Garden Moon【交流創作企画#ガーデン・ドール】
月は。
B.M.1424、7月6日。
日が落ちた冬エリアは、一段と寒い。
背を預けている道標の木の一部に反射魔法をかけ、次いで指先に発光魔法をかけると、その周囲は僅かながらも明かりに包まれた。
今日は新月であるようで、空を見渡しても一面の黒だけである。
機構魔機構獣の影響か、先日から星すらも見えなくなってしまった。
私は冷たくなったシャロンくんの身体を抱きしめながら、それが来るまで静かに待つ。
ふと見れば、見知った金色の目をしたドールが近くの木の下に佇んでいて。
いつから見ていたのだろうか、からころと鳴る鈴の音がこちらにも届いた。
[ミッション達成おめでとうございます]
虚空からセンセーの端末が出現し、無機質な音声が流れる。
私がこうしたのは、最終ミッション到達後に追加された、とあるミッションを達成するためだった。
こうすれば、私が思いついたことができるかもしれない。
本当に、それだけの。
確証がないことのために、私は。
待ち侘びていたセンセーはすぐさまシャロンくんを回収して帰ろうとするものだから、私は言葉で呼び止めた。
「『センセー』……ミッション達成ついでに、ひとつ、お願いしたいんですけど」
センセーの端末が行動をやめ、こちらを向く。
からころ、からころ。
選択。
奇跡があるなら、叶えてみせてほしい。
私が選ぶ、願いは。
「……2月25日から6月22日までの、『ククツミ』の人格を」
「…………私とは別のドールとして、生み出してほしい」
向こうで、目を見張る彼が居て。
それでも私は選択を撤回することはなかった。
代償は承知の上である。
片目を取られるだろうか、身体がふたつに分かたれるだろうか。
それでも、私はワガママを選んだ。
そのまま静かに待っていると、センセーの端末からいつもと変わらない無機質な声がする。
けれど、その口調はセンセーとは程遠く。
[その子に傘はもう必要ないみたいだネ、なんせキミが傘になるみたいだからサ]
[そのためにまた雨を降らせたんダロ?]
その言葉が途切れると、黒い空からなにかがゆっくりと落ちてきた。
それは私と——『ククツミ』と瓜二つのドール。
否。
似ている、どころの話ではない。
それは、『ククツミ』というドールそのもの。
「そりゃ、まぁ」
シャロンくんと共に消えるセンセーの端末に、私は返事をする。
「雨を降らせるのが、『ククツミ』ですからね」
そして、
星も見えない黒の空から。
欠けた月が降ってきた。
あいつは、なにを願うのか。
あんなことまでして、願うものがあるのか。
からん。
騒がしさに乱れる心を落ち着かせるように、鈴の音が耳に届く。
そして聞こえたのは、あいつのとんでもない願い。
思わず呼吸が浅くなる。
そんなはずは、ない。そんな奇跡が二度も起こるものか。
だと言うのに、憎らしい言葉遣いでセンセーは告げる。
そして、空から月が堕ちてくる。
あぁ。
俺は鈴を握り締めて駆け出す。
ゆっくりと降りてきたそのドールを、俺は両手で抱きしめた。
次はもう、離さない。
「…………ククツミ。約束は守ったぞ」
私は、夢を見ていました。
それは水の中のようでした。
目を開けていないので分かりませんが、きっと周りには誰もいないことでしょう。
夢の中だからか、私は水の中でも息ができます。
こぽり、という空気の泡が私の口からこぼれました。
水の中は、意外と音が届くようで。
誰とも分からない誰かの音が、遠く遠くで聞こえます。
私は、終わりを選んだのでしょう。
終わりにしていただいたのでしょう。
だというのに、どうして。
私の身体は、浮遊感を覚えたのでしょう。
私は、どうして。
誰かに抱き寄せられた感覚で、目を開けることができたのでしょう。
「……レオ、さん……?」
私の目に映ったのは、片方の金の瞳から一筋の涙を流しながら、優しく微笑むレオさんの姿でした。
ぼんやりとした思考は、それでも寒さは感じ取れたようで。
「冬……?レオさ、片目は……?」
「ん?」
レオさんは、今まで私が見たことのないくらい優しい微笑みを浮かべて、私に上着を被せてくれました。
私は雪景色の中だというのにワンピースに裸足という姿でしたので、レオさんに抱きあげられたままの状態に落ち着きます。
けれどいったい、これはどういうことなのでしょう。
私は終わりを願うことを選んだはずでした。
おでかけと称して、秋エリアにでもと提案して。
レオさんに、私の願いを伝えるつもりでした。
どうして私は冬エリアに居て、レオさんは片目を失っていながらも、涙を流して微笑んでいるのでしょう。
私は抱えられたまま、見える範囲で周りを見渡します。
一際目立つ、大きな道標の木。
その下に座り込む、ひとりのドール。
その姿は、私と瓜二つで、
「私、が……」
身体を真っ赤に染め上げた、
「わ、わた……」
私が、おりまして。
「……なっ、にをしでかしたのですか私は???」
つい私は、素っ頓狂な声をあげてしまいました。
「……あ、そっか。私呼びだったんだね、あの日までの私は」
紅に塗れた私は、おそらくとてつもなく場違いな気づきを得て、くすりと笑います。
「いえ、その……そこではなく……。もう、なにがなん、だか……」
思考が追いつきません。
けれど、目の前にいる私がどういう存在か、私はすぐ分かりました。
だって私は、私ですから。
「どうし、て……あの日までの私、が……いるのですか……?」
あの日、シャロンさんに人格コアを飲まれ、復元を選択されずに完全な死を遂げた人格。
その私が、いま目の前にドールとして存在していて。
「どうして……ここに……私が……いるのですか……」
終わりを選び、約束を果たしていただいたはずの私が、また別のドールとして存在している。
都合の良い夢を見ているだけだと考えても、それはレオさんの温かな手に否定される。されてしまう。
座り込んでいた私は立ち上がり、こちらにゆらりと歩みを進めます。
発光魔法で照らされたその表情は、とても穏やかで。
私と同じで、私ではない顔。
あぁ。
貴方は、私なのですね。
「……シャロンくんが私の人格コアを飲んで、きみが生まれて」
「……レオくんがきみを終わりにして、私の時間を進ませて」
「……私がシャロンくんにワガママを言って、きみの時間を進ませた、かな」
ひとつひとつ、丁寧に指折り数えて。
私は経緯を説明する。
レオさんは、私を終わらせることを果たしただけでは、終わりにしなかったようでした。
私がレオさんに視線を向けると、レオさんはこちらをとても慈しむような金の瞳で見ております。
紫の瞳は、失ってしまったのでしょう。
イエロークラスにとって大切な魔力器官である、色の違う瞳を。
おそらく、とてつもなく無茶な願いのために。
とても綺麗だった、あの瞳を。
そして、私は私が赤に染まった理由にも薄々気づき始めます。
「それは……シャロンさんのもの、ですか……」
「そうだね。シャロンくんはセンセーが持ってっちゃったけど。今頃、新しい人格コアをセンセーが選んでるんじゃないかな」
私は首をすくめながら軽く、そして端的に現状を説明しました。
シャロンさんの、人格コアを破壊したと。
それが、いま私がいることの理由になるのだとしたら。
「シャロンさん、は……私の、せいで……」
私が視線を逸らすと、私は私にもっと近づいてから首を振りました。
「いいや、私のワガママのせいだよ」
そして、私を見つめます。
「……私が、きみに会ってみたかった」
同じ、紅と金の瞳が。
たったひとつのワガママを口にする。
「それだけだよ」
それだけのために。
たったそれだけの、細く脆い糸の先にあるような。
奇跡のために。
……ずるい。
「……ずるい、ずるい……」
「……貴方のせいで、私は……」
「私は……あんなにも、振り回されたというのに……」
口からこぼれてしまうのは、ずるいという言葉。
私を置いて、私に全てを投げ捨てて。
親友のために生き抜いた貴方が、羨ましかった。
「……そうだね」
……ずるい。
「私が、約束として……レオさんに、つらいことを……願って……」
「……終わらせて、下さったのに……」
私が選んだ約束は、貴方に否定されて。
止まっていた時間を、勝手に進ませられて。
「……そうだね」
……ずるい。
「シャロンさん、も……そうやって……傷つけ、て……」
私に会うためだけに、シャロンさんを。
親友のコアを破壊するなんていう、貴方が1番傷つくことをして。
「……でも」
「本当に、勝手な、ことなのに」
私は、涙が止まらなくて。
「……今、私が」
「此処に居ることが、嬉しくて」
「……私は、ずるいですね……」
どれくらい経ったのでしょう。
クシュッ。
泣き腫らした私のくしゃみで、おふたりはこちらを見つめます。
流石に身体が冷えてきてしまいました。
「……そろそろ寮に戻ろうか。明日、シャロンくんにも会えるだろうからね」
私の言葉に、私は不安に思ってしまって。
明日のシャロンさんは、人格が変わっているのでしょう。
私が感じたような、昨日までの私が私でないような感覚を、覚えてしまうのではないのでしょうか。
その翳りをレオさんに見抜かれてしまって、レオさんは私をギュッと抱きしめてくださります。
「あいつ…………シャロンなら大丈夫だろ。お前も良く、知ってるだろ?」
「それは……そう、ですけれど……」
スピッ
「レオくん、抱えて寮まで行ける?」
「問題ない」
そのまま歩き出すレオさんに私は慌ててしまいますが、裸足の状態では結局されるがままとなるでしょう。
雪を踏み締めるふたつの音が、静かに私の心を包み込みます。
「……その……今日は、何日ですか……?」
「7月6日の夜……もう少ししたら日付が変わって7月7日になるかな」
私が終わりを選んだ日が6月22日でしたから、ちょうど2週間でしょうか。
その間に私は、私の日記を読んだのでしょう。
私の4ヶ月の、とても長い時間を。
「皆さん、お変わりなく……?」
「バグちゃんがフィルム化した以外は変わりない、かな……」
「……え?」
フィルム化とは、どういうことでしょうか。
映写魔道具のフィルムのようなものになってしまったのでしょうか、バグちゃんが。
……なってしまうのもなのでしょうか?
「バグちゃんに連絡できなくなったことと、あと……星が観測できなくなった、とか」
そう言われて空を見上げてみれば、確かに星が全く見えません。
月も見当たらないのは、新月だからでしょうか。
「困ったことに、なっておりませんか……?」
「……機構魔機構獣、だろうな」
レオさんの言葉と同時に、雪景色が終わりを迎えます。
ふわりと暖かく感じる風に目を細めると、そこには見覚えのある温泉がありました。
「足だけでも入れて、少しあったまろうか。……私も赤いし」
温泉と言っても、それは温かい池と呼べるようなものであり、それ以外にはなにもありません。
レオさんが私を池の縁に座らせてくださり、私はそのまま湯に足を浸します。
「あたたかい……」
「……ククツミ」
「……どうしました?レオさん」
隣で胡座をかいて座ったレオさんが、こちらをジッと覗き込みます。
「……いや、なんでもない」
けれど私の声を聞くたびに、レオさんの顔が綻ぶように笑う気がして。
「レオさん……?」
何度も呼べば、何度も幸せそうに笑うものだから。
私も、じっと見つめ返してしまいます。
「その……レオさんは……私との、約束を……」
コアを飲まれた日の記憶が無くなってしまうことを、私は何度も経験しておりました。
私が終わりを願った日の記憶がないということは、つまりそういうことで。
記憶には、ありませんけれど。
「私を、終わらせて下さった……のですよね……?」
「お前の約束はちゃんと果たした。あの、秋エリアで。……まあその後、自分の我儘でこうなった訳だが」
そう言って、レオさんは自身の左目を指差します。
ひび割れたような、深い傷跡。
それは、蘇生奇跡でも治らないものでしょう。
私は、その我儘になにかを言える立場ではありません。
先に約束を願ったのは、私のほうでしたから。
それでも。
「……ありがとう、ございます」
私はレオさんの頬に手を添えて、笑いかけました。
私との約束を、果たしてくださったことに。
精一杯の、感謝を込めて。
「……ふふ。後からこんな言葉が言えるなんて、思いもしませんでした」
「俺も……また、お前に………………ククツミに会えるなんて、思ってなかった」
レオさんは、私の手に自身の手を重ねて。
「おかえり、ククツミ」
そのまま、手首にキスを落としました。
「……ふぇ?」
ただいま、と言おうとした口は変な音を出してしまいます。
それは。
記録としては知っているのですが。
私に向けられたことのない、感情のような気がして。
「……え、あ……その、レオ、さん……?」
約束を終えたレオさんは、こちらを慈しむように笑いかけます。
いえ、これは。
愛するように、でしょうか。
「……ただ、いまで……す……?」
私が首を傾げていると、一連の所作を少し離れて見ていた私が、呆れたように肩をすくめました。
「……とりあえず、ゆっくりとね?」
なにがゆっくりと、なのでしょうか。
「……それは、そのつもりだが。……約束は果たしたからな」
困惑する私をよそに、私とレオさんは話を進めていて。
困ったことに、私は。
まだまだ知らないことだらけのようです。
それから、結局私は寮に着くまでレオさんに抱えられたままで。
レオさんと一度別れた私と私は、同じ部屋に入り。
同じ部屋で、互いに日記を読み直したり。
バンクさんに泣きつかれたり。
互いの思いを、伝えたり。
それはそれは、有意義な時間を過ごし。
この日。
ふたつの月が、箱庭に降り立ち。
同じベッドで、すやすやと眠りにつきました。
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