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第4話 汗と涙のサウナスクワット 〜小説「包帯パンツ物語」〜

「イッチ、ニッ、イッチ、ニッ」

滴る汗、悲鳴を上げる太もも。歯をくいしばり、パンツ一丁でスクワット。ユニットバスに湯をはり、熱々のシャワーを撒いて、自宅にミストサウナの状態をつくった。湯気の立ち込める中、上下運動を繰り返す。それまでは、パタンナーにサンプルをつくってもらうと、その足で会社の外へ走りに出ていた。課題は「汗を克服すること」。そのためには、汗を流して穿き心地を確認する必要がある。

ただ、問題がある。普段の営業の仕事を疎かにはできない。毎回、走りに出たり、テニスをするわけにはいかない。そんなことをしていたら時間がいくらあっても足りない。そこで考案した方法が風呂場でのサウナスクワットだ。湯気に包まれ、大腿四頭筋に負荷をかける。あっという間に汗でパンツはベタベタになった。

この方法で、次々とパンツをモニタリングしていった。パタンナーがつくったパンツを会社のトイレで穿き、マジックでラインを引きながらその場で指示を出す。再びそれをパタンナーが微調整をする。そこでできあがったサンプルを持って帰宅すると、ユニットバスでサウナスクワット。そんな生活がはじまった。妻は怪訝な表情で、汗だくになってスクワットをする私の姿を見つめていた。

***

ある日、サウナスクワットで汗を流した後、リビングに戻るとテニスの全仏オープンの模様がテレビで流れていた。グラスに注いだ水を飲みながらリモコンで音量を上げた。チェンジコートのタイミング、実況が穏やかに解説する。

「テニスの四大国際大会であるグランドスラムの一つ。ローラン・ギャロス・トーナメント。スペインのラファエル・ナダル、右のバックハンドをネットにかけて、セットポイントを落としました」

画面では、スローモーションで先ほどのシーンのリプレイが流れている。その光景をじっと見ながら、ふと気付いた。ナダル選手がパンツを執拗に触れていることに。

「やっぱり汗や」

仮説は確信に変わった。あれだけショートパンツがぴっちりしているということは、腿周りの動きが鈍くなっているはず。学生時代にテニス部だった私にも経験がある。肌にまとわりつくパンツのせいで足が広がらず、飛んできたクロスボールを返せなかったことを思い出した。汗のベタつきは嫌悪感だけでなく、身体の可動域も狭くさせる。テレビの中のナダル選手と、過去の記憶、そしてパンツのデザインに試行錯誤していることが次々と結びついていった。

「そうや、昔からそうやったんや」

知ってたはずやのに、何で今まで気付かんかったんやろ?ちゃうちゃう、今気付いたからええねん。汗を克服する生地さえ発見できれば、それをフィットするストレスフリーのデザインさえできれば、必ずスポーツの世界が変わる。履き心地だけでなく、身体の機能性をも高める、夢のアンダーウエアになる。そう思うと力が漲った。


***


試着したサンプルの数が千枚にさしかかった頃には、着想から四年が経っていた。わかったことは、千通りのダメな方法。いつ答えが出るかわからない、真っ暗闇の中を未だに手探りで進んでいた。

諦めなかったのは、会社の仲間が陰で支えてくれていたこと。パタンナーもずっと私の無茶に付き合ってくれていた。誰も「お前、何をわけのわからんことしとんねん。真面目に働け」とは言わんかった。みんな、私が真剣にやっていることを理解してくれていた。それを感じていたから、私も会社の仕事に手を抜くことはなかった。ただ、答えの見えない道を進んでいることは、不安で仕方がなかった。

そして、運命の出会いというものは、前触れもなくやってくる。それは企画会議の最中のこと。

「おい、志郎」

「ん?何や親父」

「これ、どうや?」


【今日の格言】
思いもよらない瞬間、過去の経験がアイデアの種になる。考え続ける力があれば、人生に無駄はない。


つづく


(テキスト:嶋津亮太



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