白川千雨人

日々から こぼれ落ちる 色を 手のひらに 見つめ 言葉にして 栞してゆく 〈詩・散文〉

白川千雨人

日々から こぼれ落ちる 色を 手のひらに 見つめ 言葉にして 栞してゆく 〈詩・散文〉

マガジン

  • 光の方へ行ってください

    自死してしまった父との思い出を綴る

最近の記事

水底の牡蠣に眠る父

お父さんは、生牡蠣が好きでした。 夏休みに家族で海に行きますと、一人で大きな生牡蠣を2つ3つと平らげるのでした。 私は、あれは、美味しいのだろうか、あれは私は食べてはいけないのだろうか、などと考えながら、それを見ていました。 大人になって、居酒屋にいって、それよりも大きな生牡蠣を食べました。美味い美味いと思うと同時に、父よりも大きな生牡蠣を食べてしまって申し訳ない気持ちにもなりました。 このでかい生牡蠣を、父に食べてほしいな、どんな顔をするだろうと思ったりしました。

    • 光の方へ行ってください

      父は、7年前に自死した。 とある説によると、父はまだ成仏できていないらしい。 父は、意識もなく、いわゆる地縛霊というやつになって、この地上を彷徨っているのだろうか。 私は、父が死んで、うまく悲しめなかった。 私は、父を助けられなかったから、父の死について、深く考えてしまったら、自分を責めるのではないかと思った。のだと思う。 ほとんど、何も考えなかった。 父は、孤独に彷徨っている、のだ、きっと。 それは、私の責任でもある。 父に会えなくなってしまって悲しい。

      • 築山へ去りし君

        雨音のポワレ 懐かしのあの日 フレイバー添え 築山モンブランの 5℃の手すりに マーガレットの手首支えさせて 君は鳩の目つきで 下界見下ろしてた 僕たちは地べただけ 水平世界の広さだけを 広いね なんて言って 鈍く15℃に光るガラス 拾い集めてた そのうちに 校舎凌駕しちまう 巨石がやってきて 僕たちを阻んで ハンカチにのせて 声やらなにやら 届けられる距離だった あの子は パステルに霞んで 汽笛鳴って影だけ見えた 僕たちといえば

        • スノウ・ポリフォニー

          鈍色の海面を 叩き起こす すべてを飲み込む 大きな雨粒が 絶えることなく 接し はね 踊り 吸い込まれる 聖なる獣の いななきの遠鳴りとともに 白い紗が天空から 暗灰の虚を染めはじめる リ リリリ リリリリ リ 果てまでを埋め尽くす 灰白の直線体が 雨音を滅していく 刻々と冷えあがる大気が 瑞々しかった白繊維を 柔らかくまとめあげていく 風がもてあそび始めて 水面は近いようで遠い 透き通っていく たゆたう上澄みが 淡雪を迎え続ける 風が止んで 綿雪が 視界を消していく

        水底の牡蠣に眠る父

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        • 光の方へ行ってください
          2本

        記事

          終始点

          白樺の白は滑らかに 旋回しながら高みへと 吸い込まれてゆく 天と地は 幾千の白樺に接合されて ひとつの劇場を構築する 地表には 白樺から流されたかのように 血が 数えることもできぬ赤の橙の 落葉が埋めている 風がどこからか連れてきたそれは ここが終わりの吹き溜まりであると教える 白樺たちは 赤い血を 絶え間なく絶え間なく 飲み込んで またせっせと白い肌に磨きをかけるのです 吹き溜まりは秘めているのです み霊を生み出す場所 さいはての結び目 今日も降り積もり 今日も白く 全てが

          あす

          育ちはじめた ミのシャープ 高空に投げ上げて 澄んだ空気まとわせて 冥王星でもらった首飾り 忘れ去って あの羽虫が十回羽ばたくまで 映画を見ていようと思う 透明な郵便配達夫が 届けてくれた落ち葉に包まれて ラが眠っている 遠くにある ブルーゼリーみたいな 川に行って ミのシャープ 響かせる笹舟にのせて 送り出してみる 冷たい雨が 沈めてしまうとしても 音粒は川底で さらさらと 淡い光を出して 魚たちを 石たちを てらしていく   (詩/写真:白川 山雨人)

          夜陰

          一夜のせん妄滲む 憂鬱のまなこに 淡いウイスキーかざし 黒色の雲を見た 新鮮な生クリーム 落葉に重ねて 冷めた庭に置いても 季節は巡らない 紅い空肺胞みたし 哀惜のはびこり 黒青が周りに溶けて 終の刻のおもざし 夜陰深くなって 浮かび上がるこころこころ (詩/写真:白川 山雨人)

          白青光

          さくらあめ 血混ざる幾千のびいどろ 両手に抱え 立ち尽くし 見つめる先に 糸雪 音隠しはじめ じきに 濃密に満ちるしじま 心身を 描画してゆく きりなく 積もる雪 しずかな肌理の あらゆるかげすきまから 薄青白い光もれ 空が破けるのだと思う かまくらの中 天井を削るほどに 青が漏れ出す仕組みに 空が近いのだと考えた あのときと同じ 青白き光 たぐり つなぐのか かえりたいのか 深き青が 遠き青が 水の香り 冴える光  白青光が揺らいで その余白から ミントグリーンの

          海へ行こうか

          真っ暗闇のはずなのに 波打ち際というやつだけが 薄ぼんやりと発光して 波面と砂浜を幾らか 照らしている 同じクラスのペチカとグローリーが 見えぬ先を 何を思うか ぎらぎらと見つめているのだ おれはあいつらを すごく遠くから 眺めているんだと思った 時間を無理矢理 ひきずっていく音がする 色んなものがちぎれてく そういうもんだ あいつらを ひとつ記録しておこうと 思う 目を閉じる あいつら真っ白に 光って 突き抜けてくのが 見えた (詩/写真:白川 山雨人)

          海へ行こうか

          セパレート・レッスン

          キンとした虹ほどの 一輪挿しが奏でるメロディ ははに浮かぶ一片の怪訝 過ぎ去る白鷺の足の揺れ 姿見えぬ航空機の漠然 少女の冬空への呼気 ボーイソプラノの時 せせらぎの清冽が滲む くすみはじめた花弁 打ち破られる願望夢 届かなかったベリー 亀裂が入った消しゴム 渡れなかった信号 夏、花火の繰り返す閃光 切離の兆し 密やかに なぞってゆく

          セパレート・レッスン

          草海

          一面にうねる麦草の原 息の長い風が表を 均質に走り抜けようとする すずの音が聞こえる 穂先の砂粒ほどの実たちが 連なりぶつかりくるくると踊る 黄金色から白金へとかわる 押し寄せる波 くり返し続ける波 追いかける無数の波 転じる波 小さな驚き 折り返す波 はしゃいだ声 揺れる波 跳ね上がる波 陽が落ち始める 遊び疲れた 草の穂たちは 額に雫光らせて わずかばかりくったりとして のびてくる影のものたちを のびてゆく我が影を 身を寄せ合い しんみりと見つめ

          色栞二枚目 「血混ざる涙」

          広いグラウンドはより一層その広さを際立たせてそれは広漠といってもよいほどだった。 全面に均等にあるいは不均等に散在する淡いピンクをまとった桜の花びらのせいだ。 ただ広いだけのグラウンドが無数のそれらによって、寄る辺のない果てのなさを生み出している。 その花びらは、若い人たちの散った思いのようにも見えた。日々の鍛錬の集大成の場が消えてしまったことで、血さえ混じってみえる、切ない涙がたくさんたくさん。 中学の三年間、高校の三年間、運動競技や、文芸、音楽活動に打ち込んだ彼ら

          色栞二枚目 「血混ざる涙」

          海底遺跡とロン  詩・散文

          溶けてゆく雪の塊に 沈みゆく大地を重ねて 慎重に足の裏をのせる 間もなくここも沈むのだ 静かな濃紺に埋まる 海底遺跡の一隅となるのだ 我が家の窓 ロンの小屋 歪んだポスト 相棒であった一本のコブシは じきに枯れてしまうだろうか 共に沈むのだ 足の裏にはもう ぐったりした 最後の陸地が 笑ってこちらを 見て また 笑ったもので あまりにつらく 私は ロンの元へ 走った

          海底遺跡とロン  詩・散文

          歩道イーストの恋  詩・散文

          ガラスに映りこんだ 反対側の植え込みは 純朴な影 叶わない想い 抱えながら 風に身をゆだねるだけ いつだって重ならない 思いの丈抱きながら 来る日も来る日も 憧憬を映してる よく晴れた日は ずっと近づけたようで 胸躍らせていつもより震える あまりに曇り 淡すぎる影の日は つらく小さく風が冷たくて けして縮まらぬ 等距離を包んで 馳せる影が 今日も揺れている すましたガラスに ささやかな華 添えている ウエスト・サイドの端麗は 今日もけっして揺らがない 博愛的にす

          歩道イーストの恋  詩・散文

          薄桃の絨毯に乗って 詩・散文

          桜降りしきる 目を閉じずとも 懐かしい影が 重なっていく 舞い落ちる花びら ふわり巻き戻って 硬く澄んだ チャイム 射しこんでくる 窓ガラス 溶かしそうな 細くとがった光 君の 声色 耳元で 聞こえてしまう 足音と喧騒に 誘われて つるつるの 机に いつものように ほおづえついて 鼻をくすぐる 若い人々の 雰囲気 風になでられて 空 風 空 ゆるむまなじり 花びら揺れて 落ちる間の 遥かな旅

          薄桃の絨毯に乗って 詩・散文