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それは、全てを溶かす泥の雨。【交流創作企画#ガーデン・ドール】


4月の話。

遺された者の話。


【B.M.1424 4月3日 10時】

グラウンドの真ん中に立つシキ。
シキの傍にはセンセーの端末が浮いている。

生徒達は強制的にグラウンド端に集められていた。

見えない壁があるようで生徒達はシキやセンセーには近寄れない。キミ達の背後はセンセーの端末が取り囲っている。まるで逃げ場はないというように。

「シキさんの廃棄処分が決定されました。今回は皆さんに見届けていただきたいと思います」

センセーの端末から無機質な声が発せられる。
生徒達はその場から動けないことに気付くだろう。

センセーからシキが何か小粒のものが入った小皿を受け取る。
シキは座る。

「ハハ……ハハハ……あぁ……良い生涯だったな……」

そうしてそれを飲み込む。そしてセンセーに向かって小皿を投げる。センセーに当たった小皿は粉々に砕け散った。

その瞬間、シキの体はどろどろに溶けていく。

角が、肌が、骨が溶けていく。

そしてシキは跡形もなく消えてしまった。

シキが着ていた緑色の制服だけが地面に落ちている。

「ガーデンにとって不都合な生徒はこうなります。ガーデンはキミ達が優等生であることを願っています」

センセーは何事もなかったかのように言い放ち、キミ達の前から立ち去る。センセーが完全にいなくなると、ようやくキミ達は動けるようになる。

誰も拾わなければシキの制服は風に飛ばされてどこかに行くだろう。

[知恵の種を願いに、『かみ』のもとへ]

親友が求めていた『知識』

[該当ドールは廃棄されました]

想い人の最期である『廃棄』

[最終ミッション達成おめでとうございます]

全てを知り、そして欠け崩れた『嚥下』

【B.M.1424 4月3日 12時頃】

雨が降り始める。
気候が穏やかなガーデンでは珍しい土砂降りだ。
雨は翌朝まで降り続けるだろう。


狂えるほどの『雨の音』






そんなものが重なってしまえば。

強制的に、余すところなく見せつけられてしまえば。

理解させられてしまえば。


気を失うこと以外、できる訳がないだろう。












飲み込む。

溶ける。

飲み込む。

溶ける。

飲み込む。溶ける。

飲み込む。溶ける。飲み込む。溶ける。飲み込む。溶ける。飲み込む。溶ける。飲み込む。溶ける。飲み込む。溶ける。飲み込む。溶ける。飲み込む。溶ける。飲み込む。溶ける。飲み込む。溶ける。飲み込む。溶ける。飲み込む。溶ける。飲み込む。溶ける。飲み込む。溶ける。飲み込む。溶ける。

どろどろに。

ぐちゃぐちゃに。

目の前で。

一人ずつ泥になっていく。

暗闇の中でも黒だと分かる泥。

降り注ぐ紅い雨が、泥と混ざり合う。




最後の1人である誰かが、小皿を持っている。

顔は黒で塗り潰され、誰かも分からない。

けれど、大切な。

消えてほしくない誰かであることは、確かで。


「ぁ……」

一歩。

ようやく動かせたその足に泥が絡みつき、身体ごと地に伏せられる。

「嫌……、やめ……」

赤くて黒い水たまりは、耳元で笑い出す。

雨のように、ザアザアと。


それを飲んではいけない。


それを知ってはいけない。


それを選んではいけない。


うつ伏せのまま顔をあげ、誰かに手を伸ばす。


届かない。

届かない。

届かない。



ふと。


誰かの手が止まる。

口元に傾けた小皿が止まる。

あぁ、良かった。


そう思った。



誰かが近づいてくる。


こちらの前でしゃがみ込む。

そして、そのまま。

小皿を。


こちらに傾けて。




傾けて。








傾けて。










雨はまだ、止まない。










B.M.1424、4月5日。

「……いっ、うぁ……ぅぐ……」

ククツミがシキの公開廃棄を見たショックで昏倒してから、丸2日が経っていた。ベッドの横に座り込んで仮眠をとっていたレオだったが、今までと明らかに違う呻き声にバッと振り返る。

ククツミは眉間に皺を寄せて苦しげな息を吐き、真っ青な顔で酷くうなされていた。コアのある胸元を上から強く押さえつけ、服を握りしめる右手は震え続けている。

その手の緊張を和らげようとレオが触れるが、ククツミは逆に怯えて逃げるように体を捩る。悲鳴に近い声を上げながら首を振り、全てを拒絶するようにレオの腕を跳ね除ける。

「ぅ……あ、ぅ……いや……ぁあ……!」

「ククツミ……!」

ククツミの左手が、ククツミ自身の喉笛を掴もうとする。加減なく、容赦なく、引きちぎりそうな勢いで。咄嗟にレオは自身の右腕を掴ませた。ククツミの爪がレオの腕に、深く深く突き刺さる。

「……大丈夫だ、ククツミ。それは、夢だ。……戻ってこい、ククツミ」

レオはククツミの眉根を優しく撫でて、額にへばりついた髪を横に払う。

「……ぅ……ぁ……」

「……ククツミ。大丈夫だ」

レオが名を呼ぶたびに、撫でるたびに、少しずつククツミの息がゆっくりと、そして深くなっていく。

それから少ししてククツミの瞼が開き、そして眩しそうに目を細めた。



「……れ、お……さ……」

「……俺なら、ここにいる」

焦点の合わない赤と金の瞳を、紫と金の瞳が見つめる。

「しゃろ、さん……は……」

「シャロンも生きている。大丈夫だ」

他者の安否を最初に心配するククツミに、レオは聞き取りやすいようにとゆっくりと返事をする。

「ろべ……げほっ……」

「無理して喋らなくていい。……ロベルト、リラ、ヤクノジ、ヒマノ、アザミ、カガリ、リツ……他にも、ちゃんといる。だから」

「……シキ、さん、は……?」

「……。」

シキは。

「×××さん……は……?」

「………。」

あいつは。

「それ、は……ゆめでは、ないのです、ね……」

「……夢じゃ、ない」

絞り出すように、けれどはっきりとレオは答える。嘘をつくことは、いくらでもできた。はぐらかすことも、事実から目を逸らし、蓋をし続けることもできた。しかし。

「俺は、嘘を付かない」

「それがお前に対して……、………酷い、現実であっても」

レオは歯を食いしばりながら、そう答えた。

「……ふふ。ほん、とうに……ひどいもの、ですね……」

レオの手を借りて身体を起こしたククツミは、これまでのことを思い出しながら自虐的に笑う。

「……起こったことは、現実だ」

ククツミに降りかかった現実は、いくつあるというのだろう。

「消えない傷になってしまっても、それを持って生きていくしかない」

「………それが残った側ができる、記憶ことだと思う」

「残った側……」

遺された傷は。
あまりにも鋭利で、あまりにも深く。

それでも。遺された側は、生きていくしかないのであれば。


この傷は、傷以外の何者にもならないだろう。




目を瞑って静かに俯いたククツミに、レオはそんな顔をさせてしまった自身の不甲斐なさに顔を顰める。なにか。なにかないだろうか。

なにか。

遺された側が、できることは。

「……残った側だけが、できることもある」

「……?」

顔をあげたククツミを見て、レオは笑う。

ニヤッと、あの笑い方をする。

“ククツミ”に向けた、あの笑い方を。

「これからの記憶を作ること、だ。……行くぞ」

そう言ってレオは立ち上がり、有無を言わさずにククツミを姫抱きする。

「……え、あの……?え?」

「バンク、お前も来い」

急激な浮遊感にされるがままのククツミと、レオの意図を汲んで嬉しそうにひょいっとレオの肩に乗ったバンク。ひとりと1匹の固い絆に、間に挟まれたククツミは何度も目を瞬かせる。

「ちょっと、あの、レオさん?バンクさん?」

ククツミの抗議の声を軽く受け流したレオは、そのままククツミの部屋を出て寮の一階へ、そして玄関を出る。

スタスタと迷いなく進むレオの足は、学園の外へと向いていた。ククツミは姫抱きされたまま、連れて行かれること自体の抗議を諦めてから首を傾げる。

「いったい、その……どこへ……?」

「……仕立て屋」

ぼそっと呟かれた場所に、ククツミはまた首を傾げる。

「仕立て屋さん……ですか?」

「それと……」

「それと?」

レオは笑う。


「……行ってからのお楽しみ、だな」





遊園地のチケットを、二枚くれ。

4月分の遊園地チケットを2枚発行いたします。このチケットは5月末まで使えます。

いま使う。問題ない。


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【企画運営】
トロメニカ・ブルブロさん