雑記(3)
ひさしぶりに図書館に行った。
本を読まないからではなくて、むしろ本はめちゃくちゃ身近に常にあって、読むなら買う(電子を含む)か、もらうか、必ずその二択だったから。
図書館。当たり前だけど本がいっぱいで、思わず最初「うっ」て吐き気を催した。仕事を思い出してしまい。
でも、10分と経たないうちに私は延々この空間にいられるなぁと思った。
やっぱり本は大好きだ。
本に関しては長々語ってしまいそうなのでやめる。
図書館に向かう途中の道で、イチョウ並木が黄色く黄葉しているのをこの秋初めて見た。
私が家でひきこもり&寝たきり生活をしている間に、季節は間違いなく過ぎ、暑さは影を潜め、むしろ秋を足早に通りすぎて冬すら来そうな気配もあったけれど。
私がどんなに血迷っていようと、迷走していようと、季節が季節外れを通り越して、すでに季節感という定型の流れを失っているとしても。
木々や自然は泰然自若とそこに立ち、当たり前のようにそれなりの時期が訪れれば黄葉し、どんな環境になろうと逃げずにそこに在るんだなと思い、なんだかぐっと感銘を受けてしまった。
周りがどうなろうと泰然自若とそこにある。
回りにふりまわされる事なく変わらずに自分の生き方を貫く。
私に足りないのはそんな強さかもと。自然のようにあるがままの強さが欲しいと思いました。
図書館の帰り道。
いつも春に綺麗な桜を咲かせてくれて、写真を撮っている桜並木があり。
その桜の葉が見事に紅く染まって、散って地面に落ちていて。(調べたら桜紅葉(さくらもみじ)というのですね)
恥ずかしながらまじまじと今まで見たことがなく、その紅さや美しさに気づかずにいたのですが、
春にあんなに美しい花を咲かせ人々の心を綻ばせてくれるのに、また、秋にもこんな綺麗に紅く染まって目を楽しませてくれていたのだなと。
自分の狭い視界には入らないけれど、気づかれなくてもおそらくきちんと桜の葉は毎年美しく紅葉していて、
そんなふうに知られようと知られまいと関係なく、ただ生命を全うすること、当たり前に自分の在り方をただただ全うしている姿が、美しいし尊いなと思いました。
ろくに周りも見ずに、焦って生きていたんだなとつくづく思います。
当たり前に毎年繰り返すことは、生きることそのもので、でも、それって実はものすごいことなのだなとイチョウと桜から教えられたような気がします。
まだまだですが、ほんの少し、気持ちが上向いたようなそんな秋晴れの一日でした。
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