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ガーデン・キッチン【交流創作企画#ガーデン・ドール】


たくさんの記憶。

懐かしい記憶。

知らない記憶。

これまでの、大切な記憶の話。


B.M.1424、6月23日、夜。

仕立て屋で服を選び終えた私は、シャロンと別れてひとり寮のキッチンへと足を運んでいた。

「……体感は、昨日ぶり、なんだけどなぁ。……すごく、懐かしく感じるね」

ぼそっと、誰も居ないキッチンの空気を揺らす。

体感は昨日ぶりだとしても、実際には4ヶ月分のスキマがある。
備え付けの設備は変わりないが、食材や調味料がちらほらと場所を変えていることに、私は時間の流れを改めて感じてしまった。

「日記に書いてあったのは……ここかな」

食材が冷やされている箱の中を開ければ、先日ヒマノくんとの勉強会で『昨日までの私』が作った動く雪うさぎが顔を出す。
冬エリアのマギアビーストが討伐されるまで、この箱の中にはうさぎと犬と猫の雪だるまが住むことになっていた。

私は少し撫でてから手を振って、冷気が逃げないようにと箱を閉じた。
夕飯は何を作ろうかと頭を悩ませていると、足音が近づいてくる。

「うーん、最後は突っ込みすぎましたかねえ…魔力のためたべておかないとー、あら?」

リビングに入ってきたのは、制服ではないふわりとした服装を身にまとったヒマノくんだった。

後に知ったのだが、冬エリアのマギアビーストは一筋縄では行かないようである。
向こうから攻撃はしてこないものの、こちらが近づけば迎撃を、もし懐に入れたとしても手痛いカウンターを食らうようであった。

気絶するまで体力を消耗したというヒマノくんは魔力の回復にとリビングに寄ったのだが、昨日までと違う服装であろう私に首を傾げる。

「ククツミさんー、こんばんはーですよー」

「……あ、ヒマノくん?こんばんは」

オムライスを頭に浮かべて上の空だった私は、特に気にせず応えてしまう。
それが、ヒマノくんから見れば不可思議だということを忘れて。

服が違う。
雰囲気が違う。

なにより、昨日まで『ヒマノさん』と呼んでいたはずのヒマノくんのことを、私は『ヒマノくん』と呼ぶ。

そんな状況を、どう説明したら良いのだろう。

「…あら?あららら?それにその服装…またですか?それとも…?」

けれどヒマノくんは心当たりがあるようで、混乱はしつつもこちらの様子を覗き込んで思考を巡らせた。

おそらくヒマノくんが確実に分かったことは『人格コアを壊されて人格が変わった』ことだろう。

人格コアを破壊されると今までの記憶は残るが人格だけが変わる。
趣味嗜好、好き嫌い、得意不得意。

であれば今の私はいわゆる3人目の人格であると予測するのだろう。
けれどなにかが違うというように首を傾げる。
確証に持っていけるものがなくとも、そういった違和感に気づけるのはヒマノくんだからこそだろう。

……それでも。

それであっても、ヒマノくんにとっての『ククツミ』は私であるようで。

「けふん、まあいいや。ククツミさん、その服装似合ってますね」

ヒマノくんはその疑問を端に置いて私に笑いかけ、私の服装に目を向けた。

それが、なんだかくすぐったくて。

「ふふ、ありがとう。今日仕立て屋さんに行ってきてね」

「なるほどー。相変わらずいい仕事しますねえ。仕立て屋さん。」

キッチンから一度リビングに出て、私はヒマノくんの前で自分の服を披露する。

そうしていると、リビングにドールがもうひとりやってきた。

「ククツミ先輩、ヒマノ先輩、こんばんは」

「あ、ロベルトさんこんばんはですよー」

3期生の仮面のドール、ロベルトくんである。
ヒマノくんとはアルスくんとの件で縁があり、私ともなにかと縁がある心優しき後輩は、私たちを見かけて丁寧に声をかけた。

私は、ふわりと口を開けると。


「ロベルトくん、こんばんは」


……。

「……ゑ?」




そんな素っ頓狂な声も、ロベルトくんの口から出るんだなぁ、なんて。

私は、そんな場違いなことを考えた。





「衣装替え、ですか…? じゃなくて……ククツミ先輩、今、なんて仰いました?」

私は固まったロベルトくんの前で「おーい」と手を振っていたけれど、次に出てきた質問に首を傾げる。

「……?こんばんは、とは言ったけど……いま夜だよね?」

改めて窓の外を見てみれば、日がとっぷり暮れた夜であって。

「なんか変なこと言ったかな、わたし

「……………………」

私は見たことないけれど、きっとロベルトくんは顎が外れるほど口をポカンと開けているんじゃなかろうか。

けれど長い沈黙は、ヒマノくんがキッチンで焼きそばを焼く音にかき消される。

「…あー。なるほど。違和感はそれでしたか。『また』変わったのかと思いましたが戻ってるんですねえ…ふむふむ」

本来、『また』変わっていたのであればわたしでもわたくしでもない一人称で、わたしともわたくしとも違う人格のククツミがいるはずであろう。

しかし今いる私は、一人称も、雰囲気も、仕草もふたりが知っている『ククツミさん』と同じ。

戻った、というヒマノくんの言い方はその通りであり、本来ありえないはずの『ククツミさん』がここにいるのであった。

「その、お帰りなさい?」

まだ困惑しているロベルトくんは、それでもお帰りなさいと言葉を続ける。

それを聞いて、私は笑ってしまって。

「……ただいま、ロベルトくん?」

くすり、と笑って。ロベルトくんを見た。

「……??????!!!!!!」


……遂にロベルトくんの思考が爆発したらしい。
ぼふん、と頭のあたりから煙が上がったように見えたがおそらく目の錯覚であろう。

ロベルトくんにとっては処理能力を超えた範疇の情報量だったが、流れに身を任せることの多いヒマノくんはある程度受け流しているようである。

出来上がった焼きそばを一度皿に移し、パンを蓄えている棚からコッペパンをとって切込みをいれた。

「パンと……焼きそば?」

「ええ、焼きそばパンというやつですー。多分行けると思ったのでー」

私が興味深そうに見ていると、ヒマノの手元に4つの焼きそばパンが出来上がる。

「ひとつ、いりますー?」

「ひひひひひひひひとついいいいいいいいいいただけませんか?」

ヒマノくんがロベルトくんに声をかけると、不思議な音を立ててロベルトくんは震えた手を挙げる。
……流石に驚かせすぎただろうか。

「どうぞー。はい、ククツミさんも」

「ありがとう、ヒマノくん」

三者三様の私たちはダイニングに移動し、椅子に座って同じテーブルを挟んで食べ始める。

いただきますという声が、見た目としてはいつも通りのLDKに響いた。

「……あ、美味しい」

ひとくち食べて、私は小さく声を上げる。
最初は炭水化物と炭水化物という組み合わせに首を傾げたが、ソースが絡んだ麺はコッペパンによく合った。

「うん、ソースは濃い方がおいしい、と。
あとはちゃんと水分飛ばしておいたのがよさげでしたねー」

ヒマノくんも、初めて作った組み合わせに考えを巡らせる。
パンと麵は同じようなものから出来ていても全く違う食感をしており、それらを同時に味わう感触は不思議なものであった。

「美味しい……」
ロベルトくんもパンを食しているうちに落ち着きを取り戻したようで、仮面を外さないまま綺麗に食べていた。
どうやって食べているのかは誰も預かり知らぬことである。
七不思議はいつでも増える。きっと。

「…ということはラーメンもこの要領でいけるか。焼きラーメン、というものもあるそうですしー」

ラーメン、と私は首を傾げる。
料理としては知っているがラーメンはスープや麺を作る手間が多く、自分で作ったことは今までなかった。
他の子が作っていた様子を見た覚えもない。
4ヶ月の間にラーメンのブームが来ていたのだろうか。

「あるごせんせーと今度ラーメンパン作ろうって話になってましてー」

ラーメンパン、という単語にも興味をそそられたが、私の思考が捉えたのは『あるごせんせー』という言葉だった。

「あるご……せんせい……。あぁ、新しい先生だっけ」

私は今朝見た日記の内容を思い出す。
4ヶ月分の記憶はなかなかに多いようで、6月過ぎに就任した新人教師である『アルゴ』先生を想起するには時間がかかった。

「ええ、ぐろせんせーのあとに来た新しいせんせーです。おもしろいかたですよ?」

そう言ってからヒマノくんは首を傾げる。
アルゴ先生が来た時に空き教室で質問会が開かれた時、その場に私も居たと日記にあったからであろう。

これを、知識としての記録が頭の中にあったとはいえ『昨日までの私』は1ヶ月ほど完璧に私のフリをしていたのか。
私の辛抱強さは自覚していたけれど、『昨日までの私』も随分と無茶をしたものだと思う。

私は一度目を閉じる。
今朝のやりとりを経て、これまでの経緯を偽らないと心に決めていた。
けれど誰かに伝えるのは、少し勇気がいる。

これまでの私を大切にしていた子から見れば。
私は、『昨日までの私』の居場所を奪った者だから。

「……その、わたしさ。……『昨日までの私』の時の記憶が、無くて。……あの子の日記でしか知らないことも、多いんだ」

私の言葉に、ヒマノくんとロベルトくんは手を止める。

「……アルスくんのことも。……グロウ先生のことも」

4ヶ月。
それは、とても長い時間。

アルスくんは消え、シキくんは消え。

グロウ先生も消えて。

縁のあったドールも、消えていき。

確かに『ククツミ』が生きていた時間。

“あの子”が存在していた時間。

それを、わたしは知らない。

「……今度、ゆっくり教えてくれないかな?」

私は、普通に笑えただろうか。

ふわりと、いつも通り。

わたしが知らない、“あの子”を想う。

「…ええ、もちろんです。ぼくに話せることでしたら」

「ありがとう、ヒマノくん」

ヒマノくんはアルスくんの名前を聞いて少し寂しそうな表情をしたが、すぐに戻って私に応じてくれた。

アルスくんがどうなってしまったか、それは日記で記録として知っている。
けれど、その中にヒマノくんの感情は書かれていない。
その肩に乗るハムスターのぬいぐるみに、ヒマノくんはどれだけの想いを詰め込んでいるのだろう。

「……」

反対にロベルトくんは、沈黙を保ったままだった。
その表情は、仮面で分からない。

「……ロベルトくんも、考えがまとまってからで大丈夫だからね」

私はむしろ、その無言を嬉しく思っていた。
その無言は『昨日までの私』が、ちゃんとロベルトくんの中に在るということの証明であったから。
ちゃんと想っているからこその、沈黙。

そのまま団欒の時間は進み、私たちはごちそうさまと手を合わせてから食器を洗った。
ヒマノくんが先に階段を登り、部屋に戻る。

「ククツミ先輩、あとで、お部屋に伺っても? その。色々伺いたいことがありまして」

「……ん?いいよ。……私も、ちょうどそうしたいと思っていたところだから」

「ありがとう、ございます」




場所を変えて、私の部屋にロベルトくんを勧める。
明かりをつければ、やはり私の部屋のようで私の部屋でないような、不思議な感覚に襲われてしまう。

ぱたん、と扉を閉めてから、ロベルトくんは私に小さな声で質問をした。

「ククツミ、先輩……ククツミ先輩が、帰ってきて下さったことは、きっと、喜ぶべきことなのでしょう……。けれど、昨日までの……」

「昨日までのククツミ先輩は、どこへ行ってしまったのですか……?」

その両手は強く握られ、震えている。

「……あの子が、決めたことだよ。……好きだった、んだってさ」

「好きだった…?」

「……自分の想いを、忘れたくなかったんだって。……だから、自分の心ごと」

「……終わりを、願ったんだってさ」

どう伝えれば良いのか、私も分かっていない。
私は“あの子”ではないし、“あの子”も私ではない。
互いにククツミであるけれど、見てきたものはあまりにも違っていて。

それでも『ククツミ』が生きていた時間は。
確かにここにあって。

「……ねぇ、ロベルトくんから見て……あの子は、どんな子だった?」

今朝シャロンくんに聞いた質問を、ロベルトくんにも投げかける。

「……あちらのククツミ先輩もまた、素敵な方でした。それでいてどこか、触れたら壊れてしまいそうな雰囲気も感じていました」

それは、“あの子”が生きていた証。

「お淑やかで。からころと可愛らしく笑って。私の作った和菓子を、美味しそうに、食べて、くださって……」

あぁ、本当に。

私は思わず、ロベルトくんの頭を撫でてしまって。

こんなにも、想ってくれる子がいてくれるというのに。

私は、ロベルトくんを抱きよせた。

「……あの子を、見ていてくれて。……そばに居てくれて、ありがとう」


仮面が、ポロリと床に落ちる。

同時にロベルトくんの瞳から涙が溢れ出した。


「やっぱりククツミ先輩はククツミ先輩です。変わっても、変わらない……」


「……そうだね。私もククツミだし、あの子もククツミで。……私もあの子も、私なんだろうね」

きっと、私と“あの子”はどこか違っていて、でもどちらも同じなのであろう。
その上で、生きてきた記憶は別で、それぞれが誰かの心の中にある。

私はロベルトくんの頭を抱えるように、ぎゅっと抱きしめる。

どちらも私で、どちらもククツミであって。

「それでも……あの子のために泣いてくれて、ありがとう」











「……ふふ、そんな顔してたんだね」

随分と泣き腫らしたロベルトくんの顔を見て、私は笑った。
その時とても寂しそうにロベルトくんも笑うものだから、きっと“あの子”も素顔を見たことがあるのだろう。

それでも、ロベルトくんは吹っ切れたように。

「はい。これが、私です」

大切そうに、笑うものだから。

「……そうだね。ロベルトくんも、ロベルトくんだよ」

それが少し、眩しく見えて。



「あのさ、急な話なんだけど」

「……あの子が好きだった和菓子の作り方、今度教えてくれる?」

私が笑いかければ、ロベルトくんは一瞬きょとんとした顔をして。

「はい。喜んで」

精一杯の笑顔で、そう言ってくれた。




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