秘密警察(SSS)編 1/4
ユーリが西国のスパイとなる話です。
アメリカ放送局『ソ連が警戒しているのは、アメリカのミサイル配備です。米欧州軍のジャクソン最高司令官は、ソ連が攻撃すれば、核戦争は不回避だと述べています』
ソ連放送局『ヒステリックに反共産主義を掲げ、アメリカは軍事行動を正当化しています』
東国、バーリント、国家保安局
ユーリ・ブライア。二十歳。表向きは、東国の外務省勤務。だが、裏では秘密警察として、市民の監視及び国内外における諜報活動、反体制分子や外国のスパイ狩りに奔放していた。
ユーリは、薄暗い控え室の中で扉を開く音に振り返る。そこには、鷲鼻で猛禽類のような顔立ちをしている初老の男性が立っていた。
「君が、ユーリ・ブライア少尉だね?」
「はい。なんでしょう、少将」
ヂヂヂと安定器が小さく鳴る光の下で、パイプ椅子が軋んだ。ユーリは、デスク越しに少将と向き合う。男は不気味な笑みを浮かべていた。
「噂は聞いていた。君は間違いなく、今回の任務に最も適した人材のようだ」
ユーリは、用件を伏せられたままここに来ていたため、何の話か分からず、怪訝な顔つきになる。
「今日は君にお願いがあってね、わざわざここに来てもらった」
「はい……」
「極秘任務を遂行してもらいたいんだ」
重たい沈黙が殺風景な部屋を支配する。ユーリは、黙って少将の顔を見据える。そのブルーの瞳は、深い海の底のように冷え切っていた。
「西国西部連邦軍の基地に、中尉として潜入してくれ。それから、西国駐在の米国ロージャス将軍が持っている文書を写真に収めてきて欲しい。実在する人物になりすましてな」
ユーリは返事をしなかった。
少将は、アタッシュケースからファイル取り出し、デスクに広げると、ユーリはそれをちらりと見やった。ベンの顔写真を見て、内心驚く。ベンがユーリにそっくりな顔立ちをしていたからだ。
「中尉の名は、モーリッツ・ベン。西国のケラン出身。10歳で両親を失った後は、母方の叔母に育てられ、18歳で連邦軍に入隊。兄弟はいない」
ユーリが何か言いたげなところを少将が続けて言う。
「心配しなくていい。本物のベンはこちらで処理済みだ」
少将は、ユーリの顔から再び書類に視線を戻す。ユーリも書類を凝視した。
「それから、君の上官は、NATOにパイプを持つシュルツ将軍だ。階級は少将。君は、そいつの右腕になるんだ」
「なるほど。ついに、証拠集めを始めるのですね」
ユーリの言葉に、少将は満足げに頷く。
「ああ、その通りだ。アメリカが、我々を悪の帝国と呼んでいる。これは我々に対するアメリカの脅迫だ。攻撃される可能性もかなり高いと見ている」
「分かりました。僕が奴らの計画を探りましょう。ただし、任務はそれっきりです。東国に愛すべき姉さんがいますから」
「本当に極度のシスコンなんだな」
「はい。姉さんが生まれ育った素晴らしき東国を守ることこそが、僕の使命です」
「君のお姉さんを守るために、追加任務もあるかも知れない」
ユーリは唸り、拳を固める。
「……やるべきことは、やり切ります」
少将は、口元に笑みをたたえながら、静かに頷いた。
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