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さらけ出された真相と、赤く引き裂かれた現実は。【交流創作企画#ガーデン・ドール】


Attention
・流血などゴア表現

交流創作企画【ガーデン・ドール】において、最重要ストーリーの要素を含みます。



これを知る話。やばそうだったら回れ右。







しんどいよ。





B.M.1424、6月20日。

ククツミとシャロンの決闘が終わり、ふたりとロベルトは飼育委員の朝の仕事を済ませた。

コッペところもちを飼育小屋で休ませて、残りの午前中をどう使おうかとロベルトは頭を悩ませる。

「シャロン先輩、手伝っていただきありがとうございました」

「いや、急に押しかけちゃったのはボクの方だからね」

ロベルトとシャロンが労いの言葉をかけあっている間も、ククツミは肩の上のバンクと共に決闘の報告書をじっと見つめていた。

「ククツミちゃん、その……願いを叶えるのは、6月中ならいつでも……」

「…………いいえ。……今から、行きたいです。けれ、ど……その……」

ククツミは決意を口にするも、目を泳がせる。
いま進まなければ、自分の足は止まってしまうだろう。
けれど1人で進むにはあまりにも、その先は暗闇に覆われていた。

「……ククツミ先輩、その事についてなのですけれど……私もご一緒してもよろしいでしょうか?」

「ロベルトさん、も……?」

ロベルトは仮面の向こうで決意したような眼差しを、そして愛しむような優しい瞳をククツミに向ける。

「選ぶのはククツミ先輩だと、薄情なことを言ったのは私ですから。……先輩が選ぶのであれば、それを見届けたいです」

「……ふふ、ありがとうございます。……それ、でしたら……他の方にも……声をかけてきてもよろしいですか……?」

「えぇ、もちろん。ね、シャロン先輩」

「……うん、大丈夫だよ。ボクも……きっと他の子も、気にしてるだろうからね」

《あの日》に何があったのか。
それはおそらく、ククツミと×××の関係性を知るドールは誰しも気になることであろう。
×××の廃棄処分を聞いてククツミのことを思い浮かべたドールたちにとって、《あの日》の真実は知りたいものであり……そして、知ることが怖いことでもあった。

「では、その……神殿……藁小屋の方で集合、ということにいたしましょうか……?」

ククツミはそう言ってふたりと分かれ、寮へと足を進める。
その背中を見送ったシャロンとロベルトは先に神殿のサングリアルへ向かった。

「……その、ロベルトくん。…………とても苦しいものだと、思うんだ。それでも、大丈夫かい?」

「ククツミ先輩の前でああ言った手前、もう引き下がれませんよ。けれど、そういうことであるということは念頭に入れておきますね。ありがとうございます」

「……そっか、うん」

道中、ふと。
グロウ先生も居たら、一緒に見てくれたのだろうと、夢想するロベルトだった。




神殿といってもそれは、願いを叶える『かみさま』であるアルスが最初に学園のそばに立てた藁小屋である。
その後ロベルト率いる有志により立派な神殿も建てられアルスは移住したが、藁小屋はそのまま残されていた。

そして『アルストロメリア』討伐後、この藁小屋に置かれた物がある。

PfU-サングリアルS
「決闘の記録を投入することで勝者の願いを叶えたり叶えなかったりする巨大な箱の形をした制御下にある異常
決して壊れることはない」

通称サングリアルと呼ばれる物体に決闘の報告書を入れ込むと、下の取り出し口のような場所から液体の入った容器が出てくる。
それを飲めば願いが叶ったり叶わなかったりするらしい、とククツミは以前シャロンがいちごを願った時に同行して知っていた。


「……お待たせしました」

藁小屋は狭いため、外で待っていようと決めたシャロンとロベルト。
ほどなくしてククツミと、他のドールも合流する。

ククツミが声をかけたのはレオ、ヤクノジ、リラ、そしてカガリであった。
レオは言わずもがな、ヤクノジとリラもククツミからの提案を全て聞く前に同席を願った。
彼らは《あの日》に何があったかを見届けた上でククツミを支えられることができれば、という一心であった。

しかしシャロンが驚いたのはカガリも参加していることである。バンクがじとっとした目でカガリを見ているのも、きっとシャロンと同じような感情を持っているからであろう。

「カガリちゃん、も?」

一度はククツミの部屋に突撃し、そして興味を無くしたように部屋を出たカガリの様子をシャロンとバンクはその目で見ていたのだった。

「ん?しゃろしゃろどうかした?」

「あ、いや、な、なんでもないよ!?」

「……ふふ。私からカガリさんにお願いしたんです。何はともあれ、私と一緒に知ろうと思ってくださったことは変わりありませんので。……その、あの日すぐには、難しかったのですけれどね……」

「いやぁ、あのあとすっかり忘れてたんだけどね〜!でも見せて貰えるんならそりゃ見たいじゃん?」

カガリのストレートな言葉に、レオはため息をつく。

「……変なことしたら殴るからな」

「え、れおれお何?ヤキモチ?」

「……まぁまぁ、まずは願いが叶えられるかどうかも分からないみたいだからね。気軽に考えてもいいんじゃないかな」

そう言って一触即発な5期生のふたりを宥めるのは、4期生のヤクノジである。

「この前のシャロンさんのいちごは『たくさん欲しい』と願ったからあの量だったのでしょうかね……?」

「パーティができるくらいのいちご、って願ったらああなったね……」

リラは寮のキッチンに運ばれてくる大量のいちごを捌いていたため実際に見たわけではないが、サングリアルの取り出し口のから7000を超えるいちごがとめどなく飛び出してくる状況はシャロンやククツミの脳裏に甘い香りと共にこびりついている。
もちろんいちごは甘く、とても美味しいものであった。

「……願い方にもよる、とは思いますが……皆さんでその時の様子が見られるように計らって叶えてもらえたら嬉しいですね……」

「そうですね……とりあえず、中に入りましょうか」

ロベルトの懸念にククツミは願う内容をいま一度考えながら、全員を藁小屋の中へと促す。
狭いながらも全員が入れたことを確認し、ククツミはサングリアルの前に立った。

そしてその場の全員が預かり知らぬことではあったが、藁小屋の外で誰かの手帳に貼られた映写シールを眺めながら、鑑賞会が終わるまで待つ人影がひとつ。


「……それでは、入れますね……」

藁小屋に置かれている巨大な箱、PfU-サングリアルSにキミは報告書を投入した。
巨大な箱からガコンと音が鳴る。
キミの目の前に中身が見えない容器が出てくる。中身は液体のようだ。

これを飲めば、願いが叶うか叶わないか分かるだろう。

「《あの日》のことを……3月25日に、私と×××さんに、なにがあったのか。……それを、ここにいる全員に見せてください。……教えてください、なにがあったのか」

飲んでみるとそれはとても不味い。

キミがそれを飲み終わると、センセーのタブレット端末が1台どこからともなく現れる。
真っ黒な画面になってから映像が映り出す。

願いは叶った。

「……ま……」

「……ククツミちゃん、ジュースいるかい……?」

あまりの不味さを一度経験していたシャロンは、事前に用意していたレモンイエローをククツミに差し出す。
謎の液体を一気に飲み干して涙目のククツミが口直しにジュースを少し飲んだところで、どこからともなく先生の端末が目の前に現れた。

「センセー……?」

レオが咄嗟にククツミを庇うが、校則違反の通達をするような素ぶりはない。
もしくはプロテクトがかかる内容なのかとシャロンが身構えたが、以前シャロンが聞いた口調で話し出したりもしない。

センセーの端末は宙を浮きながら横倒しになり、こちらに黒い画面を見せる。
それが寮の廊下で、とある部屋のドアの前に立つククツミを映した時。
そしてククツミがそのドアをノックする様子が映像として音声付きで流れ始めた時、その場にいる全員が理解した。


これが、《あの日》の映像記録だということに。


ククツミは2色のマフラーを手にドアをノックし、×××の部屋に招き入れられた。
そしてマフラーを見せながら、ククツミ自身の心境を吐露する様子が端末上で流れる。

ククツミはそれを見て、まず安堵の表情を浮かべた。
前日、会いに行こうと決めて眠りについたが、その後自分が怖気付いて会いに行けなかったのではないか、マフラーを渡せずに捨ててしまったのではないか、というところからククツミの懸念事項であったからだ。

自分は、ちゃんと会いに行けたのだと。
ちゃんと、言えたのだと。
それだけでも、ククツミにとって今回の願いで知れて良かったと思えたことであった。

「……ですから、どうかお願いです。わたしの残滓ではなく、わたくしを見てくださるのであれば、この2色のマフラーを受け取っていただけませんか」

「…………貴方と幸せを過ごしていた『ククツミさん』は、もう居ません。それを伝えるために、ここに来ました」

それは、なんと残酷な言葉であろうか。
もちろんククツミはこの提案を受け入れてもらえるとは思っていなかった。
わたくしを拒絶するのであれば、それでも良かった。

それで良かった。

愛していると伝えられただけで、良かった。

少しだけククツミは目を瞑る。
安堵していたククツミは、隣に居たレオが複雑な表情を浮かべていたことには気づかない。

けれどその後の×××の返事によって、ククツミの目は開かれる。

「人格が変わろうと、容姿が変わろうと、ククツミはククツミです。あなたの記憶が、感情が、残っている限り、どれだけあなたが変わろうと私はあなたを愛します」

「どちらも大切にします。どちらも、私の愛おしいククツミが編んでくれたものですから」

その回答は。
×××の回答は。

わたくしを見たものではなかった。

わたくしを通してわたしを見ているものでもなかった。

それは、『ククツミ』というモノだから愛する、という回答であった。

「×××さんは……中身は関係なく、ククツミを愛してくださるのですね」

「……中身が、『中身を見てほしい』と言っても……ククツミを見て、愛すのですね」

映像の中のククツミが、笑いながら言葉を続ける。

「……そうですね。私(わたくし)は失恋したのでしょう。私(わたくし)を見てほしいの回答が……『あなたククツミだから愛します』なのですから」

ククツミは思わずレオの手を握った。
自分は失恋をしたのだと自身で理解すると同時に、映像の中のククツミの口からも理解させられる。

×××は、人格が変わろうともククツミを愛していると、他者の前で散々豪語してきた。

けれどそれが『愛する相手がククツミであれば中身はなんだっていい』と言い換えられるものであったと、誰が気づくのだろう。

こんなことが事実なのかと、その場にいた誰もが目を見開く。
恋路を応援していた者、逆に応援された者、支えられた者、一歩を踏み出せた者、託せると思って手を放した者。

他のドールにも影響を与えた『ひとつの恋仲』が別つ瞬間は、あまりにも呆気なかった。

最大限の謝罪と最大限の感謝を伝え、映像の中のククツミは部屋を後にしようとドアに足を向ける。


それでもククツミは、安堵していた。
失恋したことを知れて、良かったと思っていた。

本当に。
それで良かったと言うのに。


全員の目に映り込んだのは、ククツミの背中に深々と突き刺さるナイフであった。

「……え」

ククツミからこぼれた声は、端末から流れる自身の悲鳴にかき消される。
見るな、と言いかけたレオの声も届かない。
ひっ、と声の上がったリラをヤクノジは支えるように抱き寄せる。
誰もが目を逸らさずに、けれどそこから始まる凄惨な赤に目を疑い、そして唇を噛む。

「違いませんよね。あなたはククツミです。私が見間違えるはずがありません。あなたはククツミですよね」

「私が愛しているのはククツミです。目の前のあなたを含めたククツミを愛していますし、識っています」

狂気だと言えるような声で、×××は『ククツミ』に愛の言葉を囁く。

けれどやはりわたくしは『ククツミ』の中にあるひとつとしてしか見られていない。

しかし×××はそれが正常で当たり前だというように言葉を続け、その上で。

立ちあがろうとしたククツミを横になぎ倒し、左の足首を横から全体重をかけて踏み込む。

バキリ、という鈍い音が全員の耳にこだました。

左足。

それは、わたくしが初めてわたしと違う趣味として見つけたアイススケートの軸足である。

それを×××は知らなかったであろう。
けれどそれはわたくしの否定と同義だった。

映像を見ていただけであってもククツミは左足の感覚がなくなったように思え、その場でふらついてしまう。
咄嗟に隣のシャロンが支え、ククツミの手から滑り落ちたレモンイエローをレオが掴んでから床に置いた。

バンクはククツミの負担とならないよう肩から飛び退き、シャロンのフードに潜り込む。
シャロンとレオはこの時だけ、自身の爪が食い込むまで握っていた拳を解いた。

リラがショックで口元を隠し、ヤクノジが唇を引き締めようとも、ロベルトが痛みに苦しんで喉元を押さえつけようとも、映像は止まらない。

映像の中で×××は着実に、ククツミの親友であるシャロンに対する嫌悪、憎悪、妬みや僻みを振り撒きながら、ククツミに傷を作っていく。

身体に。

心に。

惨たらしい痛みを与え続けていく。

背中に。足に。肩に。腕に。首に。

心に。心に。心に。

傷をつけていく。

『ククツミ』であるという理想を、ククツミに植え付けるように。

×××が愛するべき『ククツミ』を選ぶように。

けれどククツミは、その理想を否定した。

「……ふふ。もう、わたくしのことは見ていないのですね」

「いいえ。見てます。あなたはククツミさんです。あなたも自身をククツミだと認識しているでしょう。ですから、どうか私の隣に居てくれませんか。私に愛させてくれませんか」

「……わたくしは、ククツミです。……その上で、貴方からの愛は受け取れません。ごめんなさい」

「言い方を変えましょうか。私に愛されてくれませんか」

「……っ、ぅ……。……いいえ」

映像の中で×××が躊躇なくナイフをククツミの胸元に突き立てる。
そのナイフでコアの近くを、ただの混ぜ物のようにぐじゃぐじゃと掻き回す。

それは痛みでククツミを屈服させるためのものだとしても、あまりにも戸惑いなく、あまりにも猟奇的であり、あまりにも享楽的であった。

まるで、それが娯楽のように。
まるで、それが快楽のためのように。

「私に愛させてください。あなたを」

「うけと、れ……ませ……ん……」

「……そうですか。ではあなたのコアを飲みます。あなたを殺したのは私です。私があなたを殺します」

「……どうぞ、わたくしを殺すなら……。けれ、ど……」

「まだなにかありますか」

「『ククツミ』は……貴方には殺され、ません……ね…………」

ぐじゃり。

ぐじゃり。

ぐじゃり。

ぶちり。

ごくり。





ククツミの最後の言葉が。

最後の脈動が。

誰も動けない藁小屋に響き渡った。




しんと静まった中で、ククツミが崩れ落ちる。
レオに抱き寄せられて頭をレオの胸に押し付けられる形になったため、床に倒れこむことはなかったがその表情に感情は浮かばない。

意識はあるもののククツミの目は虚ろで周りを映すこともなく、ただ、今までの映像と声に脳裏を埋め尽くされていた。

シャロンがククツミに声をかけようとしたが、端末から無機質な声が流れたことで中断させられる。
映像はまだ続いているようであった。

[最終ミッション達成おめでとうございます。そちらのドールを回収します]

×××の前に現れるセンセーの端末。
最終ミッションを達成済みであるシャロン、ククツミ、ヤクノジ、リラは一度は聞いたことのある選択肢の提示を聞く。

ククツミも少しだけ意識を取り戻したようで、レオに抱き寄せられたままではあるが端末に目を向けた。

×××はククツミの人格の復元を願い、事切れたククツミの頬を撫でる。
それは『ククツミ』を愛しているが故の行動であろう。
人格が変わろうと『ククツミ』を愛し続ける。

その意味が、こうであってしまうのか。

こんなものが。
これが本当に、『×××』の意思だったと言うのだろうか。
どうして、こうなってしまったのだろうか。
誰も、分からないまま。

[2分経過しました。ドールの回収を———]

端末から流れ出す、肉を切り裂く音に誰もが耳を疑う。

「ひっ……」

映像の中で、×××は自身のコアを抉り出していた。
瞳を爛々と輝かせながら、恍惚を孕んだ声でククツミの名を呼び、ククツミの口へと腕を伸ばす。
その先を想像できてしまい、ククツミは自分の喉元を掴んでうずくまった。

けれど、映像は止まらない。

「……ぃ、や……、ぁ……」
「見るな……ッ、もう、見なくていい……!」

レオが喉元を握りつぶしそうなククツミの手を無理やり解き、そのまま頭を抱えて視界を遮る。

けれど、音を全て遮ることはできない。

ばきり。

これは顎関節が外れた音だろうか。

ぶちり。

これは気管支が千切れる音だろうか。

ぐちゃり。

これは喉が縦に引き裂かれた音だろうか。

これは。

これは。

これは。

これは、ククツミの喉と呼べる部分にコアを押し込み、捻じ込み、飲み込ませ。
役目を終えた腕を、口から引き出す音だろうか。

「……これで欠けたものも思い出して完璧なククツミですね。私がそうしたんですから。私のククツミですよね」

「これで、私があなたの傷になれる」

そうして、ククツミは最終ミッションを達成した。

こうして、×××とククツミの長い3月25日は幕を閉じる。






これで終わりだと思いたかった。

「どうか私がククツミさんを。名前もないあなたを愛していたことが嘘だったと思わないでください」


「……ぇ」


最後の刃物と共に×××が画面の向こうに倒れ込むと、そのまま映像は黒くフェードアウトする。
端末は黒い画面のまま、×××の廃棄処分が決まった音声を流して役割を終えた。


×××はわたしを正真正銘の『ククツミ』として見ており。
わたくしは『見た目はククツミの他人』であると認識していて。
しかし『ククツミ』であるから愛す対象であると考えている。

つまり。

目の前の“それ”だったものは。

わたくしは。

『ククツミとも呼べない名無し』であると。

名前を。

存在を。

価値を。

全てを否定する言葉と共に、願いは叶った。










「こういう事、だったんだね……」

最初に沈黙を破ったのはヤクノジだった。
同期として、そして×××に恋愛相談をした側として、うっすらとその激情の片鱗を感じたことはあった。
もちろん×××が行動に移したことへの理解も、共感もできない。
けれどそういう思考も、僅かながら、あり得てしまうものなのだろうと分かってしまう。
だからこそヤクノジはその場でポツリと呟き、リラの手を握る。

もしかすると、×××はヤクノジのあり得た姿かもしれないとさえ思えてしまった。
×××の性別、年齢、その他から鑑みても立ち位置が一番近いのはヤクノジで、ひとつ間違えば己もこうなるのだと突きつけられている気分になる。
まさか相談した相手からこんなことを学ばされることになるとは誰が思うだろう。

ヤクノジに手を握られたことで、リラはハッと我に帰った。
そして想像もつかなかった結末を改めて理解し、とめどなく涙が溢れてしまう。

「そんな、そんなことって………!」

リラは恋心をまだ自覚していないククツミに対し、本の知識を踏まえて、特別を作って良いのだと伝えたドールであった。
ククツミが勇気を出して幸せになったことを祝福し、そしてリラにとってもふたりは幸せの憧れであったというのに。
その顛末は、これほどまでに惨たらしいものだったのかと、声が震える。

「……。」

ロベルトは藁小屋の隅で、顔を落として震えていた。
よくよく見れば、仮面の目元は黒い絵の具を垂らしたように滲んでいる。
両の手を強く握り締め、何かを必死に堪えていた。
ロベルトは他人の痛みを自分のことのように感じ取るドールであった。
それ故に、映像を観て受けた傷の大きさは測り知れない。

仮面の下では口を何度も開閉させて、しかし言いたいことがうまく言葉にできないでいる。
普段ならば周りのドールを気遣うだろう彼も、今は自らの痛みに耐えることだけで手一杯、といった様子であった。


シャロンは、何も言えなかった。
何かを言うことが、できなかった。
口を開けば、ククツミすらも傷つけてしまうような言葉を吐き捨ててしまいそうであったから。
己の唇を噛み切ろうとも、硬く硬く、口を閉ざしていた。

シャロンは一度、×××の狂気に触れていた。
×××の狂気を知っていながら、ククツミのことを守れなかったことを。
間違いなく今、目の前にいるククツミのことを、1人にしてしまったことを悔いていた。
×××とククツミを2人きりにする隙を作ってしまった自分を、責めていた。

ククツミが”こちら側”に来たと知ったとき、綺麗ではない終わりだったのだろうと想像はしていた。
けれど想像したうえで、分かったうえで、これを見るための道を示してしまった。
与えてしまった。
それがククツミを救う道だと思っていたから。

だというのに。
そこにあったのは、想像なんて容易く超えた狂気だった。
シャロンには、その行動の意図も、意味も、何もかも理解が出来なかった。

最も傷つけたくないと言いながら。
こんなにも傷つけていることが、信じられなかった。


レオはただ、歯痒さを感じていた。
起こった事は過去の事で、自分が関与できる次元の話ではない。
ただ、ただ、受け入れた上で隣に居ることしかできない、そんな現実に唇を噛み締める。
腕の中のククツミを強く抱き締めて、存在を確かめるように。
けれど、何も言えない。

ここでレオがククツミに対して、全部お前を見てやるだなんて。求めてやるだなんて。
そんな言葉は紡げなかった。
紡いではいけなかった。
『終わりたい』と、その約束ことばを聞くその時まで、レオはククツミに寄り添うことしか出来ない。

それが、ただ。





ふふ、と音がこぼれる。
全員が音の出どころを探せば、それはククツミの喉元からであった。

感情というものは、振り切れてしまうと笑いになるらしい、と。某ドールがこの場にいればそういった観察でもしていただろう。

「……ほら、……私、のこと……ククツミとしても、見ていなかったでは……ないですか……」

ククツミはうずくまったまま、自分の胸元を握りしめながら、ぽつりぽつりと呟く。

「私は……私は……」

「……私は……ククツミじゃ……」

「ククツミちゃん」

真っ先にそう呼んだのは、カガリだった。

「やっぱボク一番外野だし~、あのドールが何言ってっかさっぱりだったけど」

「ククツミちゃんはククツミちゃん。でしょ?」

頭の後ろで手を組み、伸びをしてからカガリはククツミのそばにしゃがみ込む。
そして、君のことだよ、と言わんばかりに肩をぽんぽんと叩いた。


「ああ。きみは、きみは間違いなくククツミだよ」

シャロンも固く閉ざしていた口をようやく開いた。
それだけは、伝えなければならなかったから。
何度でも、伝えたいと思ったから。


「……ククツミ」

肯定するようにレオも続く。
その名は自身の中でも一等特別な言葉になっているように、ククツミにも伝わるように。
幾らでも、呼んでやるという気持ちを添えて。


「ほら~みんなもこう言ってるよ?……でも、あ〜あ、応援してたのにな〜。こんなことが向かいの部屋であったんなら、廊下で盗み聞きしてればよかった〜」

「……おい」

「じょ~だんじょ~だん!…さ~てと、続き無いならもう帰ろっかな〜」

「じゃあまたね〜!」

軽い足音が藁小屋から遠ざかる。
藁小屋の外にいた人影とは出会わなかったのだろう、迷いなく進む足音が完全に消えてから、レオは呆れたように呟いた。

「はぁ……バカガリ……」

「……でも、おかげでようやく動けるようになったというか……。ああいうとこ、カガリちゃんの良いとこだよ。一旦お開きにしようか、みんな、ちょっと……まだ、うまく飲み込めないだろうから」

「そう、ですね……」

ヤクノジの提案にリラが肯定の意を示し、ロベルトも口を閉ざしたまま小さく頷く。

「……ククツミちゃん、またね」

「ゆっくり休んでくださいね、ククツミちゃん……」

「ククツミ先輩、また……」

それぞれが思い思いにククツミに声をかけ、藁小屋を後にした。

虚ろな空間を見つめるククツミに、その言葉たちは届いたのだろうか。



抉られ、傷つけられ。

ズタズタに切り裂かれ、引き裂かれ。

壊された心が、ただそこにあった。

ただし、それがバラバラに砕けてはいないと。
崩れ落ちてはいないと、思うのは。

思いたいのは、こちらの傲慢であろうか。

か細く、今にも、ちぎれそうな糸が。

カタチを保とうと抗っているように思えるのは、ただの願いだろうか。


「……ククツミちゃん」

「ククツミ……」


それでも。

この言葉が、心を繋ぎ止める糸になるように。


そっと、その身体に触れながら。

ふたりは、名前を呼び続けた。





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