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10ダルクと子守唄 4/9

スパイファミリーの小説です。テーマは家族愛。

イーデン校、知恵の塔

目を開けると、グレーの天井。

布団からゆっくり体を起こす。制服は着たままだった。
アーニャは、打ちっぱなしの壁に囲まれた殺風景な空間を見回す。右上に監視カメラ、正面には男たちが視界に入った。

「おはよう、被験体007」

男たちは、檻の外からこちらを見ていた。心臓がドクドクと脈打つ。
「元気にしていたか」と、前髪が三日月型に巻かれている眼鏡の男が付け足すと、その隣にいる坊主の丸い眼鏡を掛けた男が、「久しぶりだな」と声をかけた。

アーニャは何も喋らない。そう決めていた。

「さあ、これが今日の晩御飯だ。残さずに食べろよ」

金髪で目が細い眼鏡の男が、檻の鍵を開けて、アーニャの目の前にご飯を置く。

パンのかけらと牛乳に、にんじんと玉ねぎのスープ。
今はヨルの作る料理の方が、美味しそうに思えた。

アーニャは男どもを睨む。喋らない代わりに、表情で不快感を表した。

「そんな顔をしても無駄だよ、007。
お前は、――人だ。――人の存在が、人類を不幸にしてしまうと、前にも言っただろう?だから、お前たちが実験台となって、世界平和に貢献すれば良いのさ。いや、貢献しなければならないのだ」

前髪が三日月型に巻かれている眼鏡の男が、せせら笑う。
他の男たちも、その言葉に賛成の意を示すように、頷いた。

アーニャは、俯いて唇を噛み締める。やはり何も喋らない。喋りたくなかった。男たちが20分後にまた来ると言い残して、立ち去った後も、しばらくは動けないでいた。
小刻みに震える体を包みこむように布団に寝転がる。

(じなんにそっくりなおにいさんと、ちちとおなじいろのめのおじさんに、はやくあえますように)

アーニャは、ボンドの予知で、すでに未来を知っていた。誘拐から逃げようと思えば、逃げられただろう。だけど、予知に出てきた人たちに、どうしても会ってみたかったのだ。好奇心が勝ってしまった。

男の言葉が、頭の中で繰り返し流れる。耳を塞いでも、目を瞑っても、その存在が消え去ることはなかった。

(――じんだから、アーニャいらないこ?――じんだから、じっけんだいにされる?)

体の震えは止まらない。
ボンドの予知は正しいと信じている。だけど、2人が来るのは今日じゃないかも知れない。そこまでよく確かめなかった自分を少し恨んだ。明日から実験が始まる可能性もある。もしかすると、ずっとこのままで、ロイドにもヨルにも会えなくなる可能性だってある。
「未来」は変わることがあることを、アーニャはよく理解していたのだ。

アーニャは、自分の心と体を守るように、いっそう体を丸めるのだった。

男の頭の中には、イーデン校知恵の塔の地下にある通路の地図が広げられていた。それは、内密に作り上げられたものだった。

組織から与えられたピエール・ポミエという名のシェフになりすまし、数年に渡ってイーデン校を独自に探索、情報収集をしてきた。時にはイスラエルの有能な諜報員に、時にはMI6の諜報員に、時にはイーデン校のある生徒に、任務の協力を要請しながら。関係者は数人しかいない、特別かつ極秘の任務だった。

男は通気口から地下に潜り込み、人気がないことを確かめてから、薄暗い廊下に降り立った。銃を片手に構えながら、正規のカードをコピーしたものを通して、厳重にロックの掛かっている鉄格子の扉を難なくすり抜ける。廊下を進んでいくと、第一の目的地であるブレーカーの前に着いた。男はボックスの蓋を開け、少し操作を加えた後、銃弾を2発撃ち込む。これが、潜入している他の者たちへの動き出す合図となる。あらゆる電気回路が遮断され、地下の人間たちは大慌てし始めるだろう。もう監視カメラすら機能していない。男は、そのまま第二の目的地へと向かった。

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