見出し画像

カムイン!第4話

 いつもの診察室。午前9時30分から診察を開始し、淡々と外来診療をこなす。今日はあいにくの雨で湿度が高く、低気圧のせいなのか片頭痛の患者さんは調子が悪そうである。
「次の方どうぞー」
次の順番を待つ患者のカルテを開きながら診察室に入ってくるのを待つ。
「おはようございます。変わりないです。」
小太りの初老の男が診察室に入り、椅子に座りながら自分の体の調子を聞かれる前に自ら申告して来る。俺がいつも決まり文句のように診察の初めに「調子どう?」とか「変わりない?」と質問するので先回りして言ったのだろう。
清水茂雄69歳、男性。清水さんは3年程前から高血圧と高コレステロール血症で俺の外来に通院している。元々は東京に住んでいたが、奥さんと離婚し、仕事も定年で退職したため、出生地であるこの地に戻ってきたらしい。俺の外来に通院する時点で前のかかりつけ医の紹介状を見る限り高血圧と高コレステロール血症の治療を受けていたので、俺はそれをそのまま引き継いだ形だ。現在は両親も他界し、残された実家で一人暮らしをしているようである。学校を卒業するとすぐに上京して長く地元に戻ってきていなかったためあまり友達もおらず、こちらに戻ってきてからは暇を持て余しているといつかの外来の時に話していた。
「体調、お変わりなくて良かったです。でも前回の血液検査で肝機能が悪くなっている所見がありますね。酒、結構飲むの?」
定期的な血液検査で肝臓の細胞が病気で破壊されると上がる検査値が高かった。検査値を見ながら清水さんに結果を伝える
「そうですね・・・一升瓶が2、3日で無くなるかな」
清水さんは気まずそうに話す。本人としては薬だけもらって余計な事は言われたくないのであろうが、肝機能障害の原因はアルコール性の脂肪肝だろう。
「それだとちょっと飲みすぎじゃないかな」
厚生労働省が推奨する国民健康づくり運動「健康日本21」によると「節度ある適度な飲酒量」は、1日平均純アルコールで約20g程度、日本酒で言えば1合程度なので清水さんの飲酒量はそれを優に超えている。アルコールをたくさん飲んでいる人は医療者には少なめに申告することが多いのでもしかしたらもっと飲んでいるのかもしれない。
「自分でもわかってはいるんですけどねぇ」
清水さんは下を向いて暗い表情になる。
「このまま今の量を飲んでいると肝臓がダメになりますよ。少し酒を控えるようにしてくださいね。アルコール依存症を治療してくれる医療機関も紹介できるし」
「大丈夫ですよ、自動車の免許もないしそんなところ行けないから先生のところで診てください」
アルコール依存症の治療は精神科の領域であるが、本人に精神科受診を勧めても行きたがらないことも多い。
「そっかー、じゃあ飲んだとしても1日1合くらいにしてよ」
「そんなこと言ったって、家にいても一人だし、酒飲むくらいしかないんだよ。俺には何も無いんだ!長生きして何になるんだ?」
清水さんが少し声を大きくして言う。
「・・・うーん、まあ少しずつでいいからさ。今回はこれくらいにしようか」
「酒をやめろ」、「はい、わかりました」となれば苦労はない。今日はこれ以上言っても難しそうだ。
「ありがとうございました。また来月来ます」
清水さんは声を荒らげた後、我に返ったのか気まずそうに診察室を後にする。「俺には何もない、長生きして何になる」。それを言われて俺はぐうの音も出なかった。

 診察を終えた昼休み。いつものように有紀が持たせてくれる弁当を食べながらTwitterで情報収集する。

『カムイバースウォレットプロジェクト始動!』

 カムイバースでは今まで国民がコミュニティの為に絵を描いたり、音楽を作ったり、文章を書いたりイベントを盛り上げても報酬は得られなかった。しかし、創造性のある活動をする機会、コミュニティでのメンバーとの交流、メタバース完成後のビジョンの共有といった内的報酬はあったのでDEPという報酬が無くても活動的なメンバーは積極的に職業活動に参加していた。実際に国民活動をしてコミュニティに貢献したことがある人はその内的報酬があることがわかるので継続して参加するのだが、まだ活動したことのない国民やLand NFTを保有していない人にはその良さが伝わりにくいことが課題であった。そこにきて持ち上がったのがカムイバースウォレットプロジェクトだ。カムイバースウォレットとはPlayMiningの運営会社よりカムイバースコミュニティに一定の予算が割り当てられ、それを運用しながら活動をする国民にDEPを報酬として付与、カムイバースの経済圏構築を目指すプロジェクトである。カムイバースウォレットで国民に仕事を割り当て、商品を作って販売、収益を上げることも可能である。まだ報酬は少ないが、今後の活動の拡大次第ではカムイバース内で雇用を創出することも可能だ。画期的な取り組みだと思う。
 俺はスピンオフ制作をきっかけに発明家という職業活動をしており、その後もLand NFT一つ一つにバックグラウンドとなるショートストーリーを作ったりと細々と活動していたが、今後カムイバースウォレットプロジェクトにより執筆活動で報酬を得られるようになるかもしれない。

 そんなカムイバースの未来を夢想していると、スマートフォンに有紀からメッセージが来た。
「今日中学のPTA総会だけど、忘れてないよね?3時からだよ」
そういえば、今日の午後は有紀が穂香の幼稚園の用事があって行けないので代わりに中学校のPTA総会に行くんだった。
「大丈夫だよ~了解です」
危ない危ない、忘れていた。忘れてないアピールをしたが、有紀もおそらく俺が忘れているだろう事を見越しての連絡を寄越したのだろう。タイミングもバッチリだ。出来た妻である。

 仕事を早退し、知香と光輝が通う中学に向かう。体育館に集められ、PTA会長や校長先生の話を聞く。今回の話の主題は「子供とSNSについて」だそうだ。
「近年、中学生のSNSでのトラブルが増加しています」
PTA会長の矢田さんが話す。
「いいですか、子供のスマホは誰のものでしょう?親の物です。お父さん・お母さんがお金を払っているんですからね。今日帰ったら、ご自分のお子さんにそのことをしっかり伝えて下さい。携帯を持たせているのは学校に行っている間、何かあった時に連絡を取るためです。家では取り上げてください。子供が文句を言うようなら、この矢田が言っていたと言って下さい。文句があるなら私に連絡するようにと伝えても構いません!」
矢田さんは覇気のある話し方で父兄全体に自信満々に話す。
「うちはスマホ与えっぱなしだし、今更取り上げたら知香なんか部屋から出てこなくなるぞ」
苦笑いしながら、自分自身のスマートフォンを握りしめる。そもそも親である俺がPlayMiningでスマートフォンを手放せないでいるのだ。自分ができないことを子供にしろと言うことはいいことなのだろうか。その後は修学旅行の話やら定期テストの話やら連絡事項が続きPTA総会はつつがなく終了した。
PTA会長の言わんとすることもよくわかるが、全員がSNSをやってはいけないと言う訳ではないだろう。大人でもSNSをやっちゃいけない人はいるし、人それぞれだ。
 5人の子供を育ててみて感じるが、同じ親で同じ育て方をしても全然違う育ち方をする。それぞれ長所と短所がある。子育てに正解なんてないだろうし、上手くいくこともいかないこともある。
「今の子供たちの65%は大学卒業時に今は存在していない職業に就くことになる」とどこかの偉い人が言っていたらしいが、確かに俺が子供の頃にはYoutuberとかインフルエンサーとかなんて仕事は無かったし、俺の子供が大人になった時、今は存在しない仕事ばかりになっていてもおかしくない。AIの発達とDX化であくせく働かなくても生きていける社会になっているかもしれない。それこそ、子供たちが大きくなった頃、GameFiで食ってく人やカムイバースのようなメタバース内で仕事をする人もいるのかもしれないのだ。いずれにせよ選択肢が増えることはいいことだ。自分の思う道を進んで欲しい、俺はその邪魔だけはしないようにしようと思っている。

「次の方どうぞー」
今日もいつもの診察室で外来をこなす。あれから早いもので1か月が過ぎて清水さんが診察に来る日となった。
「おはようございます。変わりないです。」
清水さんは前回と同じように聞かれる前に自分の体調を申告する。
「変わりなくて良かった。どう?あれからお酒少しは減らしました?」
酒の量は減っただろうか?
「まあ、あれからちょっと減らしたかな、一升瓶は1週間位持つからね」
清水さんは少し誇らしげに話す。前回は2、3日で一升瓶が無くなったと言っていた
「少しずつでいいよ。でもすごいね!頑張って我慢したんだ。何かあったの」
清水さんの中で何かあったのだろうか。
「別に。でも先生に言われて気を付けようと思ってさ。飲みすぎちゃうこともあるけどね」
清水さんは褒められて少し照れくさそうに話す。褒められることが結構うれしいのは俺もカムイバースで経験している。
「そうなんだ。でも1歩前進だね。じゃあいつもと同じ薬出しとくよ。今月も頑張ってね。また来月もちゃんと診察に来れるように。でないとうちの経営が危なくなるからさ」
「大丈夫です、ちゃんと来月も来ますよ。先生の所でもお金落とさなきゃね」
「寂しかったら毎週来てもいいんだよ」
「嫌だよ、酒買えなくなっちまう。じゃあ、また来月」
清水さんは冗談を言いながら診察室を後にした。前回の診察で清水さんは「自分には何も無い」とやさぐれていたが、俺は「そんなことは無い、俺たちがいるよ」と言ってやれば良かったと思っていた。月一回の診察でもそれが目標になって少しでも健康に気をつけてくれればいいなと思う。

 この地域には孤独な高齢者が結構いる。介護保険の整備でこの国では医療機関や介護施設に辿り着けさえすれば少しは支援ができるのだ。そんな孤独な高齢者達がちゃんとそこに辿りついて介護サービスを受け、少しでも孤独を癒すことが出来ればいいなと思う。
 少なくとも俺はカムイバースと言うWeb3コミュニティーに出会い、人との繋がりができた。今の孤独な高齢者にweb3コミュニティーに参加しろと言うのは難しいとは思うが、そういったWeb3コミュニティーが日常に浸透して当たり前の物になれば、俺たちが高齢者になる頃には地域の孤独な高齢者問題も少しは解消できるかもしれないな、なんて思ったりもする。

 俺はスカラーシップ制度とPlay to Earnの仕組みを持ったゲームが NFT所有者の承認欲求(ヒーロー欲求と表現されることもある)を刺激し、世界の貧困問題の解決の一助となりうると考えている。Web3コミュニティーも希薄な人間関係を基にした現代人の孤独を癒やし、本業では満たせない創作活動を通したやりがいの創出を生む可能性もある。
「社会に本当に必要なものは残る」というのは俺が仕事をする上で信条としていることで、地味でドラマにもならない俺のような仕事も、PlayMiningのゲームもカムイバースも社会に残っていって欲しいと切に願っている。こんな俺の話を聞いて、興味が出た人が一人でもいたとしたら、是非カムイバースのコミュニティに参加してみてほしい。きっとコミュニティーメンバーは「カムイン!」という挨拶でその人を歓迎するだろう。(終)

※FujiwaraKamui verseは実在しますが、本作に登場する人物やエピソードはフィクションです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?