕事を
手伝っていたり。『縁や繋がり』だなぁと思った。

『そんなに人生って厳しくない』
誰かが助けてくれるなぁ…
人生って大丈夫だなぁ…
自分でハードモードにしている。

足るを知る』
こんだけ自粛していれば、
コンビニのおにぎりも美味しい。

人よりも偉くなりたい、目立ちたい、
と思っている時は、幸せでない時が多い…

幸せは自分が決める!幸せは自己申告。』
目が悪くなったから、幸せになったかも。
目が良ければ、司法試験に落ちていたかも…

ポジティブに諦める』
目が悪くなって、制約ができたことで、
シンプルで幸せになった。

障害者だと、物理的に悩みを持つときあるが、
傷つかないと決める

切符が買えないとき、駅員に嫌な顔をされた。
少し傷ついた…
傷つかないと決める』と楽になった。

是非、動画をご覧ください!!!

あとがき

初瀬さんは、障害者スポーツの発展に、
必要不可欠な篤い漢でした。
初瀬さんの死生観(どう生きるか)を聴いて、
人と縁と繋がり』を大事に、
大切にしなければならないと実感しました。

初瀬さんとの対話を通して、
様々な名言に触れることができました。
足るを知る』『ポジティブに諦める
などのマインドセットは、自身に取り入れ、
取り組むべきと感じましたので、早速考動します。

初瀬さんを心から尊敬し、
これからも応援していきたいと感じました。

執筆者紹介


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