殺し屋乱麻と人為の神 1-1(完全版)

無造作にテーブルに積まれた焦げた袋の山。中には煤まみれの金貨と幾ばくかの宝石類。
俺はそれらを一瞥する。それから向かいに座るぼろぼろに傷だらけの老人を睨んだ。今一度。
「これが前金だと?」
老人はゆっくりと頷く。手足に震えが見て取れる。
「…今の私に用意できる、精一杯のものに御座います…どうか、どうかあやつめを」
額は問題ない。むしろ多すぎる。
「俺が前金だけ頂いて持ち逃げするとは思わないのか?」
「貴方様は、そのような方ではないと、仲介人殿から伺いました。それに、致し方ないのです。私が十分な礼金を払えるのは、今日が、最後かもしれませぬ」
包帯の隙間から覗く目が食い入るように俺を見る。
俺は提供された写真をもう一度確認した。
長い金髪の鮮やかな、十代前半くらいの少女。一見して上等なドレスに年相応の快活な笑顔。良家か金持ちの娘といったところか。
今回の依頼の標的。
「どうか、どうか、お願い申しあげる。あやつめを殺してくだされ。あれは、最早殺されねばならんのです!どうか!どうか!」
前のめりになった老人が身体を支えきれず倒れ込み、土下座めいた体勢のまま頭を地面に打ち付け、涙交じりに吼えた。
「衰えた我が身では自ら手を汚すことも叶いませぬ、恥を忍んで貴方様にお願いするしかないのです…」

俺はその依頼を受けた。依頼人が素性を明かさぬことなど警戒を要す事は残っていたが、報酬は十分で、断る理由も特になく、まあ殺し屋を生業とするからにはさして珍しくもないケースだ。

依頼人の首吊り死体が発見されたという報せを聞いたのは、翌朝のことだった。



場末のとある酒場。
安価な朝食目当ての数少ない客も失せ、俺は一人、カウンター席から店長の様子を伺う。
「ンンー、事情のある御仁とは思っていたんだけど、昨日の今日でこれとは、まいったわねえ」
特徴的な言葉遣いのこのオヤジ、本業は情報屋だ。そして俺の仕事の仲介人でもある。
早速情報を仕入れに来てみれば、最初に聞かされたのが依頼人の訃報と来た。
「誰に殺された?」
俺は出された紅茶を一口飲み、問う。
「当局は自殺と見ているわ。アタシも同意見。もちろん断言するのは早計だけど」
「根拠は?」
「その子よ」
カウンターの上に置いた例の標的の写真をオヤジは指し示す。
名前はメアリー・I・スクワイヤ。現在行方不明で、その居所を探し出すのも仕事の一環。昨晩依頼人から直接聞けたのはそこまでだった。だから朝一番にここに来た訳なのだが。
「依頼人は、アータには名乗らなかったのよね?」
「そうだ」
「ンー、ンンンンン。…ちょっとこの話は脇に置いて良いかしら」
「何故」
「守秘義務。約束は大事よ」
人差し指をピンと立ててシー、のジェスチャー。
俺は文句を言おうとして、やめた。このオヤジとはかれこれ十年以上の付き合いで、無駄に黙っているわけではないことは容易に想像がついた。
「なら、さっさと本題の情報に入ってもらおう」
俺は金貨の入った小袋を手渡す。
「いつもよりちょっと少なくない?」
「あんたが紹介した依頼だろう。少しは責任も取れ」
オヤジは肩をすくめると、一瞬間を空けて、情報を語り始める。
メアリーは、俺が写真の印象から予想した通り、旧い貴族の一人娘であること。
その貴族の一家は、一週間ほど前にあった事件で虐殺されていたこと。凶悪な賊に屋敷を焼き討ちにされたという噂だが、詳細は不明。未解決。
「この詳細不明っていうのが、一つのポイントね」
「どういうことだ?」
「正確には、詳細が隠蔽されている」
「成る程。誰が絡んでいる?」
「んー、そこはまだなんとも。調べられるとは思うけど、そこを深入りしちゃう?」
「必要なら。危険な橋だろうが関係ない」
俺は追加の金貨を懐から出す。オヤジが笑顔で手を差し出してくるが、すぐに渡しはしなかった。
「それだけではないだろう。他には?」
「まあそうくるわよね。…その写真のメアリーちゃんだけど、事件の一ヶ月ほど前には既に行方知れずになっていたみたい。公にはしていなかったようだけど」
「つまり、虐殺とやらには巻き込まれていない?」
「断言はできないわ。公的には、その事件の被害者の一人ということにされている。でも、少なくとも原形をとどめていた遺体の中に該当者はいなかったみたい。生存者は先代のご当主お一人だけで、メアリーちゃんのお爺さんに当たる人。…その人も、昨日、死んでしまったけど」
意味ありげな視線を投げかけてきたので、俺はすぐに察した。それが先ほどの根拠というわけか。
カウンターの上に追加調査依頼の対価を置くと、ニコリと微笑みながら「それで、もう一つ別の情報があるんだけど?」と言い放ってきたので、やむなく金貨を積み重ねた。
「毎度あり。それはね、メアリーちゃんに特徴が似た娘の目撃情報よ」
それを一番最初に言え。
場所と日時その他諸々を確認すると、俺は即座に席を立った。情報が古くならない内に行動に出ねばなるまい。
「そうだ、後一つ。この依頼、なぜ俺を紹介した?」
「それはもちろん、アータが一番適任だと思ったからよ?アタシの知る限り」
「前金を持ち逃げしないから?」
「ンー、それは理由の三分の一くらい?この件、きちんと問題解決できそうなのはアータくらいと思ったのよ」
「よく分からん評価だ」
「そちらこそめずらしい質問じゃない。なに、子供相手はさすがに怖じ気付いたの?」
「まさか。怖じ気付くだの恐怖だの、俺にはさっぱり分からん感覚だ」
「そう。良い仕事、期待しているわよ」
「フン。行ってくる」
俺は店を後にした。

【続く】

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