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ナルキッソスの休日

「あのね、私妊娠したの」

「そう…」

「だから今日はお別れに来たの」

「どうして?」

「小さな私が膝の上に座って、信じられないほど愛らしい笑顔で私に抱きついてくるのよ」

「小さな僕かもしれない」

「やがて私とそっくりに成長し、街を歩くの」

「だから別れなければならない理由は何?」

「小鳥のように歌い、妖精のようにはしゃぐの」

「ご主人には話したの?」

「昨日離婚が成立したわ」

「君の人生は君のものだけど、裕福な夫と別れ、ロックスターの僕を捨てて、ひとりで生きていくつもりなの?」

「おかしな人たちね。彼も同じことを言ってたわ。私と子供の面倒は見るからって」

「僕はずっと神に背を向けて生きて来たけれど、君と生まれてくる子供を守る覚悟はあるよ」

「神を信じているの?」

「もちろんだよ。生きていくのがこれほどまでに苦しいのは神が存在するからだ」

「その神様に愛されず、親兄弟にも見捨てられたみじめなあなたを見つけた時の興奮を忘れられないわ」

「僕はあの紫の煙に淀む地下から這い上がった」

「絶望の暗闇の中であなたの瞳だけが美しく輝いていた」

「ずっと僕を無視してきた群れが、あからさまなつくり笑顔で称賛へと手のひらを返した」

「凡庸は罪ではないわ」

「ついに僕は神を捨てた。小さな、戦う力の無い幼い僕の願いに知らぬ顔をした、神を名乗るペテン師を」

「従順な羊飼いのようね」

「どうして笑うの?」

「いつまでも成長しないあなたたちに、これが最後だから教えてあげる。夫の事業を成功させ、社会的な地位を与えたのは私なのよ。みすぼらしい捨て犬のようなあなたを拾い上げ、ロックスターという成功へのクロスロードへ導いたのも私なのよ」

「成功なんかに興味はないんだ。君のいない世界で生きていたってしょうがない」

「あなたが生きることに関心がないのはよく知っているわ。だけど残念ね。あなたはこの世から消え去ることはできないのよ。最初に言ったでしょ。あなたの遺伝子は私のものなのよ…神への復讐を叫んでいた、あの頃のあなたが好きだった」

「愛してくれてありがとう…」

「こちらこそ贈りものをありがとう。さようなら…」



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