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永遠に忘れない一瞬を夢みて

テミンの日本ソロコンサートツアーTAEMIN ARENA TOUR 2019 X™が終わった。6月から8月まで、始まる前は長いと思ったツアーも終わってしまえばあっというまだ。この夏、わたしは大阪から広島、福岡、東京まで行ける公演は迷わずぜんぶ行くことにした。思い出は多いほうがいい。

X™ツアーは演出、構成、衣装、ダンサー、細部にいたるまですべてが完ぺきだった。テミンの感性をぎゅっと閉じこめたSIRIUSツアーから、こんどは重い扉をいっきに開き、観客の手をとり、広く風通しのよい場所へ導いてくれるような開放的で心地いいステージだ。あんなに濃密で美しいSIRIUSツアーをやりきったあと、一年足らずでここまで素晴らしいステージをつくりあげてしまうテミンに、おどろきを超えて畏怖の気持ちさえ生まれてくる。彼の見ている世界はいったいどんな景色なのだろう。

彼がいかに成熟したアーティストであるかを知ったのは、X™福岡公演初日のことだ。
その日のテミンは登場の瞬間からどこか調子が悪そうだった。おさえ気味のダンスに高音の出しづらそうな声、からだの一部をかばうような動きに、なんとなく不安なきもちでステージを見ていた。
猛暑の東京ドームで三日間たて続けに行われたSMTOWN LIVEのあと、一日も休まず立ったソロコンサートのステージ。気の毒に感じるほどのハードスケジュールに、強じんな体力をもつテミンでもあたりまえに疲れていたにちがいない。
それでも彼のパフォーマンスはとても素晴らしかった。なんども公演を見ているファン以外、はじめて見る人ならきっと何も気がつかないくらいに。
一曲のなかでも影響の出ない部分をゆるく流してみたり、一方で印象的なパートを強調させたり、その冷静で柔軟な対応力には目を見張るほどだった。
おどろいたのは、疲れの出る後半にボルテージを上げてきたことだ。
Drip DropからHOLY WATERまで、ひとつずつギアをあげ、パワフルかつ繊細に歌い踊りきる様子は圧巻だった。そして、アンコールがあけて一曲目、ツアー初披露となる新曲FAMOUSのステージを機に、それまでためていたエネルギーをすべて放つように爆発させた。
そこからは怒涛だ。前半の疲労感がうそのように、息もつかせぬ猛烈なパワーで最後まで走りきってしまった。あとにもさきにも、あんなカタルシスを感じるエンディングはなかったと思う。
わたしはあまりに現実感のないステージを目の当たりにして、もしかしてこれはぜんぶ夢なのではと狐につままれたような気持ちで、ふわふわと会場を後にした。完全にテミンに圧倒されていた。

あの日テミンが見せてくれたのは、どんなときでもプロであることの正しさだ。万全でない体調のなかで二時間半のステージを組み立て、いちばんの見せ場である新曲を最高の状態で見せるために、数えきれないほど多くの調整と細やかなシュミレーションを重ねたのだと思うと、その誠実なプロ意識にただ感服するしかない。

ふしぎなことだけれど、テミンのステージを見ていてふと、思い浮かぶ光景があった。だれもいない静かな会場でたったひとり歌い踊るテミンの姿だ。厳かな空気をまといながら、彼はひとり一心に歌い踊っている。まるでなにかに祈りを捧げるように深く、こころをこめて。
もちろんこれはただの幻想でわたしの勝手な妄想だ。プロのアーティストが練習以外、観客のいない会場でパフォーマンスをすることなど当然ないはずだ。それでもなぜかステージのテミンを見ていると、この人は観客がだれひとりいなくても、全身全霊で歌い、踊るのではないかと信じたくなる。彼がステージに立つことにはファンを喜ばせるためだけではない、なにかもっと大きな理由があるような気がしてならないのだ。

テミンのステージがときに神聖に感じるのは、彼の強い芸術性とその美しさによるものだと思う。テミンの美しさを説明するのはとても難しいけれど、ことばにするならそれは、根源的な美しさだ。まばゆい太陽や木の葉をゆらす風、たえず流れる清らかな水とおなじ、人の根幹の部分で感じる原始的な美しさに近い。そして、その美しさは人が生きることのよろこびや希望をおおらかに包みこんでいる。
ステージの上でこうこうと輝くテミンの美しさは生命感そのもだ。わたしはあらゆる絶望や矛盾をのみこんで力強く前に進もうとする彼の生命感に、また、瞬間瞬間を真剣に生きようとするその美しさに、惹かれ続けている。

「今、いっしょにおどって、うたって、たのしんでいますか?」
テミンが書いたX™ツアーの銀テープの言葉をなんどもたしかめるように読んでみる。

一瞬一瞬に、わたしは自分をぶつけて生きているだろうか。絶対にとどめておくことのできないこの瞬間を、大切に過ごしているだろうか。ちゃんと愛せているだろうか、かけがえのない今を生きる自分のことを。

はっと思い出すように、SIRIUSツアーの銀テープをひっぱり出した。
一文字一文字、丁寧に書かれた言葉が、明るいテミンの声で聞こえてくる。

「これを手にとったこのしゅんかんをわすれないで!またね」



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