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第1話 あの時、みんな笑ろててん 〜小説「包帯パンツ物語」〜

「包帯パンツって何ですか?」

そう、それは、まだこの世界にない概念やった。

***

はじめて製品を作り、店頭に並べた時、お客さんが頭をかしげながら商品パッケージを眺めていたことを思い出す。「包帯」はわかる。「パンツ」もわかる。でも、「包帯パンツ」と言った瞬間、相手の頭の中に疑問符が浮かぶ。黒縁メガネで、包帯をぐるぐる巻きにされたミイラのようなパンツを穿く私。笑いをこらえるあんたがホンマに愛おしい。ミイラパンツなわけがないんやけれど、そんな想像をしてしまう人の気持ちも納得できる。

あんたにはそのまま笑っててほしいねんけど、ここは心を鬼にして。誤解を解くために包帯パンツのことを詳しく書いときたい。

「包帯パンツ」の素材は、世界中のお医者さんが使用し続けている弾性包帯。いわゆる5㎝くらいの伸縮性のある包帯を、幅1mくらいの肌着用の生地に改良し、さらに使い捨ての安い糸を高級の糸に変更して開発したのが「包帯生地」。

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過去数百年間、「包帯」が「生地」として使用されたことはなく。つまり、「包帯」は「包帯」としてしか使用されてこんかったんよ。それを肌着として使用した世界初の生地。そして私は、世界初の概念を生み出した男「野木志郎」いいますので、以後お見知りおきを。

誤解は解けたかもしれんけど、あんたのその素敵な笑顔は残しときたい。だからやで。だから、あえて言うんやけど。

「この包帯パンツ、穿いてみて?」

着心地を知ってもらえたら、心の内側からじゅわ~っと顔がほころぶから。これには自信あんねん。なにせ、パンツに命賭けてるから!

その世界初の生地をどういう理由で作ろうと思ったのか。今日からこのnoteで詳しく書いていこうと思ってんねん。これから何か新しいことをはじめる人がおるんやとしたら、あんたには言っておきたい。「新しいこと」を形にする時には、その裏に数えきれないほどの苦労や失敗がある。ちょっとキザかもしれんけど、私の人生が、今まさに一歩踏み出そうとしているあんたの勇気の一部になることを願ってる。


***


2002年6月9日───全てはそこからはじまった。

広がる青空、照りつける日差し、時折吹き抜ける風。熱気と歓声に包まれた空間に私はいた。ワールドカップ日本VSロシア戦。日本代表決勝の地、横浜国際総合競技場。

すぐ目の前にはロシアのゴールキーパー。生まれて初めてのサッカー観戦。それもゴール裏の特等席。前職の会社を辞める時に餞別でいただいたチケット。息を呑むような試合展開。必死に視線でボールを追いながら、私は手に汗握ってた。

奇跡の瞬間は5秒とかからんかった。青いユニフォームにボールが渡り、リズミカルにパスが続く。ゴール前に走り込んだ背番号5が左足でボールをトラップし、素早く右足で蹴り上げた。

目の前でゴールネットが揺れた。その一瞬、横浜国立競技場は静まり返った。まるで時間が止まったような感覚。次の瞬間、6万人の静寂は、地鳴りのような歓声でかき消された。

「ゴォォォォォール!!!」

そこかしこで雄叫びが聴こえる。両手を上げたり、抱き合ったり。みんなが、笑ってる。そう、みんなが笑ろててん。私はというと、嗚咽しながら泣いてた。全身の毛が逆立つような感動。それは、今まで経験してきたものとは比べものにならんくらいの衝撃やった。

6万人の心が一つになった。決して一人では味わうことがでけへん。仲間にもみくちゃにされながら祝福を受ける稲本潤一選手の姿が印象的やった。

「この感動を何かにしたい」

もっともっと感動したい。そして、この感動を与えてくれた人に何かをお返ししたい。感謝したい。そう、感謝したい!

それが全てのはじまりやった。


つづく


(文:嶋津亮太


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