覚えておこう、今日の日のことを

さすがにスタジオに来る人たち、話題がマスク2枚で持ちきり(笑)
ギリギリの活動、ギリギリの生活の中で聞くには、あまりにもびっくりなエイプリルフールの真実だった。

私も、自分の周りの環境しか見えないので、子育て中の人や、毎日都内に通勤しなくてはいけないサラリーマン、病気を抱えた人たちがどういう状況を送っているのか、想像できないのが申し訳ないと思うけど、少なくとも周りのプロのミュージシャンたちは、ほぼ皆ステージをやめた。もちろん、不可抗力で中止になったものもあるが、自主企画でさえ、自分たちで判断して、控えるようになった。

給料が出なくなっても「仕事に行かない」という選択ができる人が、どれほどいるのだろうと思うと、これで生活している同業者たちの勇気に頭が下がる。同じことが飲食業でも観光業でも私の想像のつかない業種でも、起こっているのだろうと思う。

それでも仲間たちはできることを探して、今はまだ作品作りをする人がいて、ネットを活用する人がいて、様々なアイディアは飛び交っていて、絶望感はあまりない。この人たちは、大丈夫。自分の頭で考えて、経済を優先するんじゃなくて危険を体で察知して、ある意味本能で動くことができるから。どんな国でも、どんな状況でも、表現することは辞めないのだろうと信じられる。

そんな中で政府の決定は、毎度毎度やっぱり絶望しかない。
怒りも通り越して、むなしさしかない。
金銭的な補償はもはや期待できないとは思っても、政府にだってどこかに国を守るプライドや良心や必死さがあるのだと思っていたのだけれど、どうやらないみたい。

このことを、絶対に覚えておこう。
長い時間がかかっても、この国をゼロからやり直すことになったとき、
どんな基準で誰を選べばいいのか。
その人が大事にしてるものがなんなのかを見極めて、政治のプロとしての矜持のある人を選ばなくては。アーティストにだってプロの矜持があって今回苦渋の選択をしている。政治家にそれを求めなくてどうする。

覚えておこう。覚えてろよ。