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真紅、未だ止まず。【交流創作企画#ガーデン・ドール】


不穏な描写がいっぱいあるよ‪。




ぽたり。

ぽたぽた。

ぐちゃり。

ぼたぼた。

ぼとり。

「ひっ……!」

脳内を掻きむしるような不快な音と共にククツミは飛び起きる。
しかし周りを見渡せど音の出どころは無く、それが自身の夢であることを理解した。

「……ぅ、あ……」

真夜中に目が覚めた主人を気遣うように、バンクは寝ぼけ眼でククツミの手に触れる。

「……バンク、さん……」

その小さな手を握り、ククツミはようやく長く深いため息をついた。

「ごめん、なさい……夢で……」

ククツミが謝罪をするが、バンクは首を振ってペチペチと手を叩く。
謝罪は不要だと言っているようであり、ククツミの頬に少しだけ笑みが戻った。

「……まだ、私は……迷っているのですね……」

悪夢に魘されるようになったキッカケは分かりきっていた。

「グロウ先生……」

教育実習生であるグロウとのお別れ会を済ませ、正式な教師として戻ってくると約束したグロウであったが、その次の日から現れた存在はマギアビースト『煌煌魔機構獣』であった。

それは。

彼は。

そうであるならば。

◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️この情報にはプロテクトがかかっていますのであれば。

ククツミは6月6日にヤクノジ、リラ、レオと共にマギアビーストへ出撃した時の様子を思い出す。

共有された情報を頼りに、飴を触れさせることで進展があるならばとククツミは自身が持つ飴を全て触れさせた。
アザミから託された飴に関しては反応が無かったため、おそらくグロウからもらった本人からでないと意味がないのであろう。

とはいえ、ククツミの手元に残っているのは包み紙の中で粉々に砕けきった飴玉が3つ。

悲哀、驚愕、幸喜。

悲哀。

それは最愛を失った日。

最愛の最期の記憶が無かった日。

「……それ、でも……!」

無意に布団に叩きつけられた片手は、ぼふりと音を立てるだけ。
バンクが驚きに目を見開き、ククツミの肩まで登って頬を叩いた。

「……あ、その……ごめ……」

またもや謝罪を遮られるが、ククツミの心は罪悪感に耐えきれない。

「……思い出したい、と……思い出したくない、が……まだ……」

一度は他の事に目を逸らし、特に他の魔法についての知識を増やすことを念頭において過ごしていた。
なるべく他の事を考え、他の活用方法を見出そうとし、他の趣味をひとつずつ埋めていった。

グロウに今までの怒りを伝え、その件に関しては溜飲が下がったとはいえ。
やはり心に残るのは、あの日のことであった。

「……っ、……!」

全て忘れ去りたかった。
全てを無かったことにしたかった。
けれどそれは怒りの対象と同じ愚行である。
何事もなかったかのように過ごすのか?
全てに蓋を閉めて仕舞うのか?
それは逃げか?
逃避か?逃亡か?
それは。

「だから、って……!」

ククツミは一度捨て去ろうとした選択肢を、捨てきれないままであった。

「だからって、シャロンさんを……!」

ククツミはベッドから降り、手に馴染む得物を震える手で無理やり掴み、部屋の中心に自身を囲う結界奇跡を展開する。

魔力の7割を消費し、1時間だけ外界からの干渉を全て拒絶する奇跡。
ベッドも、机も、本棚も何も手が届かない結界の中でククツミはうずくまる。

これでいい。
1時間だけでいい。
その間に深い眠りについてしまえと、疲弊したククツミは自己を呪う。

これでいい。
自身が外に出なければいい。
これで、誰も傷つけることは無い。
誰も入ることのできないその檻は、自己を縛りつけるには充分だった。

外側から、結界がトントンと叩かれる。外に放られたバンクは寂しそうな顔で、布団を結界に押しつけながらククツミを見つめていた。

「……ごめん、なさい……今、だけは……」

何度も謝罪の言葉が口に出てしまう。
それでも今は、こうでもしていないと自分を保つことができなかった。

「……血の、雨……」

目をつぶれば、また音が蘇る。
いつでも得物を振るえるように片手で握りしめ、もう片方の手で膝を抱えて冷たい床で横になる。

「……傷つけたく、ありません……」

センセーに聞くところによれば、血の雨というものは滴る程度の深い傷であれば良いとのことだった。
もちろん決闘でなくても良い。
殺さなくたって良い。
すぐに包帯や蘇生奇跡で治してしまっても良い。
ただククツミが他のドールの血の雨を降らせれば良い。
とても単純なものである。

そもそもドールは死なない。

何度も殺し合いをしてきた。

何度も何度も何度も何度も。

だから。

「……だから傷つけていい、は……違うでしょう……!」

たくさん殺してきた自分が、言えることではない。
分かっていた。
ククツミは、自分が自分自身のために他者を殺し続けていたことを知っている。

それが欠けていた自分であった。
それが思い出した自分であった。

「それでも……選ぶのは、わたくしです……」

全て、忘れて。
何事もない日々を過ごそう。

このまま。
まだ習得していない魔法や魔術だってある。
魔法の練習をしていこうか。
まだ行っていない場所もたくさんある。
知らない知識があるはずだ。
バグちゃんポイントだってフルーツビースト退治でたくさんもらったはずだ。
今まで買えなかったものだって買える。

たくさん料理を作ろうか。
和菓子も作ってみんなに振る舞おう。
寮のキッチンに入り浸って、寮の生徒と交流を深めるだけでも時間は溶けていくだろう。
0期生でまたゲームセンターに行ってもいい。
飼育委員としてやることもたくさんある。
部活動に勤しんでも良い。
アイススケート部を設立する夢だって。

ほら、なんだってある。

だから、あれは。

あれは、瑣末なこと。

だから。

だから。


殺せばいいのに。


「ちがっ……!!」

ククツミは自身の腕に思い切り噛みついた。
しかしそれでも抗えない欲求はククツミの心の中でうごめき続ける。

それは欠けたものと同じような、取り戻したいという欲望。

本来の欠けたものに関しては、ククツミにとってそこまで欲求の激しいものでは無かった。
現状に満足し、現状の平和を保ち、現状の幸せを掴んでいた。

だからこそ欠けたものに対して取り戻したい気持ちはありつつも、現状と天秤にかけた上でそれが欠けたものに傾くことは今までなかった。

だというのに。 

ククツミの天秤は今、揺れ動いている。

「……思い出したって、きっと……つらいだけでしょう……それは……分かっているんです……」

欲望。
殺せば、知りたい真実が手に入る。

「忘れましょう……忘れてください……!」

渇望。
殺せば、この不安は解消される。

「それで良いんです、それで……」

願望。
殺せば、自分を守れる。

「どうして……あの日の記憶がないのですか……」

辿りつきたくない答えが、喉元に迫り上がる。

「私は……」

「コアを……」

捧げたのだろうか。
奪われたのだろうか。

それは本望だったのだろうか。

私の中の私だけを見るあの瞳に、私は。

自分のコアを捧げて良いと、心の底から思えたのだろうか。

「あぁ……私は……」

「好きな方を……疑いの目で見ていることが、苦しいのですね……」

自身が最愛のコアを飲み込んだだけであれば。
自分がしでかしてしまった罪の重さだけを背負って過ごすだけであれば、そのまま生きていられただろう。

失ったモノの重さを知るたびに、あの日の自分を呪いながら、それでも生きていけただろう。

けれど。

ククツミに記憶が無く、そしてククツミの人格に変化がないのであれば。
『その後の選択肢』を選ぶ猶予が×××にあったということであれば。

そうであれば。

どちらが、先だったのか。

「……知りたい、ですよ……」

知りたい。
理解したい。

自分の欠けたものを。
自分の欠けた記憶を。

そのために。
そのためには。

このドールは。
この身体は。

ククツミは。
血の雨を降らせる程度で、止まるわけがない。

「今は……マギアビーストが、先ですね……」

まだ結界奇跡の持続時間はある。

ククツミは瞼が重くなることを感じながら、今できることに思考を巡らせた。

今は、マギアビーストを。
煌煌魔機構獣を。

まだ今後の予定はたくさんあるはずだ。
一連の事態が落ち着けば、新しい教師AIの歓迎会もすることになるだろう。
まだ、何事もない日常を過ごしていける。

それから。

それから。

それが終わったら。

それが終わったら?



砕けた飴が、目に映る。

赤い雨が、ククツミの心を蝕む。


「グロウ先生……今の貴方なら……どれを選ぶのですか……」


雨は、もうすぐ。



「どの道が……正しいというのですか……」



もうすぐ、止んでしまうことだろう。



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