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その火花は、時として身を焦がす。【交流創作企画#ガーデン・ドール】


久しぶりの投稿。ちょっとドタバタしてたので約1ヶ月ちょっと前の話から振り返りつつだよ。


まぁつまり、これがあった次の日の話だよ。


まだ、決められない話。


B.M.1424、3月26日。

[最終ミッション達成おめでとうございます]

[キミはキミが最も傷つけたくないドールのコアを飲みこみました]

[該当ドールは廃棄されました]


ククツミにとっては覚えの無い1日の『事実と結果』をセンセーから伝えられた日の、午前中のこと。感情としての起伏は落ち着いたものの無表情のまま涙をこぼし続けるククツミの背中を、シャロンはずっと撫でていた。

飼育委員の仕事をロベルトくんに数日交代してもらおう、というシャロンの提案にククツミはこくりと頷く。伝えてくる、すぐ帰ってくるよ、と言ってシャロンはククツミの部屋を後にした。

その目を離した10分間のうちに、ベッドの上でボーッとするククツミの部屋に現れたのは。

ガチャン!

「やっと来れたー!!!!」

5期生のトラブルメーカー、もといカガリである。黄色と紫の特徴的なくるくるツインテールを跳ねさせながら、カガリはククツミの部屋に入ってきた。

「……?、???」
「あ、ククツミちゃん入るね☆」

完全に部屋の中まで入り切ってから、カガリはその場の雰囲気にそぐわぬ笑顔をククツミに見せる。当のククツミは生きる気力を失ったように虚な目をしつつも、「なんかすごい勢いで入ってきた」の驚きでフリーズしていた。

「……かがり、さん……?」

「ねぇ!通知!あれやばくない!?」

カガリはククツミへと近づき、その両頬をとても軽くぽみぽみと叩く。

「ぼーっとしている場合じゃないよ!センセー達に文句言いに行こ!?絶対ダメだってあんなの!!」

カガリは、廃棄処分されたドールとククツミが恋人関係であることを知っていた。それ故にククツミの部屋まで赴いたのだろう。

廃棄処分とは“覆せないもの”と思い込んでいたため、文句を言うという行動そのものが抜け落ちていたククツミは、先ほどよりも意識が覚醒したように瞬きを繰り返す、

「……文句、を?」

「そうだよ!なんでこんな事になってるのかセンセーに吐かせよ!?」

カガリはククツミを強引に連れて行こうと片腕を掴むが、ピタリととまる。偽神魔機構獣アルストロメリアによる避難所での生活を送っている時も、ふたりは一緒にいなかったことをカガリは思い出したのであった。

「…それとも、なんか大ゲンカでもしちゃったわけ…?」

「……大げんか、というものも……していなかった、と……思いたいです、ね……」

ククツミはカガリの問いに、自信なく答える。

一度は止まっていた涙はまたポロポロとこぼれ出し、膝の上のバンクに雨を降らせる。

昨日、自分は何をしていたのか。

大げんかをしたのだろうか。

だから。

だから×××のコアを。

「『思いたい』って……した覚えがないなら、『してない』んじゃないの?」

カガリは涙を気にすることもなく、ただ疑問符を浮かべる。

うっかり気に障ることを言ったならまだしも、『大』のつくケンカをしたのならククツミは察しが悪いドールではないから分かるはずだと、カガリは今までのククツミを見てそう感じていた。それだと言うのに、いま目の前にいるドールは下を向く。

「……覚えていないのです、昨日の、ことを……なにも……」

項垂れたまま、ぽつぽつと言葉を発する。

「……昨日、わたくしは……大げんかを、してしまったのでしょうかね……」

「…」

カガリの前で、初めて発するわたくしという言葉。気が動転しているにしろ、一人称までが変わってしまうことにはならないだろう。そのことに違和感をおぼえたカガリは、掴んだ手を一度離す。

「……さっきから思ってたんだけど。
キミ、だれ」

カガリが訝しげな表情を浮かべると、バンクがカガリとククツミの間に立って両手を広げた。庇うように、涙を堪えながらもキッ、とした顔でカガリを見つめる。

バンクをじっと見つめたカガリの耳に、少ししてから小さな音が入ってくる。

「……ククツミ、です」

ククツミの方に視線を向ければ、ククツミは変わらず涙をこぼしながら、困り眉のまま笑っていた。

「……以前から、変わらず……ククツミですよ。……少し……変わってしまいましたけれど、ね……」

ククツミは自身を守ろうとしてくれたバンクの頭を撫でる。ボロボロと涙が溢れた顔をククツミに見せるまいと、バンクはまだカガリを睨み続けている。そのククツミの様子、そしてバンクの仕草を見て、カガリは一度閉じた。

「…ま、バンクがこんな風になってるなら、そうなんだろうね。

……じゃ覚えてないっていうのは…
………あ~。

…昨日さ!ふたりでなんかヤバいことに巻き込まれたんじゃない!?」

ポンッ!と音を立てるように、カガリの頭の中で何かが閃く。

カガリは、いわゆる『ヤバいこと(具体的なことは何も想定していない)』に巻き込まれたゆえに人格が乖離しているのではと考えたのであった。

「……やばい、こと?……ふたりで、巻き込まれて……?」

実際、不可思議な現象はこのガーデンにとってよく発生するものであった。突発的な異常気象、マギアビーストの出現、その他諸々に昨日のうちにふたりだけ巻き込まれたということも想像に難くない。

「…とにかくさ!センセーに話、聞きに行ってみよ?覚えてない部分の情報だって聞けるかもしれないし!」

カガリは再びククツミの、今度は両手首を掴んで部屋の外へ連れて行こうとする。されるがままにベッドから出され、そのまま扉の方へと連れて行かれそうになるククツミ。

扉へと振り向くカガリ。すると触れていないのに自動的に扉が開く、というわけでもないのだが。

ガチャリ。

「ククツミちゃん、とりあえずロベルトくんには……え、カガリちゃん?」

扉を開けながら声をかけようとしたシャロンは、思わぬ来訪者に目を瞬かせた。

「おあああああ!?
しゃ…しゃぁぁろんちゃん!えええと案外戻ってくるの早かったねぇあは!あはははは!」

あからさまに動揺しながらカガリは大きめの声を出す。

シャロンの肩にバンクが飛び乗り、そのべしゃべしゃな顔で様々なことを察するシャロンと、どう誤魔化そうか目を泳がせ続けるカガリ、そしてこちらを認識しつつも、ぼーっと立ち続けるククツミ。

「……どこに行くんだい?」

一旦扉を閉めてから、シャロンはとても静かにカガリに尋ねた。

「いやほら〜ちょっとね!お外の空気を吸いに!ね!気分転換だよ!うん!」

カガリはククツミの両手を掴んだままゆらゆらさせつつ、嘘をついていますと明らかに顔に描かれた誤魔化し方をしてしまう。もちろんシャロンがそれを見逃すわけがない。

「ボクが聞いたらまずいことを、しようとしてるわけだ?」

シャロンは別に、カガリが居ることを責めているわけではない。だというのに誤魔化そうとしているということはそういうことなのだろうと、扉の前から動かないまま言葉を続ける。

「外は寒いよ?そんな薄着のままでどうするつもりだい?」

4月にガーデン内での雪とはおさらばではあるが、3月中は未だ雪景色のままである。それを伝えれば、カガリは「あー、うー」とどうにかこの状況を脱せないかと頭を捻らせる。

「……セン……」

「せん!!!!せんしゅう!
先週いろいろありすぎたしお外に出ないとやってられないよねってそういうアレだよアハハ…は…は…は…

…はぁ。

……シャロンちゃんも通知、みてるでしょ」

ククツミが正直に言おうとしたセンセーという言葉をカガリは咄嗟に遮る。しかしこれ以上繕うことは厳しいと判断してククツミの手を離し、正直にシャロンに応じた。

「……はあ、もちろんだよ。それで?どうしようとしていたんだい?」

カガリは、ドールが廃棄された事に納得をしていないこと、そして昨日の出来事をククツミが覚えていないこと、そしてそれを踏まえた上での地震の提案を伝えた。

「…だからさ。もしかしたら陰で誰かがなんかヤバいこと企んでて巻き込まれてるかも知れないから、まずはセンセーに昨日のこと、聞きに行こうって話してたの。

…ど~せ『ククツミちゃん落ち込んでるからそっとしておけ』って言うんでしょ?」

「なるほど?……カガリちゃん、それはククツミ、さんからどこまで話を聞いての提案なんだい?」

だから話したくなかったんだよ、とムス~っとするカガリと、カガリがしようとしていたことには納得したシャロン。しかしそれが『当のセンセー直々に言われた』ということを知らないことによる提案のように思われた。責めるのではなく、事実確認としてシャロンはもう一度問う。

「どこまで…って……

ボクは廃棄のことは通知で初めて知ったから昨日二人がどうしてたかなんてさっぱりだし…見かけなかったな~、ぐらいで…

ククツミちゃんも覚えてないって言うし、詳しい話なんて聞けてないのさぁ…だから今からセンセー問い詰めに行こうってハナシ。

二人の恋路を陰ながら堂々と応援していたボクとしては!こんなん知らされても全然納得いかないし、陥れた他の誰かがいるんなら燃やさないと気が済まないもん」

カガリの説明にシャロンは少しだけ眉を寄せる。ヤバいこと、の筆頭に挙げられそうな『最終ミッション』の話題が出なかったこと、そして恋路という言葉のふたつに。カガリは最終ミッションの存在を、まだ知っていないのだろうとシャロンは理解した。

だとすれば、やはりカガリの行動は性急すぎる。そう考えたシャロンは、落ち着いた口調のまま机の上の端末を指差した。

「聞くだけなら、そこの端末でできるだろう?
それに、センセーからはもう十分聞いているんだよ。今必要なのは、それを整理する時間だ。きみの思い込みで振り回すのは、良くないんじゃないかな?」

「…待って、もう十分聞いてるって…
昨日なにがあったのかも……覚えてないだけで…聞いてはいる…ってこと?」

「……少しカガリちゃんが思っているのとは違うと思うけれど。……あれ……じゃなくて……『センセー』は、何も教えてくれないってことを。普通に聞いても無駄だということを、きっと、聞いているはずだよ」

シャロンとカガリが、ククツミの言葉を待つように振り向く。ゆっくりと状況を理解したククツミは、聞いたことを口に出した。

「……昨日…………」

「どうして、と聞いても……なにも、答えて下さりませんでしたよ……」

「先ほど、いらっしゃったセンセーは……」

「事実だけ、を……」

センセーが伝えたことは『事実と結果』のみであり、それが『なぜ』『どうして』という言葉は届かなかった。数刻前の記憶が鮮明に浮かび上がり、ククツミはその場で座り込む。

「あっ……」

シャロンが駆け寄り、ククツミをベッドに戻す。その様子をカガリは心配することもなく、首を傾げて記憶を思い出していた。

「…フツーに聞いても無駄…じゃあフツーじゃない聞き方って……あぁ~……な~るほどね、アレはこういう時に使うんだぁ……」

カガリは最終ミッション開示までは至らないものの、いわゆる『センセーが何でも答えてくれる』隠しミッションについては理解しているようだった。それにひとり納得してから、カガリはククツミの顔を見る。そして、普段と変わらない口調で声をかけた。

「ククツミちゃんさぁ、『どうして』って聞いた…ってことは……やっぱ詳しく知りたいんでしょ?」

「それは……知りたい、ですよ……何があったか……。けれど……知るのも、怖いです……」

一度は顔を上げるものの、またククツミは視線を下げて項垂れる。知ることと、そのために誰かを傷つけること、その天秤は揺れ動いたまま。

カガリはその場にしゃがんで、うなだれているククツミと目線を合わせて。

「…いくじなし」

怒りはなく、淡々と。思いやりのあるドールなら口にしないような言葉を簡単に、そしてそれが普通の会話であるかのように言い放つ。

「……どういう意味だい、カガリちゃん」

シャロンがククツミに寄り添い、そっと背中を撫でているところに放たれた言葉。シャロンはあえてそちらの方は向かず、ククツミを見たまま静かに尋ねる。またカガリも、ククツミから目を逸らさずに答えた。

「知ってからのことなんて、知ってから考えればいいじゃない?

整理とか準備とか言ってるけどさぁ。こういうのって時間が経てば経つほどもっともっと怖くなっちゃうよ?

…やればいいじゃん、知りたいなら」

一度シャロンに視線を移してから、またククツミを見る。その表情は『それが普通だろう?何か問題があるのか?』という言葉をありありと浮かべていた。

それは、幼子のような感情。素直な感情。

歯止めのない、清々しいほど、愚直なまでの感情。躊躇なく、知ることを選ぶ感情。

その感情を、カガリはククツミにぶつけた。


「……知るにしても、何を知るべきなのか。考える時間は必要だって言っているんだよ」

けれどククツミより先に返事をしたのはシャロンだった。シャロンはカガリよりも多くの情報を知っている。だからこそ選択に迷うことも、考えなくてはいけないことも、そして選択をすることを、選択をしたことによる痛みも、全て知っている。

だからこそカガリの言葉に返す声に思わず怒気が含みそうになるものの、深呼吸をして抑え込んだ。

「それに、知るための手段が残酷なことだってあるんだから……簡単に、言うものじゃないよ」

自身にとって最大限の言葉を返し終わってから、シャロンはククツミに視線を戻す。カガリもシャロンの言葉を聞いた上で、ククツミの返事を待った。

「……ふふ」

唐突に、部屋に溢れた笑いの音。

「……カガリさんにとっては、当たり前のことなのですね」

見れば、ククツミは泣きながら笑っている。

「私だって、知りたいですよ。知りたいです。けれど……私は……」

カガリの赤とオレンジの瞳を、ククツミの赤と金の瞳が見つめる。

笑いながら、泣きながら。


「……せめて、この涙が止まるまで。それまで私は……知る術を、選びたくはありません……」


それが、今のククツミの選択であった。

「……いくじなし、ですね」

「ふ~ん…」

自重気味に言葉を付け足したククツミと、それに寄り添うシャロンの様子を見て、カガリはゆっくりと立ち上がる。

「…めんどくさいね。

いちばん強く知りたいと思っていることを、そのまま聞けばいいのに。

なんでそんなに難しく考えたり…時間かけたりするのかな…

…ボクには…よくわかんないや」

カガリは興味が薄れたように呟く。その言葉はバカにするようなものではなく、与えられた課題の意味がわからず困り果てている幼い子供のような表情だった。

「…あーあ。なんか冷めてきちゃった」

真相を探ることへの興味を失ったカガリは、そのままククツミの部屋から立ち去ることを決めたようだった。

パタン、と扉が閉まる。ひとり減っただけというのに、部屋は先ほどと比べて温度が下がったかのように静まり返っていた。

「……はあ。悪い子では、ないんだろうけれど」

シャロンは一層深くため息をつく。

「大丈夫かい?ククツミちゃん」

「……えぇ、大丈夫です」

シャロンに背中をさすられ、ククツミは緊張の糸が切れたようにぐったりと身体を預ける。

もちろん、センセーに文句を言う、抗議するというカガリの行動力は目を見張るものであった。けれどそれだけではあのセンセーを動かすことはできないだろう。ガーデンに来てから日が浅いカガリにとって理解し難かったものではあるが、こればっかりはどうしようもない。

「……いつか、カガリさんが……知りたいことに振り回された時に。……きっと、よくわかるようになるのだと……思います……」

そうは言っても、カガリは無垢で正直であるがために、自身が知りたいことのためであればなんであれできるのだろうとククツミは認識していた。それこそ本当に、なんであろうと。

けれど、ククツミはカガリではない。

だからこそ。

「……シャロンさん、あの……」

ひとつ決意したククツミは、シャロンと目を合わせる。けれどその瞳は、とめどなく溢れた涙のせいでシャロンを視界にとらえることができない。

「あら…………?」

「ククツミちゃ……!」

シャロンがククツミを抱きしめるが、ククツミは不思議そうに首を傾げた。

「……ふふ、おかしいですね。……私、泣いていますのに……何故泣いているのか、分からないのです。……私は、私ですのに……」

どう考えても精神的ショックによる身体的反応であるというのに、ククツミは無意識にそれの理解を退けるように呟く。それも心を守るための処置なのであろう。であれば、シャロンができることは。

「……シャロン、さん……私の涙が、止まったら……」

「ゆっくりで、ゆっくりで大丈夫……急がなくて、大丈夫……そう、きみはきみだよ……」

抱き寄せたまま、シャロンはククツミを撫でる。ボクはここにいると。きみはここにいると。安心させるように、抱き止める。

「……私は…………」

反応がなくなったことにシャロンがククツミの表情を見つめれば、ククツミは涙で頬を濡らしながら眠っていた。情報の許容量を超えたのだろう。意識を手放したククツミを、シャロンは夜が更けるまで撫で続けた。



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