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第2話 何でも穿いてみる 〜小説「包帯パンツ物語」〜

伊勢丹新宿店。地下の紳士肌着売り場に私はいた。慣れない雰囲気に、背筋が伸びる。手に取ったのはカルバンクラインのブリーフ。チラッと値札を見ると3000円近くする。

「高っかぁ~!」

もちろん心の声。店員と目が合う。顔をこわばらせたままぎこちなく笑顔をつくると、向こうはなめらかな微笑みを返した。白い歯が眩しい。アカン、アカン、平常心や。私の顔は口よりもモノを言う。手にした高級パンツをカウンターに持って行き、領収書をもらって店を後にした。

「経費で落ちるかなぁ?」


***


日の丸を背負い、世界を舞台に闘うアスリートたち───彼らを感動させるアンダーウエアをつくる。あの日のワールドカップを観戦した私は心に決めた。6万人の心が一つになった感動が忘れられへん。どうにか彼らにお返しをしたい。ただ、そう決めたものの何から手をつければいいのやら。スポーツ業界も、アンダーウエアに関してもはじめて。右も左もわからん人間が、アスリートを感動させるようなアンダーウエアを開発できるんやろか?

はじめに取りかかったのは、市販サンプルの試着。まずは世の中のパンツを知るところから。考えてみると、今までスーパーで買ったパンツしか穿いたことがなかった。「百貨店に行ってみよう」。そう思い、勇んで伊勢丹に行ったものの、3000円もするパンツにビビッてもうた。

自宅に帰るやいなや、さっそく試着。ウエストのゴムの部分に走る「Calvin Klein」の文字。鏡に映った高級パンツをはいた自分。その姿を見ながらハイ、ポーズ。

「ええやん」

喜びも束の間、不安が後から押し寄せた。こんなすばらしいパンツとどうやって戦えばいいんやろか…。自分の中で仮説すら出ないまま、数日が過ぎた。「このままでは何もはじまらん!」。そう思って、向かった先は大手量販店のパンツ売り場。数えきれないほどのパンツがずらーっと並ぶ。3枚分のパンツを購入しても百貨店のカルバンクラインよりも安い。自宅に帰って試着する。安売りのパンツやから期待はしてへんかった。ところが…

「ええやん」

え?穿き心地、最高なんですけど……どういうこと?頭の中に浮かぶ大きなクエスチョンマーク。高級パンツも、安いパンツも、穿き心地は申し分ない。クオリティの高いアンダーウエア業界に、新しく開発するパンツをどうやって売り込んでいけばええんやろか…。いくら考えても答えが見つからん。

「もう、こうなったら、世界中のパンツを試着してやろう!」。そう決心して、父親である社長に許可を得て、日本中のありとあらゆるパンツを試着していった。それでも答えは出ない。仮説すら出てこない。

「海外も行ったれ!」

アメリカ、ヨーロッパ、アジア、思いつく限りの主要国を全て周り、世界最高のパンツを体感する決心をした。アルマーニ本店の地下1階。ショーケースにディスプレイされているブリーフ。1枚8000円。高っか!!!

「よっしゃ!世界一高いパンツ、買うたる!」

ホテルに帰るとすぐに袋を開けた。高鳴る鼓動はさらに激しさを増していく。こ、これが…8000円のパンツ。片足ずつ穴に通す……ん?……ブッカブカ!サイズが大き過ぎて何のこっちゃわからへん。せっかくの最高峰のパンツも穿き心地がわからんまま虚しさだけが残った。


***


そうこうしているうちに1年が経った。どれだけ穿いても「コレ」というものを掴むことができない。焦りだけが募っていった。そして、理想のアンダーウエアづくりを諦めかけていた時、1枚のパンツと出会った。LAのアウトレット店。今では当たり前の形状やけど、それは「成形もの」といって縫い目がなかった。しかも安い。

「こんなパンツ、見たことない」

購入して、ホテルで試着した。それはまさに、天国へ昇るような穿き心地。

「こ、これや」

私が探していたものはここにあった。


【今日の格言】
糸口が見つからない時は、何かを掴めるまでとにかく体験してみる。


つづく


(テキスト:嶋津亮太

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