【第3回】音楽が語る もう1つの『Extreme Hearts』
ヘッダー : TVアニメ『Extreme Hearts』#02より
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1. はじめに
※本連載のコンセプトについては第1回の記事を参照ください。
今回は葉山陽和スタイル転換期の楽曲について考察していきます。該当するのは以下の2曲です。
Rise up Dream
SUNRISE
「エクストリームハーツ」出場をきっかけにチームRISEを結成した陽和は、大会の趣旨やメンバーの特性に合わせて、バラード主体のスタイルからアイドル系のスタイルへと転換を試みます。アニメ本編では作詞作曲時の試行錯誤について何も語られていませんが、楽曲を分析するうちに、とある解釈が可能であることが分かりました。
本記事では、ソロシンガー期の楽曲で提示された主題の発展を追いながら、スタイル転換に伴う陽和の精神面の変化がどのように表現されているのか考察していこうと思います。
2. Rise up Dream
①葉山進行の復活
アニメ第3話で登場した、RISEのデビュー曲。陽和が初めてソロではなくユニットのために書き下ろした楽曲です。
本楽曲は、『名もなき花』で姿を消した葉山進行を再び使いつつ、ソロシンガー期とは異なるポジティブさや推進力を聴かせる内容になっています。葉山進行が基本形で登場するのはAメロのみと頻度は落ちているものの、それが組み込まれることで曲調がガラッと変わっても「陽和らしさ」が保証されています。
注目したいのは、陽和が踏み出した一歩を象徴するコード進行が新しく登場している点です。今回は2種類のコード進行をピックアップして見ていこうと思います。
②葉山進行の発展
まず1つ目は、冒頭に置かれた陽和のソロパートに現れます。
E/G♯ → E/A → B → B♯dim7 → C♯m
これはソロパートの冒頭5つの和音を抜粋したもので、葉山進行の発展形と言えるコード進行になります。下の図1で示したベースラインを見てみると、モチーフAとモチーフBの反行形を組み合わせた形であることが分かります。
『名もなき花』では下行形だった2つのモチーフが今度は共に上行形で使われており、期待を煽るようなワクワクする音づかいに生まれ変わっています。咲希との共依存を暗示する形で登場したモチーフBが反行形になったことで、咲希や純華の存在に背中を押されて新たな挑戦へと踏み出すさまが表現されています。まだソロシンガー期の雰囲気を色濃く残すアコースティックギターが、「最初の一歩」を強く感じさせる演出になっていてとても素敵ですね。
このコード進行が楽曲冒頭のソロパートに使われているのは非常に示唆的です。陽和のソロは観客の興味を引くための戦略であり、芸能活動に慣れない他メンバー2人の緊張を落ち着かせるための配慮でもあります。しかし、コード進行をメタ的に読み込むと、陽和の現状を示す所信表明とも解釈できるのです。
③RISE進行の登場
さて、もう1つの重要なコード進行は、1番終了後の間奏で登場します。
Am → Bm → C → D
こちらの進行の「ラ→シ→ド→レ」と音階を3音上行するベースラインは、モチーフAを連想させます。とはいえ音程は異なっていて、モチーフAが「半音・全音・全音」、こちらが「全音・半音・全音」ですから、厳密には新しい音型が提示された形になります。今後、このベースラインをモチーフCと呼びます。
RISE時代の楽曲には、モチーフCをベースラインに持つコード進行が必ず登場します。モチーフAはメロディーに組み込まれる場合も多いですが、モチーフCは主にベースラインに現れ、形成されるコードを変化させていくという発展方法がとられています。そこで、モチーフC上に形成されるコード進行をRISE進行と呼び、既出の主題と共に変化を追っていくことにします。
葉山進行がそれだけで完結するような印象を与える比較的「閉じた」進行であるのに対して、RISE進行は期待や挑戦、開拓というような「広がり」をイメージさせる響きになっているのが特徴です。
こちらをお聴きください。
最初に流れるのはRISE進行①、次は僕が作った進行で、どちらも同じコードで終わっています。聴き比べてみて、皆さんはどのような印象を抱くでしょうか。
本楽曲はホ長調という「調」(音楽を構築するシステムの1つ)で書かれているんですが、RISE進行①はホ長調の音階(ミ-ファ♯-ソ♯-ラ-シ-ド♯-レ♯)ではなく、ホ短調の音階(ミ-ファ♯-ソ-ラ-シ-ド-レ、正確には自然短音階)の音を使ったコード、いわば「仲間はずれのコード」で構成されています。つまり、この部分はホ長調の秩序から逸脱しかけているため、少し不安定ですが新鮮な響きが印象に残ります(『青空に逢えるよ』Cメロ冒頭の進行にも似たような効果があります)。
逆に2番目の進行はホ長調の音階の音だけを使ったコードで構成されていて、こちらは新鮮さが薄い代わりに安定感を強く覚えます。楽曲の流れの中で聴いたときに「どちらが、よりワクワクするか?」という視点で選ぶと、僕は圧倒的に前者ですね。
こうした「仲間はずれのコード」による秩序からの逸脱は、陽和の「変わりたいという意思」を表していると考えられます。新しい挑戦に付随して去来する期待と不安や、水面下での試行錯誤を暗示しているのが間奏のRISE進行①ではないでしょうか。
④なぜ「仲間はずれのコード」なのか?
それなら、いっそのこと転調してしまえばいいのではないかと考える人もいるかもしれません。実際に『青空に逢えるよ』ではラスサビでの転調がプロデビューという目標の達成を表現していたのに、なぜ本楽曲ではそうしなかったのでしょうか。
この点については、本作の原作者であり作中楽曲の作詞も担当された都築真紀さんの言葉から推測することができます。
本楽曲で新しいスタイルに挑戦し、好評を得た陽和。しかしスタイルの転換に成功したというよりは、「変わりたいという意思」がプラスに働いて結果的にみんなの共感を呼んだという形での成功であり、まだ成長途上というのが都築さんの視点のようです。
こうした視点を反映する手段こそ、「完全に転調しない」というものでした。
A → B → C → D
アウトロの最後で登場するRISE進行の発展形です。前半2つのコードがマイナーからメジャーになったことで、転調するどころかRISE進行①よりもホ長調の秩序内に収まっており、より安定した流れの中でポジティブなエネルギーを感じさせながら楽曲を終えています。『青空に逢えるよ』とは違って本楽曲での挑戦はまだ成功とは言い切れませんから、「仲間はずれのコード」を使って違う調を暗示するだけに留めるというのは納得感の大きい表現と言えるでしょう。
また、RISE進行②で使われているのはホ長調の音階の音 "だけではない" のも重要な点です。新スタイルの確立とまではいかなくても、自分らしさを活かしつつ自分にないものを取り入れようとした陽和の努力が表現されているのです。本楽曲はひとつの通過点ですが、RISE進行②を使った力強い終わり方から、妥協ではなく現時点で出せる最高のものを作ろうとしていたことが伺えます。
一定のコード進行に彩りを加えていくソロシンガー期の楽曲とは異なり、シンプルなコードが持つ素朴でストレートなエネルギーを活かした本楽曲は、新たな門出にピッタリだと改めて感じます。クオリティが低すぎも高すぎもせず、でもしっかり魅力的という絶妙な仕上がりで、本当に陽和たちの成長をリアルタイムで追っているような感覚にさせられます(メタ視点で考えると素晴らしいクオリティですね)。本作のアピールポイントでもある「ライブ感」が強く伝わってくる1曲ではないでしょうか。
3. SUNRISE
①葉山進行の多用と新しい作曲スタイル
本作のEDであり、RISEのイメージソング的な楽曲です。第12話のラストでチラッと映る1stアルバムのタイトルが『SUNRISE』であることから、作中世界でもRISEを象徴する楽曲として扱われていることが見て取れます。
そんな本楽曲では葉山進行が数多く使われており、構造からもイメージソングらしさが感じられます。以下に関係するセクションを列挙してみました。
基本形 : イントロ、サビ2段目(1番とラスサビ)、間奏(1番終了後)、Cメロ
派生形もしくは発展形 : Bメロ、サビ(1, 2番、落ちサビ、ラスサビ)、Cメロ
ほとんどのセクションに葉山進行(もしくはそれに類する進行)が登場しています。同じ進行の濫用は単調さの原因となり得ますが、本楽曲では上手く派生形・発展形を挟みながら展開しているため、逆に統一感を生む要素としてプラスに働いているのです。同じ葉山進行が多用されている楽曲でも『青空に逢えるよ』とはまったく異なる書法になっており、新しいスタイルに適応したことが伺えます。
②音の上行下行を利用した心情表現
主題に関係する重要な表現としては、他に次の2点が挙げられます。
音の上行下行を利用した心情表現
RISE進行を使った伏線回収
順番に見ていきましょう。まずは1点目について。
これまでの3曲で、モチーフが上行形の時はポジティブを、下行形の時はネガティブを表していると解釈しました。本楽曲では、過去の道程を振り返るかのようにモチーフが下行形→上行形と発展し、1曲の中でネガティブ→ポジティブという推移を聴けるのが大きな特徴になっています。
発展素材となるのはイントロで提示される音型です。
この葉山進行が使われているイントロでは、音階を3音上行するベースラインのモチーフAと、2音下行するコーラスが美しい対照を成しています。コーラスの音型はモチーフAの逆行形(基本形を最後の音から逆に奏でた音型)がもとになっており、イントロに続くAメロのメロディーで正式に完全な逆行形が現れます。後で原材料を教えてくれるパターンですね。
イントロで提示された音型は、サビ2段目で次のように変化します(Cメロと考えることもできますが、ここでは2段サビの2段目とします)。
葉山進行はそのままに、メロディーが上行形になっているのが分かります。このメロディーにはモチーフAの逆行形をさらに反行形にした音型が含まれているのですが、ここまでくるとややこしいので、とりあえず下行形が上行形に変化したという点だけ押さえておけばいいでしょう。
これで、ワンコーラスの間に下行形→上行形という発展が行われる構造が見えてきました。ネガティブとまではいかないものの少し儚げなイントロに比べると、サビ2段目はエネルギーも推進力も明らかに段違いであることが分かるかと思います。
Cメロ以降では、ネガティブ→ポジティブの変化が特に連続的に行われています。ここは本楽曲のハイライトと言える部分なのですが、言葉で説明しようとすると野暮な上に分かりにくいので割愛させていただきます。
ぜひメロディーラインの上行下行に注目しながら聴いて、歌詞とのシンクロ具合を感じてみてください。
③RISE進行を使った伏線回収
次は、サビに登場するRISE進行をピックアップして見ていきましょう。
Am7 → Bm → C → D → Em → F♯dim → G
コードが追加されて全体で大きな上行形を作り出しており、リズムも相まって、この部分の歌詞 "信じて 駆け出していくんだ" を音で体現するかのような進行になっています。上向きのエネルギーを強く感じる楽曲ではありますが、オクターブ近く音階を上行するフレーズはさすがにこれだけですね。
ところで、RISE進行③の前半部分は『Rise up Dream』で登場したRISE進行①に酷似しています。
RISE進行①……………Am → Bm → C → D
RISE進行③前半……Am7 → Bm → C → D
もともとRISE進行①は、ホ長調の中でホ短調の音を使っている「仲間はずれの進行」として登場していました。本楽曲はト長調で書かれているのですが、ホ短調とト長調は平行調(ピアノの鍵盤で考えた時に、音階を形成する音が同じ調)という親戚のような関係にあります。つまりRISE進行①と③はト長調の音階の音だけを使ったコード進行でもあるため、本楽曲では仲間はずれになっていないのです。
『Rise up Dream』の章で、別の調の暗示のみで転調しないことは道半ばの表現だと考察しました。だとすると、暗示部分に酷似する進行が調の秩序から逸脱しない形で登場することは、挑戦が結果に結びついた表現であり、本楽曲の完成をもって陽和は作曲スタイルの転換に成功したのだと解釈できそうです。
また、BメロではRISE進行とモチーフBを組み合わせたコード進行が登場しています。この進行は『Rise up Dream』冒頭の葉山進行発展形①と同じ発想でベースラインが発展されており、モチーフCにモチーフBの反行形を組み込んだ形になっています。
Am7 → G/B → C → C♯dim → G/D → C6 → D
図3の赤枠が示す通り、このベースラインは「シ→ド→ド♯→レ」と3回連続する半音の動きが特徴と言えます。これによって、葉山進行発展形①よりもさらに期待感を煽る力強い進行になっており、初ライブの成功を経て芽生えた自信や、新しい活動への前向きな気持ちが感じられます。
バラード主体のSSWからスポーツアイドルユニットへ、もともと志向していたスタイルとはまったく違う形で音楽活動を続けることになった陽和ですが、本楽曲の歌詞にもある "なりたい自分" がソロシンガー期と別物になったわけではありません。表層が違うだけで根底に流れる信念は変わらずに続いているため、スポーツやアイドルにも全力で取り組めているのです。
本楽曲を特徴づけるのが、葉山進行をベースにモチーフが下行形→上行形と変化する構造であることは前述の通りです。しかし、その変化のきっかけとなるエネルギーを生み出しているのは、Bメロやサビに登場するRISE進行だと言えます。「SUNRISE=陽が昇る(陽和が勝ち上がっていく)こと」を思わせるポジティブなエネルギーを持ち、デビュー曲と1stアルバムのリード曲とを繋ぐ橋渡しとして機能している2つのRISE進行もまた、本楽曲の立ち位置を確立する重要な進行ではないでしょうか。
4. まとめ
本記事では、陽和が作曲スタイルを大きく変えるにあたって、水面下で試行錯誤していた様子を暗示するコード進行を中心に考察しました。スタイル転換期の楽曲では、その楽曲の調とは異なる調を暗示する「仲間はずれのコード」を利用して、2曲かけて新スタイルに適応するまでの流れを描いていると解釈できます。
また、過去に登場したコード進行やモチーフを、ポジティブな形で組み合わせたり発展させたりすることによって、陽和の精神面や他者との関係性の変化が描かれています。特に重要なのは、他者からの影響を表すモチーフBの発展です。共依存気味のネガティブな関係性から、互いに刺激を与え合い成長していくポジティブな関係性へと変化したさまを読み取ることができます。
こうして陽和は新しい作曲スタイルの基盤を固めました。しかし彼女の向上心は止まらず、これをさらに発展させようとします。
次回は、陽和がどのようにして曲調のバリエーションを広げていったのか、という点を中心に考察していきます。
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