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10ダルクと子守唄 6/9

スパイファミリーの小説です。テーマは家族愛。

イーデン校への潜入はたやすい。今まで何度も潜入してきたため、経路もそつなく確保していた。目印は、あの車だ。慣れているとはいえど、やはり校内はかなり広い。捜索場所を頭の中で絞りながら進む。ロイドは防犯カメラを避けるため、地上へは降りず、猫のごとく校舎から校舎へと飛び移りながら移動していた。
最も怪しいと踏んでいた知恵の塔の付近に着くと、ようやく地上へ降り立つ。防犯カメラを意識しながら建物に近づき、ぐるりと周りを回った。車は見当たらない。というより、車自体どこかに隠されている可能性が高いか、と考え改めた時、茂みの中、通気口の枠が外されているのに気づいた。誰かが侵入した残痕だ。
ロイドは迷わず、その穴に体を滑らせた。
換気経路は暗く、埃っぽい。

(帰ったら、スーツをクリーニングに出さないと)

内ポケットから小型の懐中電灯を取り出すと慎重に歩みを進めた。
ロイドは、以前調べた地下通路とは別の通路があることが分かり、驚いた。というよりも、あの地下通路の情報自体、偽造されたものだったのだろう。何かを隠すために。
足音を忍ばせて、アーニャの居場所を探し回る。身を屈めているため、腰が痛い。長身のデメリットだ。しかし、いざという時に隠れる場所がほとんどないため、廊下に降りるのはリスキーだと考えた。念のため銃を携帯しているが、本来は本部の許可がない限り、現場での武器の携帯は禁じられているため、使う気はなかった。
無謀だ。
分かっている。
情報が何も分からないまま、潜入をすることがどれほど危険なことであるかは十二分に理解していた。だけど、アーニャを探さずにはいられなかった。アーニャの身に何かあるかと思うと、居ても立っても居られないのだ。

「……ああ、そうか」

低い話し声が聞こえ、光を後ろ手に換気口から覗く。廊下の向こうから、2人の男が歩いてくる。

ロイドは、息を顰めた。
坊主で丸い眼鏡を掛けた男と、前髪が三日月型に巻かれている眼鏡の男。いずれも医者のような白衣を着ている。しかし、問題は後者にあった。ロイドは、目を丸くする。

(伍長……?)

見間違えるはずがない。子どもの頃に兵隊ごっこをしていたメンバーの1人であり、その面影がはっきりと残っているのだから。ふとした拍子に前髪をいじる癖も変わらなかった。

(あいつ、生きていたのか!)

ロイドの表情が明るくなったのも束の間、伍長の持っていた書類に目を見張った。

アーニャの顔写真。被験体007。地下B室。今日の日付と記録。

「007は、まだ何も食べないのか」坊主の男が尋ねる。

「ああ」

「お前の言ったことに、こたえているんじゃないか」

「事実を言ったまでだ」

「ブランクが長かったからな。明日からの実験の準備は?」

「完璧さ。やっとだ……やっとこの日が来たんだ」

ロイドは、怒りと憎悪と絶望感で体が震えていた。
今すぐ、ここから飛び降りて、銃口を額に突きつけてやりたいと思った。あいつらの手足を縛って、視覚と聴覚を奪い、猿ぐつわをつける。48時間は飲み食いなしで、放置。まずは坊主の男から。椅子に括り付けて、必要な感覚器官だけ解放する。銃身を使って、やつの顎を持ち上げる。
「施設で何をしている?目的はなんだ?正直に答えてくれれば、オレはおまえの親友になる。答えなければ……分かるだろ?」冷たい銃口をぐりぐりと額に押し付けてやったところで、我に返った。

男たちの姿はなかった。

とりあえず、地下B室だ。アーニャがいるかも知れない。ロイドの頭の中には、すでに幼い頃の伍長はいなかった。もはや、伍長ではない。あいつは、裏切者だった。

ロイドは、地下B室がどこにあるのか分からなかったため、男たちが進んだ方向に向かうことにした。廊下の突き当たりを左に曲がると、所長室が見えた。

(所長室か……何か情報が手に入るかも知れない)

廊下には扉があるため易々と入れないが、換気経路は自由だ。所長室に侵入し、換気口から室内を見下ろすと、ロイドは心臓が止まりかけた。
坊主の男は、額から血を流しながら床に横たわっており、もう一方は、気絶させられているように見えた。

見上げたグリーンの目が、ロイドを捉える。
覆面をしていたため、目以外は隠されていたが、その威圧感に圧倒された。
男は、くいっと顎で合図する。出ろ、って意味だ。
ロイドが躊躇っていると、パンッと発砲音がなり、ギリギリのところに撃ち込まれた。ロイドは戦闘を望んでいなかったため、一旦退去することを決意し、地上へ出た。力なく、壁にもたれかかる。

結局、アーニャを見つけることはできなかった。

あの男が何者なのかは分からない。だが、目撃者であるロイドを殺さなかった。まるで、ロイドが侵入してくることを知っていたかのように。
裏切者に、アーニャの顔写真。
アーニャがなぜあそこにいるのかも分からなかった。
ただ、男たちの会話で盗み聞いた「被験体」「実験」という言葉がずっと気にかかっていた。
ふと、ロイドは思い出す。

E・C。
アップル。
イーデン校のシンボルマーク。

閃いた仮説に、はっと息を呑む。

〈プロジェクトアップル〉

IQの恐ろしく高い動物を生み出そうとしていた研究。その「動物」には、おそらく人間も含まれていたのではないだろうか。計画は頓挫したため、プロジェクトアップル自体消滅したものだと思っていたが。
ロイドは、唇を噛み締め、拳を固く握りしめる。
無茶な実験を繰り返していたと聞いていた。アーニャも、軍事目的の道具として見られていたに違いない。
酷いやつらだ。
プロジェクトの裏を炙り出して、絶対にこの手で息の根を止めてやる。
皮膚に爪が食い込むくらいに拳を固くしていたが、一気に力が抜けた。

(お前はどうだ?黄昏?)

自分の声が脳内に響く。

(お前も、アーニャを任務遂行の目的として扱っていたではないか?)

アーニャの出来が悪ければ、他の子どもに変えようとした。
任務が終われば、孤児院へ戻すつもりでいた。

全ては、東西の平和のために。
アーニャとヨルを犠牲にして。

(子どもが泣かない世界を、作りたいだと?)

もし、アーニャを他の子どもに変えたら、孤児院に戻したら、アーニャは必ずーーいや、本当は気づいていた。矛盾していることに。気づかないよう押し殺してきたのだ。穏やかな仮面を被って、アーニャとヨルと共に生活を送ってきた。全ては任務のためだと言い聞かせながら。
腹の底に埋めいている自己弁護に無性に腹が立ち、ロイドは壁を殴った。蹴った。
何度も何度も。
やがて力尽きて、ずるずると床に座り込む。自分を痛めつけるように殴ったため、拳全体にアザや擦り傷、切り傷ができていた。磨き上げられた靴も台無しだった。

(本当に酷いやつは、オレだったんだ)

ロイドは、天を仰いだ。

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