見出し画像

10ダルクと子守唄 3/9

スパイファミリーの小説です。テーマは家族愛。

翌日。時刻は20時を過ぎた頃だった。

ロイドは、朝から嫌な予感がしていた。
ランチを入れた紙袋の底が破れたり、何もないところで2度躓いたり、重要書類を一部アジトに忘れてきてしまったり。スピリチュアルなことは信じない主義だが、任務中に絶対に起こり得ないミスが立て続けに起こると、どうしても不安になる。その上、悪いものほど当たる確率が高いのだ。

ロイドが帰宅すると、ヨルがリビングで立ち尽くしていた。嫌な予感が、胸騒ぎに変わった。

「アーニャがまだ帰って来ない……?」

「そうなんです」

ヨルが涙声で答える。学校やバス停、スーパー、公園などアーニャが立ち寄りそうな場所を回ってみたが姿がなかったと言う。学校にも確認したところ、補習で居残りなどしていないと言われたそうだ。

「ロイドさんに相談したくて、私もさっき帰って来たところです。警察に連絡しますか」

ヨルは深い絶望感に襲われているようで、ワインレッドの瞳に光はなく、泣きながら探し回っていたのか、目元が赤く腫れていた。ロイドには、ヨル自身が「自分は母親失格だ」と責め苛んでいるように見えた。

「ヨル……」

ロイドはたまらず、彼女の冷たい手を引くと、そのまま優しく抱き締めてやる。

「ロ……ロイドさんっ」

「ヨルさんのせいじゃありません。ヨルさんがよくやってくれていることを、ボクが1番知っています」

ロイドの温もりが伝わると、ヨルは少し落ち着いたようで、体の強張りが柔らかくなっていった。

「それに、今警察に連絡したとしても、すぐには動いてくれません。だから、ヨルさんは家で待っていてください。アーニャが帰ってくるかも知れないですから。ボクも今から探しにいきます」

そう言って、ヨルの瞳を優しく覗き込む。ヨルは、少し希望を持ち始めたようで、分かりましたと控えめに微笑んだ。ロイドは無言で頷くと、帰ってきた姿のまま、家を飛び出した。そのままタクシーを拾い、イーデン校に向かう。
アーニャが寄り道をして帰ってくることは考えられなかった。帰りが遅くなっても、バスに間に合わなかったことは今まで一度もなかったからだ。もし寄り道をしたとしても、ブラックベルが側にいてくれるはずだし、学校でトラブルがあれば、何かしら連絡が来ているに違いない。

(と、すると……学校から出て、バス停での待ち時間で何かあった可能性が高いな)

イーデン校の門は閉まっていた。そこから、少し歩いてバス停まで向かう。ロイドは、ぐるりと辺りを見渡してから、今度は別のタクシーに乗り込んだ。

「フランキー、イーデン校バス停付近の防犯カメラのデータを入手してほしい」

「わっ、いきなりなんだよ、ってか顔こわいよ?」

「アーニャがいなくなった」

フランキーから、ふざけるような表情が消えた。

「……行方不明か?」

「そうだ、すぐに頼む」

「ああ、分かった。でも40分は掛かる」

「そんなに待ってられん……これ預かっておいてくれ。行ってくる」

ロイドは帽子を脱いで、鞄から必要なものだけ取り出すと、それらを無造作に台に置く。

「え、お前、警察署に侵入する気か?!」

「ああ。制服借りる」

ロイドは瞬時に変装をすると、警察署へ向かった。
職員にすれ違っても爽やかに挨拶をしながら、データ管理室へ向かう。捏造したファイルとビデオの入った紺色のレザーバッグを片手に。ロイドは、50代の副署長に見事に変装していたため、誰も自分の存在に気づかなかった。
管理室に着くと、今日の日付分のビデオを朝から早送りにして見ていく。朝の通学時刻にアーニャの姿を確認し、夕方になると再びアーニャの姿が映った。ピンク色の頭は分かりやすくて助かると頭の片隅で考える。
しかし、途中からスーツを着て、眼鏡と帽子で顔を隠している女性がアーニャに話しかけている場面が流れ、普通の速度に戻してじっと目を凝らした。すると突然、その女性がアーニャを抱え、近くに停めていた車の助手席に乗り込んだ。女がアーニャに何かしたのは分かったが、背中を向けていたため、何をしたのかは分からなかった。アーニャは、抵抗するようなそぶりを一切見せていないため、気絶させられている可能性が高い。急いでその車が映っている他のデータを確かめていく。車は、イーデン校をぐるりとまわり、3つ目の角を曲がった後から姿を消した。

(それにしても、画質が悪すぎる……)

車両ナンバーを確かめたくても、画質は最悪で、かろうじて分かることといえば、車種だけだった。防犯カメラの設置目的を考えると仕方ないことだと諦める。ロイドは、ビデオを引き抜くと、部屋の片隅にある監視カメラを意識しながら、鞄に詰め込み、偽造のビデオを棚に並べた。ファイルのすり替えも行い、これまた巧みに鞄に詰めた後、再びフランキーの元へ向かった。

「フランキー、このビデオの解像度を上げてほしい。車両ナンバーを確かめたい」

「それなら、3分でできるぜ」

フランキーは、テレビから独自に改造したモニターの中にデータを映すと、アルファベットや数字、記号が振ってあるボタンを高速で打ち込んでいく。その間に、ロイドは副署長の変装を解いた。

「特定できたぞ!」

きっかり3分だった。ロイドはモニターを覗き込む。

「CD 94――」

警察署から持ってきたファイルがなくても、どこの車かすぐに分かって、息を呑んだ。

「ソ連大使館のナンバーだ」

「ソ連!?なんでアーニャちゃんがやつらの車に攫われたんだ?」

「分からん……だが、大使館の方角には向かっていない。それに、この車が映っているビデオは他になかった」

(イーデン校の敷地内に何かあるのか?)

イーデン校については、WISEも詳細に調べてきた。そのため、まだ隠されている事実があるとは、とても信じられないことだった。

「もう一回イーデン校に行ってくる。お前にもついてきてもらいたいところだが、今回は1人で行く。その代わり、頼みを聞いてくれないか」

オレの荷物を持って帰って、ヨルさんに順調だと伝えて欲しい。そう言い残すと、ロイドはフランキーの住処から地上へ出た。

「ったく。いらん情は持つなって警告してやったのによお」

そう呟きながらも、フランキーは穏やかな表情を浮かべていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?