見出し画像

 父と母は仲が悪かった。過去形なのは彼ら彼女らが離婚したからだ。今は父も母も兄も僕もだいたい一人で暮らしている。いい大人なんだから憎しみあって近くにいるよりは離れた方がいいと思う。
 
 兄はいいやつだ。とっても。今は裁縫にはまってるらしい。彼のゲーム三昧の生活のおかげで、教育方針の変更が生じ、ぼくはBOOKOFFで買った3DSを隠れて楽しんでいた。

 母は、自他境界のない人だった。ぼくの時間の守らない癖はたぶん彼女から遺伝したようだ。彼女の思う良い人生を歩ませようとしてくれていて感謝する。嫌いでは全くないが、一緒に長期間同じ空間では過ごしたくない。

 父は、、僕はあまり興味がなくてよく知らない。時々好きだよ、と言ってくる。僕はなぜかそれに好きだよといつも返していて、なぜだろうと思ってあるとき、返答を返さなかった。そしたら、なんで好きだって返さないんだ?と聞かれて、あぁこれが理由かと納得した。週末に僕と父が同じ家にいるときには、一緒にお風呂にはいろうと言ってきて、時々断ると、大体の場合、一緒に入ろうと繰り返す。

 喧嘩をよくしていた両親のエピソードのうちに、強く記憶に残っているものがある。2階で寝ていた僕は、言い争ういつもの声々がどうにも我慢できずに、意を決して、急な階段をゆっくりと下りながら、抗議を伝えに行った。だってきっとすべてが収まると思って。うるさくて眠れないんだけどとか言ったんだと思う。返ってきたのは、子供には関係ないみたいな感じの言葉だった。すごすごと傷心の子供は寝床に帰った。


 先週、バイトが終わってスマホを見ると、父方の祖母から2件不在着信があった。どうしたんだろうと折り返すと、父が仕事場で様子がおかしくなり、病院へ連れてかれ、そのまま救命救急センターに入院していることを祖母は教えてくれた。次の日研究室を休んで、午後に様子を見に行く予定となった。
 見舞いをする日の午前はゆっくり寝ていた。父親の下着類を洗濯し、干そうと思っているうちに寝落ちしたみたいで夢を見た。


 ぼくは母親と一緒に布団で寝ていて、なんで帰ってきたのかと母に聞いたら、母にお前のことが好きだからと言われて、ぼくは涙をこぼした。父親もやがて帰ってきて、部屋のドアを開けて、ぽんとイルカのぬいぐるみを蹴ってよこして、母は驚いた顔をしていた。父は健康に喋れて立って歩けていた。

 僕は目を覚まして、まだ洗濯機の中にある父の下着を干すために洗面所にいった。けれどもどうやらこっちは夢ではなく現実で、もう洗濯物は干していたことを思い出した。急な階段に寄りかかって少し泣いた。
 
 僕は父と母に仲良くして貰いたかった。健全な環境で愛されたかった。ぼくはやっとこさ、自分の気持ちを理解した。ぼくの人生における自分の気持ちへの気づきは、いつも遅れてやってくる。いつもそうみたいだ。僕は台本を理解していないでステージに立っている。種明かしは、されないか、もしくはマジックが終わった後である。



読者のために
 父は、今は一般病棟でリハビリしている。数か月で復帰するだろう。

いいなと思ったら応援しよう!