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第3話 「課題」は新商品のはじまり 〜小説「包帯パンツ物語」〜

青い空、白い雲。お花畑の中で日向ぼっこ。そこかしこで蝶が舞う。

鏡に映るトロンとした表情の私と目が合う。あかん、あかん。首をブンブン振って、我に返る。なんや、このパンツ、最高やないの。成形もの(縫い目のない)のパンツ、アリやな。早速、私はそれを穿いたままジョギングへと繰り出した。

「これや…これでスポーツ用のパンツができる!」

スキップ混じりの足取りでLAの街中を駆けていく。これを新たに開発して、どうやってアスリートへ届けようか。次々と浮かぶ空想に思わずニンマリ。昔からそう。何か一つきっかけがあれば、頭の中で物語が動きはじめる。あれやこれやと想いを巡らせているうちに、ふと下半身に違和感が。

「……ん?」

パンツが肌にまとわりつく。そのまましばらく走っていると、ラップを巻いたようにぴっちり、ぱっつり。

「あかん、あかん。このままやったら走られへん」

すぐにホテルに引き返した。ロビーに入った瞬間、汗でベタついたパンツがホテルのエアコンで急激に冷やされ、一気に肌冷えを起こした。

「冷たいーっ!!!」

何とも言えぬ着心地の悪さ。その瞬間、私の頭の中の豆電球がスパークを起こした。

「これや!!!」

開眼。目の前の視界が一気にパノラマへと広がった。


***


「メッシュ調の生地あるかな?」

帰国後、すぐに生地問屋に連絡した。パンツの心地良さを左右するのは「汗」。特にスポーツ用アンダーウエアはそこが肝心要となる。ようやく出会えたんや。「汗を克服するパンツ」を開発するという課題に。

生地問屋から会社に大量のメッシュ調の生地が送られてきた。当時の私は、シンプルに「通気性の高い素材を使用すればいい」と発想した。最初につくったサンプルはバスケットボールやサッカーのビブスなどに使用されている素材。完成すると、それを穿いてテニスへ出かけた。

結果、汗をかきはじめると10分と穿いていられないほど着心地が悪い状態になった。ベタベタで動くこともできない。

「あれ?何でや?」

理由は全くわからへん。その後、あらゆるメッシュ調の素材でサンプルをつくり、チェックする日々が続いた。結果はことごとく失敗。

「あかん。このままやったらアスリートが感動するようなアンダーウエアがつくられへん」

「汗」の問題は思っていた以上に厄介やった。私は素材を指定するだけでなく、パンツのパターンも工夫する必要性があると感じた。会社にミシンを新調し、パタンナーに指示を出してサンプルをつくってもらった。

「肌と密着している型だと、汗をかいた時にベタベタになるのではないか」という仮説。肌から生地を離した型をつくれば、その問題を解決できるかもしれない。太ももの辺りを緩くしようと、はじめはパンツ全体に余白をつくった。そうするとセンターも同じように緩み、股間にフィット感がなくなる。トランクス状態。これでは、激しい動きが求められるスポーツには向かない。

「外側はゆったりと余裕を持たせながら、センター部分はぴったりとした方がええんか?」

頭をひねりながら試行錯誤。新しいパターンのサンプルがつくられる度に、それを穿いて、マジックでラインを引いて微調整をする。私からの指示を受けたパタンナーがその場で生地をカットして、また新しいパターンでサンプルをつくる。

生地を変えながら、そして、パターンを微調整しながら、毎日それを繰り返した。それだけをやっていたわけじゃない。当たり前のように、日常の営業の仕事はある。このパンツづくりは私の「思いつき」で。別に利益が出ているわけではない。そのただの「思いつき」に会社の仲間は付き合ってくれていた。

思えば、みんなが「このプロジェクトは志郎にやらせよう」と応援してくれていたんやと思う。その一番後ろで、社長である親父がそうさせてくれていたのかもしれん。

だからこそ、結果がなかなか出えへんことが歯がゆかった。そして、あの日のワールドカップでの稲本のゴールから、あっという間に二年が過ぎていた。


【今日の格言】
「不満(汗でベタベタ)」を解決できれば、それは世の中の新しい価値になる(はず)。


つづく


(テキスト:嶋津亮太

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