人生を変えてくれたピアニスト

これは角野隼斗さんというピアニストが私の人生を変えてくれた事について個人的な想いを綴った文章です。

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8年前に『突発性難聴』を患った。当初はひどくて右耳の聴力は完全に消失。爆音の耳鳴りが四六時中、寝ても覚めても右耳の中で鳴りつづけるという控えめに言って地獄の日々だった。

数週間後、運良く奇跡的に回復して、難聴はごく高音域で残るにとどまった。耳鳴りはそれでも鈴虫三匹ぶんくらい常に右耳の中で鳴っている。加えてその時生後3ヶ月の赤ちゃんがいた。赤ちゃんのお世話で眠れないし、起きていれば常に消えない耳鳴りのせいで気が狂いそうになる日々だった。

子供の頃から音楽が大好きだった。幼稚園からピアノをやっていて(上手じゃなかったけど)、引っ込み思案の私が音楽のなかでは心が解放できるような気がして、クラシックもポップスもロックもテクノも、大人になってもジャンル問わずハマっては貪るように聴いていた。ロックのライブやフェスにも、一方でクラシックのコンサートにも頻繁に出かけていた。

そんな私の音の世界から、その日を境に、【静寂】という音が消えてしまった。

どんな音源を聴いても耳鳴りが重なる。音楽がやんでも耳鳴りだけは鳴り続ける。イヤホンの右耳から入ってくる音楽だけがどうしても小さく聴こえる。それは今まで健常な耳で聴いていた音楽とは全然違っていて、気持ち悪くて、何十年そうしてきたのにイヤホンで聴くことを止めた。

二度とコンサートホールの最後の1音の残響が消えたあとの、静寂を味わうことができない。ライブで大事な次の曲が始まる前に観衆が息をのむ静寂を聴くことも、私には出来ない。

命に関わるわけじゃないから、左耳があるからいいじゃないかと思いたかったけど、音楽は支えだったから辛かった。特に、クラシック音楽を真剣に聴くことは無音の状態があるからこそ成り立つと感じていたから、今後一生、真剣にクラシックを聴くことなんか出来ないんだろうと思って、軽々しく言える言葉ではないけれど私なりに絶望した。

爆音のロックのライヴには行けた。楽しかった。それでも、クラシックコンサートだけはどうしても行けなかった。行きたいけど、無音の状態を体感できない自分が楽しめるのか不安だし怖かった。もし楽しめなかったら、ひどく悲しくなると思うから行けなかった。

今年の8月にどういう流れか忘れてしまったけどYouTubeでピアノ動画を観て、その人の音に惹かれて、自分の大好きなラフマニノフのピアノ協奏曲2番を弾いていると知って、スピーカーで聴いた。

驚いた。耳を通り越して、頭の中というか、心の中まで、心臓の真ん中まで鳴り響いてくるような音だった。何よりこの人の演奏するピアノにはいまだかつてないほど心が揺さぶられる。なんて素敵なピアノを弾かれるんだろうと思った。

きちんと真剣に聴きたくて、恐る恐るイヤホンで聴いてみることにした。8年以上ぶりのイヤホンでクラシック。正直怖かった。無音とか、小さい音とか大丈夫かな、とか思った。

けど、彼の弱音はただの小さな音でなく、小さいけれどそこに凛と光る輝きがあったり、小さいけど物凄く心に訴えかけてくる音だった。演奏はとても技術があってダイナミックだけど、それよりも、彼の奏でる音を聴いていると自分の内側から感情が次々溢れ出してきて止まらず、気づけば何度も何度も繰り返し聴いていた。

心のいちばん深いところにあるものに触れるような音が素晴らしくて、美しくて胸に迫って、涙が出ていた。気づけば耳鳴りは全然聴こえてなかった。遠ざけていたクラシックに、角野隼斗さんの演奏は圧倒的な魅力でもって軽々と連れていってくれた。

そしてそれだけじゃなく、YouTubeではかてぃん(Cateen)という名前で、ありとあらゆるジャンルの音楽で、素敵すぎるアレンジや即興、作曲などの素晴らしい演奏を惜し気もなく見せてくれる。

それらの曲を聴いていると本当にワクワクして高揚して、心底音楽を楽しいと思えたり、心を激しくつき動かされたり、胸が感動で一杯になったりして、『今ここに自分が生きていてこの音楽を聴けて良かった』と感じさせてくれる。実際、日常のなかで落ち込んだり苦しいときには、何度も彼の音楽に救われてきた。

だから、いつも角野隼斗さんには、『今まで生きていてくれて、ピアノを弾きつづけてくださって、本当に本当にありがとう』と天に祈るように思っていて、心から感謝している。

今の私は静寂が聴こえない事が怖くない。なぜなら角野隼斗さんのピアノを聴けば、そこには【静寂】も【弱音の美しさ】も感じられるから。曲が終わったあとの静寂すら、角野隼斗さんの魔法にかかっている私の耳には聴こえる気がしている。

そんな、私の人生にかけがえのない宝物をくれた角野隼斗さんが、今年最初で最後のピアノリサイタルを、彼の人生を変えたサントリーホールで12月13日(自分の誕生日が10日で近くて嬉しい)に行う。

本音を言うなら、生のリサイタル公演をどうしてもどうしても観たい。怖くて行けなかったクラシックコンサートに行くならば、絶対に角野隼斗さん以外考えられない。私にとって世界一のピアニストである、角野隼斗さんの生の演奏を聴いてみたい。

でも、残念なことにこういう時期で席数が限られているので、たとえ生で公演が見られなかったとしても、今はとにかくサントリーホールでソロリサイタルを開催されることが自分のことのように嬉しい。おめでとうございますという気持ちと、「ほら!私の大好きな角野隼斗さんはすごい人なんだぜ!」というファンとして誇らしい気持ちで胸が一杯。

角野さんは『(サントリーホールは)自分の人生を変えさせられた場所』と書いていたけれど、私にとっては角野隼斗さんこそが私の人生を変えてくれた、かけがえのない人だ。

長くなったけれど、12月13日会場に行けても行けなくても、ストリーミング公演もあるのでめちゃくちゃ楽しみにしているし、絶対に素晴らしい時間になると確信している。

本当に楽しみで仕方がない!!!!

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