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思い出す


思い返せば、本当に不思議な人だった。
急に現れて、全て奪って、
目まぐるしく過ぎていく日々の中で
彼の片鱗をとても感じるのが今は辛い。


彼と別れて1ヶ月。
正直に言うと、私はまだ彼の事を好きでいて
びっくりするくらい彼のことばかり考えている。
それはきっとこの季節も関係があって
だんだん寒くなっていく空気や金木犀の香りで
彼の事を思い出す。


1年前、ちょうどこの季節に彼と仲良くなって
お付き合いを始めた。
彼は不思議な人だった。
人懐っこい性格で人との繋がりが誰よりも多い人だった。
反対に人見知りな私は、大学生になってから友達と言える友達も少なく、同じサークルの彼を人として尊敬していた。
けれど、彼はそのように見えていただけで実際は違うということが仲良くなってすぐわかった。
この人はきっと1人になるのが、1人と実感するのが怖いから仲良くなっても他者とは一線を引いているのだ、と。
裏切られるのが怖いのか、過去の経験からそうしているのか、それはわからないけれどきっとそうなのだろう、と。


そんなことを聞くわけにもいかず、1人の友人として仲良くなり始めた頃、いつも明るい彼の笑顔が曇っていた日があった。
何かを言うわけでもなく、ただ暗い顔をした彼に私は自分の大切なキーホルダーを渡してただ元気になってほしいと伝えた。
それまでただの友人だと思っていた彼を、私が意識し始めたのはその日からだと今思い返せば思う。


その日から2人で過ごすことが増えた。
重い話をするわけではない。
授業であった興味深い話、
今日の朝見た空の話、
最近食べた美味しかったものの話、
サークルであった楽しかったこと、
他者に言うには少しくだらない話でも
彼はいつも笑顔で、興味津々に聞いてくれた。
人よりずっとネガティブな私を元気にしてくれて
寄り添ってくれて、そんな彼の横にいるのが本当に心地が良かった。
他者と深く関わるのが苦手な私が
手放しで頼れて穏やかな気持ちでいられる唯一の場所だった。


お付き合いが始まっても
私たちの関係は変わらなかった。
顔を見たら安心ができて、
他のことなんかどうでもよくなって、
一緒にいる時間が好きだった。
関係性に名前がついただけで、あとは何も変わらないよねって笑いながら言っていた。


変わったのはきっと私の方だった。
学年が上がって、家が遠い私たちが会える時間は
どんどん減っていった。
彼にも夢ややりたいことができて、
自分以外の人と過ごす時間が増えて、
焦ってしまった。
私のことはどうでもいいのかもしれない。
もう手放してもいいって思われてるのかもしれない。
また、1人になるのかもしれない。
漠然とした不安に駆られるようになり、
彼にぶつけてしまっていた。
彼の決断を心から応援できなくて、
そこに自分のことが入っていないのが
許せなくなってしまったのだ。
一緒に笑っていられたらいいって思っていたのに
独占欲や嫉妬に塗れるようになった。
それが彼にとっては苦しかったのだ。
何を言っても否定されるのが嫌だ。
他の人は自分の決断を応援してくれて、
自分の好きにしていいよって言うのに、
何でそうしてくれないの。
と、ある日の喧嘩で言われた。
その日から私たちの関係性はおかしくなってしまったのだと思う。


急な別れ話だと思った。
でも思い返したらそんなことはなかった。
この1ヶ月ずっと考えて、
別れたいっていう気持ちと
別れたくないっていう気持ちで
ずっと揺れてたって言われて、
受け入れることができなかった。
言われてから1週間考えて、毎日泣いた。
頑固な彼が折れることもなく
別れようと決めた日、
私といて幸せだったのか、
彼は付き合っていたことを後悔していないか、
そんなことが気になって聞いてみると
彼が泣き出した。
それで泣くのは卑怯だろう、と正直思った。
好きだ。幸せだった。本当に。
そう言う彼の目には嘘がなくて
受け入れるしかないと思った。
大泣きする私に彼は、本当に幸せだったと伝え
泣くから私も泣くことしかできなかった。
何度も通った彼の家までの道のり、
さよならと言うと悲しそうに笑う顔、
星がよく見えるようになった夜空、
言葉にするとどうしてもちゃっちく聞こえるが
久しぶりに2人で穏やかな時間を過ごせた。
この時間がずっと続けばいいのにって思ったと伝えたら、同じことを思ったと言われて、涙が止まらなかった。
もっと前にこれに気がつけてたら
きっと未来は変わってたのかなと。


別れた今、結局彼とは週1回のペースで会っている。
サークルの友人として、1人の友人として。
彼の冷たくなった態度や言動から
ああ、別れたんだなと実感することがしんどい。
けれど、自分で引き起こしたことなのだ。
受け入れるしかなくて、
よく彼と通った道をひとりで歩いて、
彼が好きだった曲を聞いて、
彼が好きだった服を着て、
今日も生きている。

いつかがまた来るとは限らないけど、
もし次があるなら、
変わらなきゃいけない。
どれだけかかっても自分の気持ちを整理して
次は間違えないようにしないといけない。


秋が始まって心の底から笑えたのはいつだろう。
と考えたら
結局彼と一緒にいて、2人で話してる時だった。

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