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ガーデン・メモリー【交流創作企画#ガーデン・ドール】


B.M.1424、6月30日。

4ヶ月のスキマからわたしに戻り、1週間が経った頃。
私は自室の椅子に座り、長いため息をついていた。

今朝は6期生としてあまりにも暴れ散らかす問題児が入ってきたが器量は良いようであり、あまり大ごとにはならないだろう。
おそらく、きっと。

私がため息をついたのは、目下の全員の問題であるマギアビーストに対してだった。

「バグちゃんがフィルム化、ねぇ……」

バグちゃんとは、センセーが『詐欺AI』と呼ぶように、教師AIのひとつではあるらしい。
ガーデンはエラーと見なしているが、危険性は低いので放置されている、とのことだった。

バグちゃんは、寮のドール、つまりナイトガーデンカードを持つ私たちにとってなくてはならない存在である。

ナイトガーデンカードがあれば夜中の校則違反は免除される。
これがなければ夜間の外出すらできず、室内で魔法の使用なんぞしてしまえば簡単に罰則ポイントは10になってしまうだろう。
なにかしら物を買う場合も、やはりバグちゃんが配るバグちゃんポイントで私たちはさまざまな物を交換できる。
食材はセンセーからもらえども、生活する上でバグちゃんマーケットの必要性は計り知れない。

そういった、いわゆる活動の基礎となる物を整備してくれていたはずのバグちゃんが。

フィルム化した。

なにを言っているのかよく分からないかもしれないが、実際バグちゃんと連絡が取れなくなったことは確かである。

6月26日に通知が来た直後、私はバグちゃんに連絡を取ろうと端末を操作した。
いつもであれば所持しているバグちゃんポイントを確認してくれる場所にメッセージを送る。
その返事は今日になっても未だ無かった。

「原因は……やっぱりこのマギアビーストだろうな……」

私は昼間にリビングに置かれていたマギアビースト情報交換ノートから書き写した情報をまとめては唸っていた。

機構魔機構獣。
歯車のようなものがたくさんあり、他のマギアビーストである『エンペライダー』の色を反転させたような存在を仮想戦闘と似たような形で呼んだらしい。
また、今までのマギアビーストは意思疎通できなかったが、このビーストは流暢に喋るという。

映画館の中に出現し、「次に紹介するのは」と言いながらエンペライダーを召喚した機構魔機構獣。
それが、こちらの初出撃であったにも関わらず。
いったい、私たちの前に、誰に紹介。していたというのだろうか。

魔機構獣対策本部で武器の貸出を行ってくれる本部もとべさんがマギアビーストと戦うための『兵器』だとも書いてあったが、その本部さんが以前戦ったことのあるマギアビーストなのだろうか。

「だからって、なんでバグちゃんが……」

確か1月頃、仮想戦闘に『仮想体-BUG』という存在が追加されたはずである。バグちゃんの色を反転させたようなものであり、驚異的な戦闘能力であったとノートにも書かれていた。

「これ、なんて読むのかもよく分かってないからなぁ……」

BとUとGという文字のようなものを空でなぞっても、思い当たる節はあまり無い。
マギアレリックの名称にもあったが、結局この記号の意味は分からないままである。

「……何はともあれ、討伐に行ってみなければ……かな」

今日入ってきた新入生はバグちゃんフィルム化の影響によりナイトガーデンカードを発行できていない。
つまりは夜間でも罰則がつき放題という急務の状態である。

「……面白そうな子だからね。公開処刑になってほしくは、ないな……」

罰則ポイントが10貯まると、公開処刑というものが行なわれてしまう。
私は直接見た記憶は無いが、とあるドールがわざとそうしたことがあった。
人格コアを破壊されると記憶を残したまま人格が変わる。
しかし公開処刑をされてしまうと、その記憶すらも無くしてしまうそうだ。

ドールという枠組みだけが同じの、全く違うドール。
けれどそれはまごうことなく、そのドールそのものであって。
それを変えることはできない。
だから、人格を変えようと。
記憶を無くそうと。
どうなろうと。

「……いや、これはやめよう。いま重要なことはそこじゃない」

私は首を振って暗い考えを脇にやる。
いま必要なのは、機構魔機構獣をどう対処するかだ。

私はその前に討伐した冬エリアの魔機構獣の情報を書いた日記のページをめくる。


6月24日、私は機構魔機構獣とは別の魔機構獣の討伐に行った。
皆塵かいじん魔機構獣という、名前からして物騒な存在であった。

私として目覚めて2日目だというのに、私も無茶したものだと我ながら思う。
けれど2体のマギアビーストが出ている状態で、のうのうと過ごす気はさらさらなかった。

討伐後にもらえたシールを日記に貼ると、それをバンクが上からぺちぺちと叩く。

「……ふふ。あの時は張り切ってくれてありがとね、バンク」

あの日の夜、寮のキッチンで大量のとうもろこしを茹でていたリラくんとヤクノジくんに出会ったのである。
私が戻ってきたという経緯を話した上で受け入れてもらってから、リラくんと皆塵魔機構獣の討伐へと向かった。
朝にはカガリくんとも会って“あの子”の話もしたから、この日はとても長い時間を過ごした気がする。

私は改めて、支給される武器とバッヂの組み合わせを考えるためノートに視線を落とす。
強制帰還バッヂは必須とはいえ、他の組み合わせ方はドールによって千差万別だった。

盾:守りを固めることで受ける傷は少なく済むが、攻撃の威力もあまり高くない

剣:威力はそこそこ、相手の攻撃に対して回避とカウンターが可能になる

銃:威力がかなり強くなるが、その分受ける傷も増えてしまう

魔力強化バッヂ:クラス魔法しか使えなくなる代わりに安定した魔法攻撃を撃てる

身体強化バッヂ:魔力の使用ができなくなる代わりに身体能力が上がり、攻撃の威力が上がる

速度強化バッヂ:魔力の使用ができなくなる代わりに素早い動きが可能となり、連続攻撃や味方を庇うことができる

強制帰還バッヂ:一定の時間経過、またはバッヂのスイッチを押すと対策本部室に強制帰還される


「剣と魔力強化、でこの前は行ったけど……」

皆塵魔機構獣は自身からは全く攻撃せず、こちらからの攻撃を払うように動いた。
そもそも遠距離からでは集光魔術すら【切り落とした】のである。どういうことだ。
それから懐に入って一撃を喰らわせようとしたものの、そのカウンターは手痛かった。

初撃で大きな傷を受けた私はリラくんと相談して作戦を変更し、時間はかかるが屈折魔術で毎回姿を消すことで必ず攻撃を当てる、という戦法に変えた。

強制帰還バッヂが作動するまでの限られた時間であったため総ダメージはあまり奮わなかったが、対処法が分かっただけ良しとしよう。

「……バンクがいなかったらできない戦法だったね」

私はバンクの頭を撫でる。
バンクは私のためにやる気を出して、私とリラくんの魔力回復を毎回欠かさず行ってくれた。

屈折魔術と集光魔術、どちらも戦闘で魔力強化バッヂを使った場合は使える回数が限られている。その魔力量をバンクが補ってくれることで、私は以前から集光魔術を連射するという離れ技ができていたのであった。

「……ほんと、バンクのおかげだね」

むにむにとバンクの頬で遊べば、バンクはくすぐったそうに手をジタバタさせる。

最後はシャロンくんから借りたラビットムーンで皆塵魔機構獣の懐に入り込み、ゼロ距離の集光魔術を2発お見舞いして時間切れとなった。
その後行ったメンバーにより皆塵魔機構獣は倒され、冬エリアは開放された。

よって残りは機構魔機構獣だけである。

しかし、まだまだ懸念事項は多い。

「あのギリギリという音は……本部さんから、だったのかな……」

体力を3割ほど持っていかれた怪我を抱えながら強制帰還バッヂで本部のベッドに叩きつけられ、普段であればすぐに本部さんが武器の回収にくるであろう時に。

ベットのある部屋の外から聞こえたのは、ギリギリと、なにかしらが擦れるような、軋むような音だった。

だんだんと近づいてくるギリギリとした音に、私は警戒体制を取ってリラくんを庇っていたけれど。
ゆっくりと開かれたドアの先にいたのは、普段通りの本部さんであって。

「戻っていたのか、お疲れ様、武器等は回収するよ」

「……本部、さん……さっきのギリギリとした音は、本部さんにも聞こえていましたか?」

「?何か鳴っていたのか?」

本部さんには聞こえなかったようであり、その時点でもう音は聞こえなくなっていた。

その時は一度意識の外に置いていたが、ノートを見る限り以前も本部さんからそう言った音は聞こえていたらしい。

一度は機能を停止していたらしい『兵器』が、なぜ今になって行動を再開したのだろうか。
またいつか、機能を停止してしまうのではないか。
あのギリギリとした音は、なにかしらの予告や、前兆ではないのか。
時間制限が、あるのではないか。

「……本部さんがいなくなったら、まず武器の貸出をしてもらえなくなっちゃうからなぁ」

私たちドールは、マギアビーストに対抗できうる力はほぼと言ってよいほどに無い。

強制帰還バッヂが無ければ簡単に再起不能にまで陥らせる『相容れない脅威』がマギアビーストである。
それだけは忘れてはならない。
その上で、知るために突き進む最年少が此処にいるのだから。

私はある程度の情報をまとめ終わったノートを見返して、ほっと息をつく。
最初のため息が出ていた時よりは思考が落ち着いているだろう。

速度強化バッヂについても考えたが、やはり集光魔術の強さは健在であり、私が火力に貢献するためには変わらず魔力強化バッヂの使用が1番理にかなっている。
盾という手もあるが、どこぞの誰かさんは私が前線で盾を持つことに反対することだろう。
銃はあれはあれで全体攻撃が致命傷になりかねない。
であれば剣を使って守る際の回避やカウンターに専念し、攻撃は集光魔術を連射する方がよいだろう。

「……バンク、これからもよろしくね」

私は頼れる小さな手のひらをギュッと握って、ペンを置く。

「……あ、そうだ。雪うさぎたち、元気にしてるかな」

6月25日の朝、無事に皆塵魔機構獣が倒されて冬エリアが解放されてから、私は寮に避難させていた意思を持った雪うさぎたちを冬エリアに放してあげた。

放散魔術をかけたクーラーボックスのおかげで溶けることもなく冬エリアについた私は、雪うさぎたちに別れを告げる。
溶けたり割れたりしなければ雪だるまたちは生き続けるようであったが、いつ不測の事態が起きるとも分からない。
次に冬エリアに行った時に、あの子たちは変わらず雪の上をはしゃぎ回っているだろうか。

少しだけ寂寥感に苛まれながら、私はもう一度ペンを取って日記に小さく雪うさぎのイラストを描く。

「……あの子が作ってきたものは、もっとたくさんあるだろうに」


それは、ひとつのつぶやき。

ひとりの独白。

ひとりの寂しさ。


「……考えても仕方がないか。バンク、また今夜も討伐行くからよろしくね」

バンクは私の肩に飛び乗って、任せろというように胸を張る。
その様子に安心感を覚えつつ、私はノートを閉じた。

今は、機構魔機構獣を。


ふと考えた別のことは、今だけ蓋をすることにした。






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