【創作小説】『クレイジー・ムーヴメント』本文サンプル【BL】
<基本情報>
年上だけど年下、永遠だけど刹那。
十四年ぶりに再会した彼は、別れたときと同じ姿だった…。
平行世界の行き来によって歳をとらなくなった先輩と、彼の年齢を追い越してしまった後輩の、時を超えた関係。リバーシブル18禁。
『クレイジー・ムーヴメント』
「《スペード》、三体撃破!」
「《ダイヤ》の右後方より二体出現!」
忙しなく飛び交う情報を同時処理しながら、指示出しのタイミングを見計らう。戦況はこちらに不利で、一次退却はやむをえないかと思われた。
「司令、モニタ3を! 《スペード》が……」
普段は冷静なオペレーターが「説明より見てくれ」と言わんばかりに叫ぶ。別の報告画面を見ていたが、何事かとそちらへ顔を向け息を飲んだ。
「《スペード》が二人、いえ酷似した個体が出現しました!」
「『ベータライン』からではないようです!」
混乱する管制室で、司令官席から思わず立ち上がる。
他ラインからの侵入はこれまでに未観測で、そもそも敵が人型をしているはずはない。だが戦場に《スペード》《ダイヤ》両戦士以外の人間は立ち入れない。ということはそこに立つのも戦士ということになるが……。
爆煙が引いて謎の人影がその面を現す。戦闘用の外装は解除され、人間の顔が見えていた。
幾人かが気づいて、管制室にざわめきが広がっていく。
「まさか……彼は死んだはず……」
モニタ越しにこちらを見つめる青年の姿は、十四年前と少しも変わらなかった。
チャイムを鳴らしたが、だれも出ない。
「ユズさん。いるなら出てくださいよ」
声をかけてドアをノックしたが、返事はない。その場で電話をかけて十数回コールしたところで、やっと本人が出た。
『おはよ……』
「こんばんは、あなたに呼ばれた白河です。ドアを開けてくれませんか」
『あぁ……』
呻き声が途中で切れ、少しの間があって手元の鍵が開く音がした。
ドアを開けて部屋の中へ入り、まず明かりのスイッチを入れる。ここの鍵は居住者の携帯端末で開けられるため、わざわざ玄関先まで迎えに出てもらう必要はない。
ワンルームの奥のベッドに、下着姿で突っ伏している男がいた。いや、肩のあたりにタオルが掛かっているところを見ると……。
「風呂出てそのまま寝てた……」
顔も上げずに言う相手に、白河虎鉄はため息をつく。
「そんなことだろうと思いました」
買ってきた飲み物を入れるからと断って冷蔵庫を開けたが、ビールの缶が数本入っているだけ。オール電化のコンロに至っては、電源を入れた気配さえない。電子レンジも電気ポットもコンセントが抜けている。
家具家電付きの部屋なのに、ベッド周り以外はひどく殺風景だ。ただ、壁に掛けてあるカレンダーに○と×が書き込まれているのだけが、妙にアナログな雰囲気を醸していた。今日までが×、明日に○がついている。
もう一度深々と息を吐き出して、部屋の中央にあるローテーブルの上に持ってきた袋を置いた。
「近くのイタリアンのテイクアウトです。最近はデリバリーもやってますよ」
「……知ってる」
顔だけこちらに向けた青年は、それでも袋から出される料理を見て空腹を思い出したのか、のっそりと起き上がる。
休日の学生に見えないこともない清澄柚葉は、クロゼットから引っぱり出したパーカーに袖を通し、フードをかぶった状態でテーブルの前に座り込んだ。蛍光灯を眩しく感じるほどにまだ起きていないらしい様子だったから、ミネラルウォーターのボトルを目の前に置いてやる。
眩しげにこちらを見上げ、柚葉はやっと虎鉄を認めたらしい。
「なにそのポロシャツ、おっさんくさ……」
「どうせ俺はおっさんですよ」
三十代も半ばを過ぎればもうお兄さんと主張できないことは自覚している。せめて年相応と言ってほしい。
「おっさんの白河くんもかっこいいけど」
「はいはい」
モデル雑誌の表紙に載っていそうな顔面の青年に言われても真実味はゼロだ。
散らかっていれば片づけでもするつもりでいたが、片づけるものもないようなので柚葉の正面に腰を下ろす。クッションもカーペットもないから尻が痛い。
「テツは食わねえの?」
職場では「白河司令」と呼ばれている自分を「テツ」と呼んでいるのは、現状は彼だけだった。人前で呼ばれたくはないが、二人きりの今は禁止する理由もない。
「仕事帰りに食べてきました」
「家でじゃねえんだ……いただきます」
俺とおんなじかよ、と笑った彼は、それでも手を合わせて食事を始める。
「冷蔵庫のビール飲んでいいよ」
「車で来ましたから」
「え、泊まってくんでしょ?」
「……聞いてません」
サラダをつつく彼と顔を見合わせた。
この部屋にはテレビもオーディオもなく、繁華街からも幹線道路からも距離がある。つまり二人が黙り込むと、全くの無音になるということだ。
結局、「俺が飲みたい」という理由で柚葉がビール缶を二本取り出してきて、そのまま乾杯することになった。
「なにに乾杯しようか……テツ、推しチーム勝った?」
「いえ、今年は負けつづきでJ2落ち確定です」
「あっそ……じゃあ来年がんばってってことで、かんぱーい」
むりやり缶をぶつけて、二人はビールをあおる。彼自身はスポーツに全く興味がないが、テレビ観戦くらいは虎鉄につき合ってくれていた。だがそれも、日韓でワールドカップが開催されたころの話だ。
「そういや、去年の五輪は生で観れた?」
「テレビでは観ましたよ。チケットはとても買えなかったので」
十四年前に別れてからつい先月まで、彼は日本にいなかった。正確には、この世界のどこにもいなかった。だから去年東京で開催された熱狂のオリンピックも見ていない。彼がいたところで、関心があったかはわからないが。
だれもが、戦闘中の事故で死亡したと思っていた。それが今になって急に戻ってきたのだ。消えたときと全く同じ姿で。
「いいなあ、俺もテツと観たかったよ……『ガンマ』じゃ五輪どころじゃなかったからさ」
彼曰く、この世界とほとんど変わらない、だがなにかが違う「別の世界」にいたのだそうだ。自分と同じ顔の人間もいたと聞かされ、だれもが奇妙な気持ちになった。その平行世界は暫定的に「ガンマライン」と呼ばれている。
そもそもこの世界を「アルファライン」と呼ぶようになったのは、別ラインからの攻撃を受けるようになったためだ。「ベータライン」と名づけられた時空から襲撃してくるのは、人間とは似ても似つかない存在で、平行した世界からの来訪者という認識も薄かった。
一方のガンマラインは、アルファラインとほぼ変わらない人間による世界で、こちらと同じくベータラインからの敵襲が常態化していた。柚葉はガンマを守るために同じ立ち位置で十四年間戦いつづけていたのだという。
別世界から戻ってきた彼は今やだれよりもベテランであり、戦いの切り札となる《ジョーカー》としてアルファラインの戦場に復帰している。
「そういえば……河田たちにあまり変なことを教えないでください」
「なに? 俺なんか言ったっけ」
パスタにプラスチックのフォークを突っ込んでから、柚葉はわざとらしく首をかしげてみせた。
「白河司令も、昔はきみたちみたいにキラキラしてかわいかったんだよ~とか?」
「そんなこと言ってるんですか」
答えずに食事に専念するふりをしているが、にやついているのが腹立たしい。
「俺のことはともかく。あなたのやり方は独特すぎるんです。作戦部もあまりイレギュラーな戦法は若手が真似をするから控えてほしいと」
「うんうん、気をつける。自分が実はおっさんだって忘れないようにするわ」
ピザを頬ばりながらの返事には説得力がまるでなく、こちらもついため息が抑えられない。
現在主戦力の《スペード》《ダイヤ》が二十代半ば。「今の」彼もちょうど同年代で、だからこそ周囲が引きずられるのだ。ただでさえ派手な戦闘スタイルは、本人が思うよりも影響力が大きい。
「テツも敬語やめて俺を若造と同じに扱えよ。あの子らだってなんか落ちつかないだろ」
「関係者全員があなたの実年齢を知っているんですよ。今さらそんなことをしても白々しいだけでしょう」
「……戻ってくるなら、いっそ浦島太郎みたいに知り合いが生き残ってない時代のほうが、楽だったのかもな」
柚葉は冗談めかして笑った。
十四年。
互いに会えなかった時間としては長く、しかし過ぎ去った人生の一部としては短く、だれからも忘れられるには早すぎる。浦島にはなれない。
テーブルに頬杖をつく自分の脇には、柚葉の携帯端末とセキュリティーカード。
それと、真新しい腕時計。《スペード》として活躍していた彼の誕生日に、自分を含めた当時の仲間たちが贈ったものだ。帰還した彼はそれを常に身につけている。
その時計だけが、彼とともにアルファとガンマを旅して戻ってきた、唯一の品らしい。
「めったなことは言わないでくださいよ。もしあなたが戻ってくるのに五十年もかかっていたら俺は……」
「そうなったら、虎鉄じいさんだな」
十四年前、虎鉄は柚葉の四歳下だった。
今は虎鉄のほうが十歳上だ。
「俺、七十過ぎたおまえに勃つかなあ」
「……なんでそういう発想になるんです」
平静を装ってそう返したが、とんでもないと心の中では思っている。今の自分でも、彼からすれば「老けている」というのに。歳を重ねるごとにその落差は激しくなっていく。
「そのころには労ってくださいよ、敬老精神で」
「おう、介護ベッド壊さないようにヤるわ」
「敬う気ゼロですね」
彼は「ごちそうさま」と手を合わせ、空になった紙の食器を袋に詰め込みはじめた。ビールの缶もそれぞれ空になって、つまり「ではさようなら」と立ち上がるのが難しい状況だ。
彼がゴミを捨てにいくのをぼんやりと見やる。
パーカーをかぶっただけの、だらしない半裸の青年は、それでも美しい。
肌に焼けていない体は陶器のようで、しかし決して壊れ物などではなく、無駄のない筋肉が詰まっていることを自分は知っている。
この完璧な肉体を永遠に保存しておくため、何者かが画策したのではないかとさえ思うほどに。
「わざわざ、ありがとな」
ふり向いた彼が不意に笑顔を見せた。
「いえ……」
柚葉と再会して半年ほど経つが、まだ心臓が跳ね上がる瞬間がある。
こうして正面からその美を見せつけられると、つい気圧されてしまう。その姿を他の人間には見せないと知っているから、余計に。
ポケットに手を突っ込んだ柚葉が、小さく首をかたむけた。
「白河くんはどうしていつも、俺と目を合わせてくんないの」
続きは『クレイジー・ムーヴメント』でお楽しみください。
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