Hello, Garden‼︎【交流創作企画#ガーデン・ドール】
ようこそ。
「……なんだ、まだ夜明け前か」
「じゃあ、これもギリギリ大丈夫かね」
時間を確認すれば、B.M.1424の7月7日。
といっても、太陽はまだお目見えしていないらしい。
「ま、ダメならそんとき。どうせ知らせるなら……あれだわな」
俺はいつもの紙に録音魔法を使う。
『シャロン目覚まし録音用紙』と大きく書かれた紙に、大体8時くらいに再生されるように。
いわゆる、モーニングコール。
ククツミ“ちゃん”になってからあまりしていなかったのだが、最近また日の目を浴びるようになっていた。
俺はククツミ側の壁を小さくノックする。
これくらいの音でも、隣の小さな住人はいつも気づいてくれた。
「……バンク、いるよな?」
そう小声で呼び掛ければ、穴の奥からふてぶてしいリスのような生き物がこちらを寝ぼけ眼と不服そうな顔で見てくる。
いや、ごめんな?
またおにぎりを大量に作らされる未来を想像しながら、俺は小声と共に紙をバンクに渡す。
「これ、8時な。頼んだよ」
紙を見たバンクは内容を瞬時に理解したようで、紙を手に持って任せろというように胸を張った。
本当に、このふてぶてしい生き物とは長い付き合いになった。
その背中を見送ってから、俺はベッドに仰向けに寝転ぶ。
さて、8時までなにをしておくべきか。
「まぁ、なんとかなるだろ」
俺の中の俺の心が、そんな気楽な言葉を呟いた。
B.M.1424、7月7日。8時。
私たちは昨日の夜更かしが祟って、ふたりしてぐっすりと眠っていた。
2人の間に、なにかが飛び込む。
ぼふっと言う音からして、十中八九バンクだろう。
バンクは私たちの頬に交互にガサガサとしたなにかを押し付けていく。
意外と端が当たって痛い。
「……バンク、まだ……眠い……」
「……ん……バンクさん、もう少し……」
『おはよう、ククツミさん……たち、になってるかな?俺は、部屋にいるよ。…………まだ起きてないか?あー……おはよう!』
「「……。」」
ゴンッ。
「あいたっ」
「ひゃっ」
ふたりしてガバッと起き上がるものだから、綺麗な弧を描いて2人で頭をぶつけて。
貧血もあるものだから、しばしふたりで頭を抑える時間になる。
「……バンク、おはよう」
「……バンクさん、おはようございます」
とりあえずは身支度を済ませよう。
私は羽織と袴を、私はふわりとしたワンピースと上着を。
私の頭の上にバンクが乗って、いざ隣の部屋へ。
「……ノックするの、緊張するね」
「そう、ですね……」
意を決して、私はシャロンくんの部屋のドアを叩いた。
私は私の後ろに隠れて様子を伺っている。
ドアが開く。
そこには、いつものパーカーを着て、ニィッと笑うシャロンくんが居た。
「おはよう、ククツミさんたち?」
「……おはよう、シャロンくん。よく眠れたかな?」
「そりゃあもう、すっきりとした目覚めって感じ?」
シャロンくんはニィッと笑ったまま、肩をぐるぐると回す。
「どうやら、ちゃんと俺は刺されたらしいね?」
「そうだね。ちゃんと真っ二つにしたから、私たちは、この通りだよ」
私はそう言ってから、自分の背中に隠れる私を手前に引っ張った。
「不満があるとしたら、そうだなぁ。いちご味じゃなかったことだけが不服かな?」
「え、俺のコアわざわざ飲んだの?!」
コアを破壊する必要はあったが、なにも無理に飲む必要はない。
それでも飲むことを選んだ私に、シャロンくんは物好きを見るような目を向けた。
そんな軽口を交わしていると、そわそわと落ち着かない様子の私が口を開く。
一度は自身を終わりにした身として、申し訳なさや気まずさはあるのだろう。
私も2週間前にとても感じた。
「……あの、えっと……おはようございます、シャロンさん……?」
「あー……おはよ、ククツミちゃん?どうかした?」
どうもこうもあるだろうと私は内心ツッコミを入れるが、なにも言わずに私の言葉を待つことにする。
「……あ、の」
「シャロンさん、は……」
「昨日……一昨日までの自分の感情が、記憶としてあるのに理解ができなかったり、自分が自分ではないような気持ちになったりは……していませんか……?」
これは、奇跡で戻ってきたことによって記憶がない私には、共感できない感情。
ちゃんとした意味で、『人格コアを破壊された』ドールしか知り得ない感情だろう。
シャロンくんは問いかけに瞳を閉じるが、その表情は穏やかだった。
「……確かに、違いはあるよ。なんであんなに頑なに一人で背負いこもうとしてたんだっけーとか。……でも、これだけははっきりしてる」
シャロンくんは、パチッと目を開けて。
「俺はやっぱりシャロンだ、って確信だけは変わらないみたいだ」
そう言って、またニィッと笑った。
あぁ、やっぱり。
「……シャロンさんは、シャロンさんですね」
私と同じ感想を得た私はホッと息をついて、そして頭を下げる。
「……勝手に、いなくなってごめんなさい。皆さんがいるのに……私のワガママで……」
私は、終わりを選んだことは後悔していない。
けれど結果として勝手に遺した形となるシャロンくんやロベルトくんのことを考えていなかったと、昨日の夜に反省していた。
皆さんに謝ろうと思います、と言っていた私だが、シャロンくんはその謝罪を手をパタパタと振ることで躱した。
「そうしたいと、きみが願ったんだろう?」
「そもそも、俺のわがままが始まりなわけだし。謝られる資格もないかも?」
たははー、と。
今までのシャロンくんとは少しだけ違う軽い笑い方で、シャロンくんは笑う。
違うけれど、やっぱり。
「……ふふ、そうですね」
シャロンくんは、シャロンくんだ。
シャロンくんの部屋の前で立ち話もなんだから、と部屋に誘われたところで、どこからか誰かがドタドタと駆け寄ってくるような音が聞こえる。
「うわ……本当に二人いるなのです……」
廊下に現れたのは、アルゴ先生だった。
アルゴ先生は『信じられないものを見た』というように私をじろじろと見つめます。
「あ、アルゴ先生……?」
「ま、どっちも"ククツミ"、だからね。当然と言えばそう……なのかな?」
「……シャロンさんも元気そうなのですね?」
人格が変わったシャロンくんにも興味があるようでアルゴ先生は声をかける。
「ああ、おかげさまで、アルゴさん」
シャロンくんが質問を体良く凌げるようになったあたり、随分と人格が変わったものだと笑ってしまう。
それでいて、前の人格と乖離していないのだから。
シャロンくんがこれまで得てきたたくさんの知識と経験は、文字通りシャロンくんの『力』になっているのだろう。
「……アルゴ先生はこっちがやったこと、どこまで知ってるんです?」
「基本的にキミたちの行動は把握してますなのですよ〜!ククツミさん、面白いことやってくれましたね〜なのです」
私の質問に、アルゴ先生は高いテンションのままいつも通りに答える。
けれどその内側に、驚愕の感情が見えたのは気のせいだろうか。
「まぁ、私は片目を持っていかれることもなく、だからねぇ」
あれから何度確認しても、私の中のなにかが半分になっているような感覚は無い。
レリックの傘も特に変わりなく、転移の機能も普段通り使える。
なにも奪われないというのも困惑を助長するものであり、丁度センセーになにが変わったか聞きに行こうか迷っていたところだった。
「というわけで、ククツミちゃんおかえりなさいなのです!ガーデンからの支給品なのです!」
ともあれ、ひとしきり観察し終えたのであろうアルゴ先生は唐突に、私に鍵をひとつ渡した。
支給品と言っていたが、鍵だけである。
支給品といえば制服やカバン、基本的な教科書やノートといったものだろう。
そういったものは支給されないのか、はたまたその鍵の部屋に置いてあるのか。
「この鍵は……どこの部屋の鍵になるのですか?私は……5期生、いえ6期生になるのでしょうか……」
1週間前に新入生が入ってきたことで、寮生は6期生まで増えた。私と私はバラバラになってしまうのだろうか。
そんな不安を察したようで、アルゴ先生は小さな身体で手を大きく広げ、身振り手振りを使って説明する。
「この鍵はククツミさんの部屋の鍵なのです。ガーデンはキミたちを同一人物として扱うようなのです。だからククツミちゃんには部屋も、ミッションも、ナイトガーデンカードも与えられませんなのです。つまりキミも0期生なのですよ!」
これには私たちも、そしてシャロンくんも目を見合わせた。
つまり、支給品は鍵以外は無い。
新入生として入学するわけではない。
ただ、『ククツミ』という個体がふたつある。
同一複数個体という存在。
そういったものとして、ガーデンは認識するようだった。
「同一人物……そういえば、欠けていたものもそのままですね……?」
私は首を傾げる。
人格が分かれたリラくんと彼であっても、彼が最終ミッションを果たしたなら『欠けたもの』はあったはずだろう。
だというのに、それすらも同じ。
本当に、寸分も違わぬ同じ身体を持っている。
いわばそれが代償というものだろう。
ふたつがひとつで認識される。
それならばひとつが欠けても、ガーデンからはなんら問題がない。
いわゆる『ガーデンからの存在証明』がどちらもあってどちらもない存在。
「それは……」
私も同じ考えに至ったようで、言葉を濁す。
私が口を開くと同時に。
「……つまり、どっちも『ククツミ』だから好きに過ごせ、ってこと?」
シャロンくんの、とても楽観的な発言が飛んできた。
「まぁ、つまりはそういうことなのですよ!」
「部屋もククツミさんが2部屋使いたいって許可もらえばいいだけだし、ナイトガーデンカードも確か再発行できたよな?」
「ナイトガーデンカードは発行できるはずなのです。その辺りは詐欺AIに詳しく聞いてくださいなのです!」
「……アルゴさん、バグちゃんのこと詐欺AIって言うのか。ま、まあとにかく、バグちゃんのフィルム化をなんとかしないとってか」
私と私を置いて、話はトントン拍子に進んでいく。
「そうそう、今からすぐに10人分の空き部屋使用許可を貰うのも大変だと思うので、オレちゃんの部屋使っても良いなのですよ!」
私と私は目を丸くした。
それは願ったり叶ったりというものだろう。
「ククツミちゃんがそれで良ければ、オレちゃんは別の空き部屋に移りますなのです。オレちゃんの荷物を移し終わったら、またククツミちゃんに鍵を渡しに行くなのですよ!」
「は、はい。お願いします……」
同一複数個体であったとしても別の個体であるからして、部屋まで同じとなるといつか息苦しくなってしまうだろう。
そういった懸念事項を払拭してもらえたおかげで、私たちはだいぶ先を見通しやすくなった。
「……アルゴ先生、なにからなにまでありがとうございます」
私はアルゴ先生にお辞儀をする。
その様子を見て、アルゴ先生はにっこりと笑って。
「今度美味しいラーメンご馳走様してくださいなのです!」
「……ふふ、はい。もちろん」
そんな約束を取り付けて、どこかへ去っていった。
「……なんだか、嵐みたいなお方ですね」
ドタバタと忙しなかったが、あれがアルゴ先生なりの歓迎方法なのであろう。
アルゴ先生は今日もまた、イヌイくんとの我慢比べを続けるのだろうか。
「まぁ、おかげで私たちのガーデンでの立ち位置もよく分かったし。来てくれてありがたかったよ」
同一複数個体。
私と私は、同じであって、違う存在。
欠けたものも、選んだものも。
失ってきたものも、得てきたものも。
これからまた私と私は別の思考を持って、それでいて同じ存在として生きるのだろう。
私と私は、『ククツミ』だから。
「……さてと。その……できれば今日は、寮の皆さんにお会いしたいですね。……私も、いますよ、と……」
「そうだね。こうやって、ふたりで居るのを見てもらいたいかな。寮のリビングでもいいし、学園祭の出店を見て回るのでもいいし……」
ぐぅ。
さて。腹が鳴ったのは、私と私、どっちだろうか。
「……朝ごはんがてら、出店に行っとく?」
「……そ、そうしましょうか」
「……そうだね、行こうか」
私と私はどちらから言うでもなく、暑い顔をぱたぱたと仰ぎながら階段を降りる。
「ククツ………あ、呼び名は二人とも"ククツミ"でいいのかい?俺はまだほら、さんとちゃんで分けてたけどさ?」
「そういえばそうですね……ヒマノさんは私のこともククツミさんと呼んでくださりましたし……」
そういえばその問題があった。
ククツミ、のうちのどこかは残しておくとして。
ふたりを呼び分ける特徴としてあげるなら、なにがあるだろうか。
「……クク……んー……」
「名前は、そのままで居たいので……呼び分ける際の呼び方ですよね……」
存在として、どちらも『ククツミ』である。
その上で、ふたりの呼び名を考えるなら。
「……フユ」
「?」
「フユツミ……とかどうかな」
「……ふふ、そしたら私はアキツミですね」
理由は私……私にも伝わったようで、私たちはいたずらを思いついたようにふたりで笑う。
「なんで????」
シャロンくんは、前よりも思ったことをそのまま話すようになったのだろう。
シンプルな疑問符が浮かぶシャロンくんに、私たちは笑いかけながら。
「私が」
「私が」
「ワガママを叶えてもらった場所だからね」
「約束を叶えていただいた場所ですので」
「……ははっ、やっぱりふたりとも"ククツミ"だね、息ぴったりじゃないか」
そうして、私たちが呼び名を決め終えて寮を出たところで。
「たーーすけてせんぱーーーーーい!!!」
だいぶ前に聞いた声と同じ、いや前より少し大きい声が聞こえる。
見れば、グラウンドの出店を縫って駆け回る犬2匹と、それに引きずり回されるドールの影がひとつ。
「コッペ」
「ころもちさん」
「「おいで」」
その声は、ふわりと。
からころと。
犬2匹の耳に届いたようで、グラウンドからグンッと勢いよくこちらに向かってくる。
コッペを、私がキャッチして。
ころもちを、私がキャッチして。
慣性の法則で吹っ飛んだロベルトくんが、帰ってくると。
「……ゑ?」
そんな、どこから出すのか分からない声をあげて。
「……お帰りなさい?」
結局、その言葉に帰結するものだから。
「ただいま、ロベルトくん」
「ただいま、ロベルトさん」
私たちの、最大限のただいまを。
これから、たくさんの子に伝えていくのだろう。
ただいま。
これからも、私たちは箱庭で生きていく。
#ガーデン・ドール
#ガーデン・ドール作品
【企画運営】
トロメニカ・ブルブロさん
サムネ
illustration by @V_azami8741
Special thanks 『ククツミ』の物語を支え続けてくださった、企画者様、参加者様。作品に触れてくださった、全ての皆様。