茫々

こんな夢を見た。特に第何夜とあるわけじゃないけど。
それは窮屈な空間だった。地下のような気がする。息が詰まるほど、空気が薄いのに、張り詰めた冷たさが、息が胸に白く凍りつくような冷感を暴力的にぶつけてくる。何も優しくない、SFの古代遺跡のようなところだ。
僕はそこでなにやら強いユニットだった。何も疑問を思うこともなく、自分の力を違和感なく使えるヒーローキャラだ。
そして、僕は戦っていた。よくわからない、ぶよぶよなのか、カクカクなのか、モザイクなのか、生体兵器と思わせるような、心に植え付けられた道徳を冒涜する怪物だ。夢に出てくる怪物はだいたい、名状しがたい。都合のいい怪物だ。
まるで何かのイベントのように、僕は戦い、勝って、なにか学生団のような物を救ったらしい。息絶え絶えに、皆が集まる小さな体育館のような空間に案内されて讃えられた。
とりあえず、何かが無事で良かった。安堵が去来らし、後に妙な静かさが残った。
息を吐いた。吸った。聞き取れない言葉がモザイク掛かって耳にごわついた。そして、眼の前のおえらいさんのような誰かが、少しだけ顔を歪めて、僕の後ろを見た。僕も後ろを振り返った。ベッドと車いすの中間のような、背もたれがのっぺりと斜めに転がる板ッペらの上に、四肢のない窶れた人間が、浅く生きている。父さんだった。父さんのような気がする。僕は多分、父さんと認識していた。
なんだかよくわからないけど、愕然とした。細い。小さい。死にかけだ。多分、見ていないと、よそ見をして、くしゃみを数回こぼした隙に死んでそうだ。
経緯は分からないが、僕は飲み込んで、何か言葉をこぼした。それは、僕にとっては、姑息な言葉として、適当に繕ったものだったが、皮肉に捉えられたようで、おえらいさんの顔は、痛そうにしょぼくれていた。
僕は、父さんを運んだ人と変わって、建物の外へ出た。多分空も見えない岩盤の空を眺めて、現実の星を思い出して貼り付ける。どうしてだろう、なぜだろう、これは、僕が、原因だろうか。
目が覚めた。
あれは父さんだったんだろうか。つい最近死んだ、仲の良かった、老人かもしれない。患う前は、張りのあるお腹を突き出して、たばこに酒を浴びせて、映画と言葉を嗜む文化人だったが、体の一部を切除してから、ずいぶんとしぼんで細くなって、ふらついて、疲れていて、寝ぼけた感じになっていた。
彼が死んだであろう、時のいくらか前に、たまたま電話をかけた。お金を貸してほしいと言われたから、お金を振り込んで、その後の返事がなかったから、ちゃんと振り込まれているか確認するために電話をした。ほんのちょっとの時間、1分前後。ちょっと用事の合間の時間だから、振り込まれたことを確認するだけの、本当の事務的な電話。またどっかで、ちゃんと話せばいいやと思って、お金が振り込まれたことを確認できたら、直ぐに切ってしまった。起きたばかりのような、ぼやけた声だった。
その後、僕の父さんに、何かしらのメールを出していたらしい。あと、チャットで、二週間後くらいにでも、会おうかと、約束を僕はした。父さんあてのメールと、僕とのチャットとの時系列順はよく知らない。そして、更にその後に、多分彼は、お風呂に入ろうとしたらしい。そして、彼は死んだらしい。
よく、わからないけど、彼は死んだらしい。
まだ夏の暑い中、溢れるお湯に腐敗して、葬儀の時顔を見ることができなかった。年の割に骨が灰にならず、一番大きい骨壷でも、押し込まないと全部入らないと、葬儀屋のおじさんが言っていた。多分彼が骨になって、ツボに入って行く。あれは彼だったのだろうか。多分彼なんだろう。わかっちゃいるけど。顔、みてないし。
後々届いた、彼の親族からの手紙には、検死によると、不整脈か何かで死んだらしい。ふと、あの時僕が電話したのが、原因で、変に起こして、ぼやけた頭でアレコレしようとして、死んだのではないかと思う時がある。死んだ時、苦しんでなけりゃいいけど、死人に口なし、わかるわけもなく。
彼が住んでいた場所も全部売っぱらわれていて、今では誰かが住んでいるらしい。自転車なり、電車なり、泊まったこともある彼の家にいくことはもうないのか。
頭のいい人だったから、劣等感を感じてムカつくことも多かったけど、死なれると、寂しいものだ。初めて、誰かが死んで、泣いた気がする。今までも、映画とか、漫画とか、小説とか、他、現実の何かしらで泣くことはあったけど。
改めて、泣けてくると、すごく不思議だ。どうして、涙が出るんだろう、鼻水が出るんだろう、息が浅くなって、痙攣のようにビクついて、うまく喋れなくなるんだろう、グーグルで調べたら出てくるんだろうか、探してみよう。
さてはて、夢の中に出た四肢がもがれて窶れたあの人は誰だったんだろう。今となっては、最近死んだ彼だった気が、しないでもない。なんというか、しこりの残った夢だった。夢と対話ができるなら、頭の中の整理であれこれツギハギするのはいいけど、もうちょっと慮ってくれよ、と苦言を呈したい。
ああ、そうだ、父さんの歳、死んだ彼と遠からずだった。


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