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【小話】宵の宴に月を呑む

幾度目かの月見酒、ひとつだけの月を見る。

日頃仲良くさせていただいている吾々ロカさん(@Vloca_anoma )へお渡しした、1周年のお祝い品です。許可をいただいてこちらにも。比較的長めの文章、飯テロもあります。ご注意下さいませ。※全て二次創作です
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月を見上げたのは、これで何度目だろうか。

ふと、そんなことを考える。日毎、太陽の眩しさに目を細め、雨の騒がしさに身を委ね。忙しない世の中で、幾度忘れかけようと。音も立てずに在る月を見上げることで、そこに在ることを何度も思い出すのだろう。

「……ここからの月は、お気に召したんで?」
ゆるりと、声が届く。それは、草庵の縁側と台所を繋いでいる障子の向こうから。

「えぇ。良い場所ですね。木々が涼やかに揺らいで、月は美しく弧を描いていて。素敵ですよ」
「今日はあいにく、新月と三日月の間の、とてもとてもほっそい月ですけどねぇ」
「まぁ、在るだけ良いではないですか」

一昨日が新月だったようで、今日の月は辺りを照らすほどの光は持ち合わせていない。しかし縁側から見る庭は、ほのかに明るさを帯びている。よく見れば、それは多くの生命の輝きであった。

「蛍の時期は、もう過ぎていたと思いましたが……美しいですね」
「此処は標高が高くてちょっと涼しいので、季節外れのものはしょっちゅうですよ。……あ。この障子、開けてもらってもよろしいです?」

手が塞がっているのか、向こうの相手はそう願う。ふたつ返事で了承して、縁側から腰を上げた。障子を開けると、その手に持った物の香りが香ばしく鮮やかに、鼻腔をくすぐった。

「おぉ……」
「開けた場所で立ち止まられると動けないんですけど……聞いてます?」
「……これは失敬、どうぞどうぞ」

意外と私は、美味しいものに心を奪われやすいらしい。道を開けると、草庵の家主は盆上にある夕餉の皿をふたつ綺麗に並べ、ぐらすをふたつ置いた。大きい酒瓶を間に置き、準備完了と言うようにこちらを見上げる。

「ロカさん。どうぞ、お座り下さいな」
「ありがとうございます、ツミハさん。では、お言葉に甘えて」

吾々ロカ、それが私の名前であって。彼か彼女か分からない目の前の家主は、しらさやツミハという名前がある。本当に、それだけの。ただただ、小さく僅かな繋がりに、居心地の良さを感じるのは我ながら不思議なことである。

横に並び、間には良い香りのする夕餉が。綺麗に三角の形で盛り付けられたそれは、いわゆる五目おにぎりと呼ばれるものであった。

「縁側で食べたいというものだから、食べやすいようにおにぎりにしてみましたよ。酒のアテとして、少し濃いめの味付けで」
「本当に、なんでも作れますね……」
「作りたいものしか作らない性分ですけどね」
ふふ、と笑いながら家主は言う。作りたい時に作りたいものを作れる技量だけでも随分なことに思えるが、当の本人は気づいていないようである。

「そうそう。知人に焼酎を頼んだら、だいぶ高級な物が渡されましてね。西洋のように樽で熟成させるんだとか。麦焼酎ですがお口に合わなければ、いつもの芋焼酎に変えますよ」
家主が酒瓶を支える。古紙に英字をあしらった、くらしかるなでざいんの酒瓶は、焼酎でありながら洋酒に近い、厳かな重厚感を醸し出していた。

「ありがとうございます、大丈夫ですよ。……美しい琥珀色ですね。熟成されると、こうも香りが違うものですか……」
とくとくと、氷の入ったぐらすに注がれる焼酎を見て、感嘆の声をあげる。お互いに注いだ琥珀色は、月と蛍の光を浴びて強く煌めいていた。

「樽だからオークとシガーと……。ウイスキーに近いからだいぶ度数が高そうな。ゆっくり氷を溶かして呑みましょうかね。夜は長いですし」
「そうですね。まぁ、まずはひとくち」
「では、いただきましょうか」

乾杯、と小さな音が鳴る。

ほんの少し口に含んだだけで、麦の風味が幾重にも重なり、複雑でありながら柔らかな、まろやかな味わいが広がる。こちらとしては丁度良かったのだが、家主にとっては強かったようで少しだけ眉が上がった。氷が溶けるようにくるくると回しながら、不思議そうにこちらを見る。
「……ロカさんは大丈夫です?」
「えぇ、美味しいですよ」

家主は驚きが混じった顔に変わる。最初は冷静でくーるな印象だったのだが、今では家主の感情の機微は、見れば誰しも分かることだろう。

「では、こちらのほうもいただきますね」
「どうぞ。土鍋で炊いた自信作ですよ」

三角になった五目おこわを口に含む。にんじん、ごぼう、干し椎茸、油揚げ、こんにゃく。柔らかい鶏肉に、ほのかに香るみりんの甘さ。

様々な食材による色味豊かなおにぎりは、醤油で綺麗に色づいた米をいっそう引き立たせている。

炊いて少し時間が置かれたとはいえ、その小さな温もりは、夏の終わりが近づき少し肌寒くも感じる今宵の宴には丁度良かった。

「これくらいの時期には縁側で食べるのも良いですね。暦の上では秋ですし」
考えていることが顔に出ていたのか、家主は心の声に相槌を打つ。暑さのせいか髪が手元にかかるのが億劫なのか、白い横髪を耳にかけており、珍しく色白の耳が露わになっていた。

「そうですね、時が経つのは早いもので」
「……そういえばそろそろ、最初にあげた最中の季節になるんですね」

最初にあげた最中というものは、初めて私がこの家主と出会った時の話である。今でこそ私がこちらの草庵に来ることが多いが、きっかけは家主から社への来訪であった。つい最近のように思えていたが、意外と随分、時が流れているようだ。


まだ雪の出番だと、意気揚々と寒さが降りしきっていた頃。いつものように社にいた私は、珍しく人が雪を踏む音を聞いた。山奥に茂る木々をくぐり抜け、人の跡が風雨に流された小道の先。

「まさか、違う山に辿り着くとはねぇ……」

ひとり愚痴るその音の主は、かなり突飛な出立ちをしていた。和風かといえば和風だけでもなく、洋風かといえば洋風だけでもなく。厚手の羽織で寒さは凌げているようだが、肩の上には小さなうさぎまで。周りを見渡し、目に入ったこちらの社に近づいてくる。

「……お社にしては……」
それ以上は言わぬが仏と察したのか、その人物は社に薄く積もっていた雪を払い落とした。

数刻ほど、その人物は折れて社にもたれかかった木の枝を取り除いて加工し、社の朽ちかけた柱と取り替えるなどの作業をしていた。……なぜ工具箱を持っていたのかは皆目検討がつかないが、てきぱきとこなす姿を見る限り、随分と手慣れているらしい。

ある程度修理して満足したのか、工具を片付け黙々と辺り一面を小綺麗にした後、その人物はこちらを振り返った。

「……手持ちがこれしかないので、貢ぎ物としては見劣りしそうですが。甘いものがお好きであれば、どうぞ食べてみて下さいませ」

そう言って、ちいさな包みを社に置いて。また雪が積もった小道を下りていく。

その背中を見送りながら、気づかれないように供えていたものを手に取った。包みを開くと、そこには小さな最中が。乾いた最中生地の、サクリという音。餡の甘さが、冷えた身体に染み渡る。

「……美味しい、ですね」
その声を、どこかのうさぎだけは聞き取っていたようだった。


「最中の月は9月以降ですからね。まぁ、あの時はすぐにしっかりいただきましたのでご安心を」

ふと回想に浸りつつ、言葉を返す。その後、縁を辿ってみればこちらの草庵に着いていた。

あの時、最中を頂いた者です。と応じた際の家主の顔ときたら。真剣に修理していたことを、他者に見られていたとは思いもよらなかったらしい。

「……ロカさん意外と食い意地はってます?」
こちらが思い出し笑いをしていることに気付いたのか、家主はこちらをじとっと見つめる。

「心のこもったものは、それが手料理であろうとなかろうと格別に美味しいものですからね。ツミハさんの料理も、いつもとても美味しいですよ」

「……おにぎりまだあるんで、あとで持ち帰れるように包んでおきますね」
「おや、ありがとうございます」

ふいっと視線と顔を逸らし、口元に手を当てるツミハさん。それが照れている顔を隠すためだと知ってから、耳の赤さだけは隠せていないことは指摘せずに楽しむことにしている。


「……それで?なんで今日は事前に予定を組んでまで晩酌をしたかったのです?」

家主は、話を変えるように。ほんの少し揺らいだ夜の帳に、一粒の雫を落とし込む。

「なぜでしょうね。なんとなく今日の夜は、誰かと呑み明かしたいと思ったのですよ」


「……誰か、居てほしい人が居たんです?」

「さぁ……そんなような、気がしただけです」

今宵、何度目か分からない程に月を見上げる。

ふと、月に手を伸ばした。月は、何度こちらを見据えているのだろうか。あの月は、幾星霜の彼方から、幾億度とこちらを見ているのだろうか。

瞳を閉じる。

……今、私は。誰を想っているのでしょうね。



瞳を閉じた彼の姿を見て、綺麗だと思い、美しいと思う反面。……すえ恐ろしい、とも思う。

黒で覆われた彼の、瞳に被さる長い睫毛の先だけにある、透き通るような白。それは幾度見ても、こちらには離別の謡が滲むものにしか見えなかった。

お互い、過去は知らない。そもそも彼の場合は自身の過去もおそらく知らないのであろう。おぼろげな、記憶の欠片に。何を見ているのだろうか。

……何があって、誰が居て、誰が居たかは霞の向こう。それで終いのものとはいえ、今の彼を霞の向こうへ連れ攫われては、たまったものではない。

「最中の月の……次の日に、ロカさんの社に渡しに行きましょうかね、最中」

ぼそりと呟いた言葉は、しっかりと狐耳に届いていたようで。目を開けたロカさんは、軽く口を開けた。

「それは、随分と……十六夜の月が、困惑しそうなことをしますね、ツミハさん」

お互い、楽しいイタズラを思いついたように笑って。一年と少し先の約束まで取り付けて。グラスを傾け、蛍を見つめ。あとはお互い、夜が更けるまで酔い明かしましょうと。

これからも、貴方に良いことがありますように。

……月を写したグラスの氷が、カラリと音を立てて揺れた。



(2022/8/29)  宵の宴に月を呑む 了
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【あとがき】

ここまで読んで下さり、ありがとうございました。夜更けに飯テロと晩酌をする2人が見たい、という勝手な二次創作です。8時間ほどぶっ続けで書いていたらカタチになりました。なぜ。

改めて。吾々ロカさん、活動1周年おめでとうございます。どうか体調にはお気をつけて、これからもロカさんが好きなことを、好きなだけ楽しく遊んで過ごしていただければと思います。V仲間として、ファンとして。どうか見守らせて下さいませ。

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