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ペナンテの帰郷

 ペナンテと言う男が故郷に戻った。
 ペナンテの故郷は雪に覆われた崖の上の村で、ペナンテはその村の村長の息子だった。
 ざくざくと雪を踏みしめながら、村外れの丘の上の館を目指す。
 ペナンテが身をちぢ込めながら背を低くし進むと、丘の上から雪玉が転がって来た。
 ペナンテが道の脇にそれて雪玉を交わすと、雪玉は平たいところで動きを止めた。
 見ると、丘へ続く道の両脇に幾つもの雪だるまが連なっている。
 どの雪だるまも、枝で出来た睫毛を逆立て、口をへの字に曲げていた。
 次に丘の上から誰かが駆けて来た。
 頬を真赤にし、真っ白な息を吐く幼い子だ。
「おじさん!おじさんだ!」
「ロイ!」
 駆けて来たのはペナンテの甥っ子のロイだった。
「凄いな!この雪だるま、全部お前が作ったのか?」
 ペナンテはロイの冷たい頬に手を当て、温めてやった。
「これで、悪い奴は攻めてこれないでしょ。」
 無邪気に自慢げに微笑むロイ。
 ペナンテは「そうだな」と言ってやれない変わりに苦笑いをした。放蕩息子で滅多に実家に返らない癖に、妙なところで生真面目だ。
 ペナンテは自分が館に戻るまでにたった一人で雪だるまを作り続けていたロイの毎日を想い、自分を情けなく思った。
「叔父さん、またおばあちゃんにお小遣い貰いに来たの?」
 ロイの悪戯な笑みに、眉毛を下げるペナンテ。
 二人は手を繋いで丘の上の館に向った。
「お父さんは元気か?」
 ロイの父はペナンテの弟だ。
 外に出て絵師として方々を周りたい兄に変わり当主になってもらった。
「うん、相変らずあんまり外には出ないけどね。」
 口ぶりから察するに息子のロイとも余り会話が無いのだろう。
 ロイは知らないが、昔ロイの父はペナンテとこっそり村を出たところ野党に襲われ、それから絶対に村の外へ出なくなったのだ。
 そうしてるうち、館の外へも出れなくなって行った。
 誰もが顔見知りのこの閉鎖的な村はとても息苦しい。
 この村は虐殺を逃れた人々が住みついた場所。
 この村の人々は常に寒さに震えていて臆病だ。
 先代から引き継いだ、他所の世界への不安が、雪だるま式に膨らんで次世代に引き継がれている。
 館の中に入ると、品の良いワンピースを着た中老の女性が暖炉の前で座っていた。
「僕、お父さん呼んでくる!」
 ロイはペナンテの手を離すと、足早に階段を駆けあがって行った。
 ペナンテは母に一礼し、歩み寄る。
「これ、使ってください。」
「あなたの絵、売れてるのね。」
 ペナンテの母は嬉しそうに微笑んだ。

 

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