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スマホに変えられない

もしかしたら、この世でスマホを持たない若者は自分だけなのではないかと思うときがある。家族も友だちも仕事で出会う人もみんなスマホだ。事実、ガラケーを使っている同年代をわたし以外にひとりも知らない。

「なぜ、スマホにしないの?」

めずらしそうに聞かれるたび、わたしは「なんとなく、この電話のデザインがかわいくて…。」と、うやむやに笑って返しているけれど、たぶん誰も腑に落ちていない。あいまいに答えているせいか、考えていることがよくわからないという表情で、目の前に透明な壁をさっと立てられてしまう。
流行に関心のないちょっと変わった人、他から見たわたしはきっとこうだ。

ほんとうはちがうのに。わたしだって友だちとかわいいスタンプを送りあいたいし、インスタグラムもやってみたい。ただ、スマホに変えることのできないたったひとつの理由をだれにも言わないだけだ。

わたしの携帯電話にはだいじな、だいじなSHINeeの声が入っています。

SHINeeの声、とは、2012年にSHINeeの日本のファンクラブから日替わりで配信されたメンバーの着ボイスのことだ。きょうは誰の声が届くだろうと、わくわくしながら毎日待っていたことをいまもよく覚えている。どのフレーズもメンバーそれぞれの個性がにじみでていて、聞くだけで笑顔になれる魔法のようなプレゼントだった。対応できるのはガラケーだけ、スマホでは再生することのできない時代おくれのそれが、いまもわたしの可愛くてしあわせな宝物だ。

「僕たちは輝くSHINeeです!(全員)」
「メールだよ〜!ちゃんとチェックしてね。(オニュ)」
「電話です、電話ですよ。(ジョンヒョン)」
「電話がなってるよ〜。だれかな〜。(キー)」
「SHINeeからのおしらせです。(ミノ)」
「時間だよ、準備してね。(テミン)」

わたしは毎日、彼らの声とともに生活している。
朝のアラームはテミンの声、メールの着信はオニュの声で、電話がなるときはキーの声だ。
目覚めのいい朝、テミンに「時間だよ、準備してね。」と言われれば、にこにこ支度するし、不機嫌な朝なら、目を閉じたままメッセージの途中で容赦なくアラームを切ることもある。
うっかりマナーモードにし忘れた日の、電車内に響きわたる「メールだよ〜!」の澄みきったオニュの美声はたいてい周囲をおどろかせるし、わたしは平静を装いつつ「オニュごめん、静かに…!」と必死に呼びかける気持ちで電源ボタンを押している。
スーパーのレジでキーくんから「電話がなってるよ〜。」と来たときは思わずひゃっとおどろいて、支払っていた小銭を床にばらまいてしまった。店員さんにお金を拾うのを手伝ってもらうあいだも、わたしのポケットからはキーくんが元気いっぱいに電話の着信を知らせ続けている。可愛らしく、ちょっとイタズラな声で「電話がなってるよ〜。だれかな〜。」と、くりかえし、くりかえし。
日曜日の朝に設定している「僕たちは輝くSHINeeです!」のアラームはなぜかミノの声だけひときわ大きく、5人のはずがほぼミノひとりのあいさつになっている。これが何回聞いてもおもしろくて、起きぬけからつい笑ってしまう。

そして、ほんとうに時々、素っ気なくてやさしいジョンヒョンの「電話です、電話ですよ。」の声をだれもいない場所でそっと再生する。

声のちからは偉大だ。落ち込んだときは家族の声が聞きたくなるし、なつかしい友の声をふと聞きたくなる日もある。励まされて、癒されて、また明日もがんばろうと思わせる、不思議なちからを好きな人の声は持っている。

小さなガラパゴス携帯電話を握りしめて、平成の終わりをかけぬけてゆく。
わたしには大好きな彼らの声が必要だ。やっぱりスマホに変えられない。




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