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【第2回】音楽が語る もう1つの『Extreme Hearts』

ヘッダー : TVアニメ『Extreme Hearts』#01より
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1. はじめに

※本連載のコンセプトについては前記事を参照ください。

 今回は葉山陽和ソロシンガー期の楽曲について考察していきます。該当するのは以下の2曲です。

  • 青空に逢えるよ

  • 名もなき花

 本題に入る前に、本連載で考察される「主題」とは何か?ということについて軽く触れておきたいと思います。
 「主題」という単語を音楽事典やネットで調べてみると、以下のように解説されています。

1つの完結した意味単位で、たいていは8小節から成る。(中略)均整のとれた分節と和声的な完結性を示すことが多い。

『図解音楽事典』U.ミヒェルス(編)角倉一朗(訳)

楽曲や楽章のなかで,その有機的な展開と統一の核となる主導的な楽想。(中略)時代や個人様式により種々の形態をとるが,3~20小節ぐらいに収められ,かつまた内部でいくつかの動機に分割されうるのが普通である。

『コトバンク』

 これらは主にクラシック音楽やジャズにおける定義なので、そのままアニソンに適用するのは難しいです。本連載で扱う主題は、厳密には「動機」のほうがもともとの定義に近いのですが、感覚的な分かりやすさを重視して「主題」という言葉を採用しています。
 とりあえず小難しいことは置いておいて、「葉山楽曲の核となる重要な音型」くらいに考えておいてください。

 では、始めます。




2. 青空に逢えるよ

①葉山進行の登場

 アニメ第9話で登場する、SSW葉山陽和のデビュー曲。アニメ第1話冒頭の長いモノローグで語られている陽和の音楽の原点に通じる曲調で、彼女が理想とする歌の片鱗をすでに聴き取ることができます。

陽和「子どもの頃から歌を歌うのが好きだった。つらい時や悲しい時、わたしを支えてくれたのは、ラジオやテレビから流れてくる優しい歌だったから。」

アニメ『Extreme Hearts』#01

 本楽曲で提示される葉山楽曲の主題はこちらです。

F/A → B♭ → C → Dm7

 この進行は移調されて多くの葉山楽曲で使われているだけでなく、ベースラインに現れる「ラ→シ♭→ド→レ」という音階を3音(正確には「半音・全音・全音」という音程で)上行する音型は、すべての葉山楽曲で重要な構成要素となります。今後、このコード進行を葉山進行、ベースラインの音型をモチーフAと呼ぶことにします。
 葉山進行は言ってしまえばベーシックな進行で、強い個性や独創性はありませんが、余韻に柔らかな陰を落とす4番目のコードは陽和のどこか儚げな雰囲気を、音階を上行するモチーフAはRISEというチーム名や彼女たちが努力し勝ち上がっていく様を連想させます。シンプルながらも陽和自身やRISEを象徴する主題になっているわけですね。


②楽曲構造

 葉山進行は本楽曲においてどのように提示されているのでしょうか。

図1
『青空に逢えるよ』の大まかな構造。
ほとんどのコード進行が葉山進行から派生している。

 図1には、セクションの繋ぎ目における変化などを除いた、本楽曲の基礎を形作るコード進行がまとめられています。これを見ると葉山進行やその派生形が楽曲の大半を占めており、主に登場するコード進行は3種類のみと、実にシンプルな構造になっていることが分かります。実際はピアノなどの楽器群が彩りを添えているため、もう少し複雑なコードだと分析することもできるのですが、ここではあくまでも基礎になっている(おそらく陽和が担当しているであろうアコースティックギターが奏でている)コード進行を取り上げます。

 3種類の主な進行のうち、葉山進行の基本形を除く2つについても簡単に見ていきましょう。

F/A → B♭ → Csus4 → Dm7

 サビで登場する葉山進行の派生形は3番目のコードが少し変化した形で、すべてのコードに同じ "ファ" の音が共通して含まれています。ギターが共通音を長く伸ばすことで基本形に比べて音の動きが少なくなっており、落ち着いた雰囲気を醸し出す進行になっています。音数が増えて盛り上がるサビ部分ではありますが、この進行がテンションの変動を抑え、全体の雰囲気を崩さないように働いています。

 次に、Cメロ冒頭の進行がこちらです。

E♭ → B♭ → C → Dsus4 → D

 本楽曲では数少ない葉山進行から外れているコード進行で、印象的なドラマを生み出してクライマックスを形成しています。また、ラスサビでの転調を予告する効果を持っています。光が差し込み視界が開けるようなCメロをきっかけとして半音上に転調し、少し明るくなった響きの中で本楽曲は穏やかに閉じられます。


③構造が持つ意味

 ソロシンガー期の陽和は、自身の気持ちや経験をストレートに歌い上げるスタイルでした。とすると、本楽曲はプロデビューに至るまでの道のりを歌ったものだと考えるのが自然でしょう。将来への漠然とした不安を抱えつつも、弱音を抑え込みひたすらに努力する様子を葉山進行の繰り返しで、TV番組への出演をきっかけにプロデビューを果たし、周りの環境がガラッと変わる様子をCメロとラスサビの転調で表現しています。
 また、アニメの作中楽曲としては、環境が変わっても努力し続けていることや、歌手活動がなかなか軌道に乗らず不安が拭いきれていない様子を暗示するために、構成要素は変わらず転調だけするという表現が選択されたとも考えられます(後の楽曲における、構成要素を変化させる表現との対比にもなっています)。いずれにせよ、シンプルな構造から物語とメッセージ性を感じ取れる内容であり、陽和のソングライターとしての高いポテンシャルが伺えます。

アニメ『Extreme Hearts』#01
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契約終了通知の内容から考えても、
陽和が充分な実力を持っていることは間違いない。

 このように本楽曲での主題の発展はかなり控えめで、まさに主題提示に相応しい役割を果たしています。アニメでの初登場シーンは第9話と遅めだったので、まるで「今まで提供した料理の原材料はこちらです」という種明かしのような趣になっているのが面白いですね。様々な意味で、陽和の原点を表す楽曲と言えるのではないでしょうか。




3. 名もなき花

①ネガティブな主題

 アニメ第1話で登場する、作中で最初に流れる葉山陽和のオリジナル楽曲。視聴者に「SSW葉山陽和のスタイル」を提示する自己紹介的な役割も兼ねています。
 作曲の理由は明確に描写されていませんが、歌詞を見る限り、咲希との出会いが大きなきっかけだと考えて差し支えないでしょう。『葉山陽和のBlog』では、咲希との出会いについての記事が2048年3月4日に、事務所の退所を報告する記事が同年4月22日に投稿されているので、ソロシンガー期が終わりを迎える直前に作曲されたと考えられます。

 本楽曲では葉山進行が登場しない代わりに、別の音型が提示されます。といっても『青空に逢えるよ』のように分かりやすく繰り返されるわけではなく、Aメロの終わりとサビの終わりで印象的なコード進行と共に1回ずつ現れます。1番と2番を合わせて計4回登場する形ですね。ここではAメロ終わり(歌詞で言うと "幾千幾万の声" という部分)のコード進行を抜き出してみましょう。

Dmaj7 → Dm → A

 この進行に含まれる「ファ♯→ファ♮→ミ」という半音ずつ下行する音型がモチーフBになります。
 モチーフBは3つの点でモチーフAと対照を成しています。まず音高が上行ではなく下行している点、次に音程に全音が含まれず半音のみになっている点、そしてベースやメロディーといった分かりやすい場所ではなく、内声で控えめに提示される点です。このような特徴を持つモチーフBからは、どこかため息のようなネガティブ寄りのニュアンスが感じ取れ、本楽曲の緩やかに気持ちが沈んでいくような雰囲気の形成に影響を与えていると考えられます。

 また、同じ部分のメロディーを見てみると、音階を3音下行する音型が繰り返されています。

 これはモチーフAを上下に反転させた形になります。つまり「半音・全音・全音」という音程はそのままに、音高の上行下行を逆にした音型です(このような処理をした音型を、もとの音型の反行形と言います)。共に下行形であるモチーフAの反行形とモチーフBが同時に現れることで、前述の「沈んでいく」印象がより強くなっています。


②下行形が表現しているもの

 モチーフAの反行形は『青空に逢えるよ』のメロディーですでに登場しています(サビ冒頭が分かりやすいでしょうか)。『青空に逢えるよ』は応援ソングですが底抜けなポジティブさではなく、漠然とした不安に飲み込まれないために努力し続けているような印象の楽曲ですから、メロディーの下行形をベースの上行形が支える構造は、とても理に適っていると言えそうです。
 対して、本楽曲では支えるもの(モチーフAの基本形や葉山進行)がなくなり、下行形が重複して現れる構造になっています。これは、頑張る目的を見失いかけた陽和の心のありようが表現されているのではないでしょうか。

陽和「本当に私の歌を買ってくれた人なんて、ほとんどいないのかもしれないけど……それでもいいんだ。私の歌を好きだって、言ってくれる子がいるから。」

アニメ『Extreme Hearts』#01
アニメ『Extreme Hearts』#01
©PROJECT ExH
明らかにアーティストとファンを超えた2人の関係性。
第1話時点では共依存に近く、あまり健全とは言い難い。

 咲希との出会いによって、陽和は自身の歌を好意的に受け取ってくれた人の存在を知ります。それは歌手活動が軌道に乗らず苦悩していた陽和にとって心の支えになったことでしょう。しかし、この小さな成功体験や、咲希と過ごす心地よい時間という創作者にとっての "甘い毒" に浸っているうちに、「これで充分だ」と陽和の中の野心が少しずつ影を潜めてしまったと考えられます。アニメ第1話や『Side×Short×Stories』#00で和やかに描かれていた高架下ライブこそ、実は最も深刻な歌手活動の危機だったのかもしれません。

 最後に、本題とは少しズレますが、モチーフBが再登場するサビ終わり(歌詞で言うと "あなたのための花束" という部分)についても書かせてください。

Dmaj7 → Dm6 → Aadd9

 ここは僕が特に心を掴まれた瞬間です。陽和の儚げな歌声が、たゆたうような柔らかい余韻に溶けていき、早春の雲ひとつない空のように晴れやかな切なさを覚える間奏・後奏へと続いていきます。この進行はAメロ終わりの進行から派生したものなんですが、少し構成音を足しただけでここまで雰囲気が変わるんですから、音楽は面白いですよねえ……。




4. まとめ

 ソロシンガー期の楽曲では、葉山楽曲の主題が3つ提示されました。

  • 葉山進行 : 陽和自身や「陽和らしさ」を表す。

  • モチーフA : 音階を3音上行する音型。

  • モチーフB : 半音を2音下行する音型。

 注目したいのは、モチーフA, Bの対比です。

図2

 図2は、主題提示時点での両モチーフの対比構造を表しています。今後、主題を発展させるフェーズに入るわけですが、それに伴って対比構造にも変化が生まれていきます。
 次回からRISE時代の楽曲を考察するにあたっては、主題の組み込み方と陽和の成長の関連に注目していきたいと思います。



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