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西原神社

長野県小諸市西原神田反(かんだぞり)という場所に”西原神社”がある。
その少し北側に小諸市西原八満反(はちまんぞり)という地名がある。
神田反や、八満反はおそらく旧地名だと思われるが、長野県公式ホームページに旧地名等に
”反、剃、返、橇、”
等が付く地名は、土砂の流出による災害が起こりやすい土地の特性が示されていることが多いとされている。
このような古い地名は先人たちからの重要なメッセージが込められている場合があるらしい。
因みに神田反とか八満反が実際どのような土地であるかというと、南斜面で浅間山の火山灰が堆積した中山間地である。
過去に大規模な土砂災害があっても不思議ではない。
その、四方八方が田畑と雑木林の続く、浅間山麓の南斜面の八満反には祖父母の畑がある。
私が小さい頃は、祖父母と一緒にその畑に行って、その日の夕飯に使う茄子や胡瓜の収穫を手伝った。
畑の近くには浅間山の雪解け水が湧き出ている。
もちろん天然の湧水であり、誰でも飲料水として飲むことができる。
祖母に勧められて飲んでみたが、夏でも冷たくて美味しい水だった。
それからというもの、私はたびたびその水を汲みに行くようになった。
祖父も祖母も私と同じように、この水の味を愛していたと思う。
しかし、私が中学生くらいの頃だろうか。
ある日を境に、祖父はペットボトルに入ったミネラルウォーターを買ってくるようになった。
そして、いつも湧き水を汲んでいた場所にも行かなくなってしまった。
なぜなのか不思議に思った。
何回か聞いてみたけれど、明確な答えは得られなかった。
ただ、祖父の口癖のように言っていた言葉があった。
「この水はなあ……神様の水なんだわ。」
ある日、祖父と二人でこの水を汲みに行った時のことだ。
私達は山道を歩いていた。
すると突然地面が隆起して道が塞がれてしまった。
祖父は躊躇うことなく、土を掘り返し始めた。
するとすぐに大きな岩が顔を出した。
祖父はその岩に手を当てて、何か呟いていた。
すると、岩が真っ二つになった。
岩の下には小さな祠のようなものがあった。
祖父はその祠の前にしゃがみ込み、両手を合わせて目を閉じていた。
私は、しばらく黙ってその様子を見ていた。
祖父は立ち上がって言った。
これは、村を守ってくれる神様だ。
そのあと、二人は再び歩き出し、湧水を汲んで無事に家に辿り着いた。
今にして思えば、あれは何だったのだろうと思う。
祖父は、なぜあんな行動をしていたのだろう?
きっと理由があってのことだったのだと思う。
だけど、私はその理由を聞くことができなかった。
祖父は私の質問に対して曖昧にしか答えてくれなかったからだ。

もし、あのときもっと詳しく話してくれていれば、何かわかったのかもしれない。
その後、私が小学校に入学した年の5月に、祖父は亡くなってしまった。
その夜、祖父の夢を見た。
祖父は楽しそうに笑っているだけだった。
夢の中で祖父はこう言ってくれたような気がする。
「ありがとうね。」
お礼を言いたいのはこっちの方だ。
しかしもう、おじいちゃんはいない。
次の日、目が覚めたら枕元には、空のペットボトルが置いてあった。
あの日以来、私も湧き水を飲むことはなくなってしまった。
私は時々この水を飲みたくなるときがある。
その時は決まって祖父の顔を思い出してしまうのだ。
私は、今でもあの水を大切にしようと思っている。
いつかまた、祖父に会えるかもしれない。

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