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光るまち

うちの店は服装が自由で
夏はもっぱらバンTを着ている。
つい先日バンTを着ている
若いカップルのお客様がいらっしゃった。
「マカロニえんぴつ」のTシャツを2人で揃えて着ていて
微笑ましかった事を覚えている。
奇しくもその日は私もバンドのTシャツを着ていた。
「teto」のTシャツを着ていた。
「マカロニえんぴつお好きなんですか?」と声をかけ
今キているバンド。先日行ったライブが楽しかったこと。
そんなお話を聞かせて頂いた。
「僕も今日バンTなんですよこれ。」と話したが
2人は「teto」は知らなかった。
そうか、もう知らない子もいるのか。
あの衝撃を。音楽と雑音の境界線ギリギリを攻めたサウンドを。

浅くていいから息をし続けてくれないか

そう歌っていた「teto」は静かに息を引き取ってしまった。
あの日「dystopia」を初めて聴いたときの衝撃は今も覚えている。
私にとっては「teto」こそ永遠に続くものだと思っていた。
あの町の恋やゲーセンよりも、永遠に続くと信じてやまなかった。
小池貞利に憧れて
MVの衣装や雑誌のインタビューでの衣装を真似た。

先日、「the dadadadys」名義での「光るまち」がリリースされていた。
私は「the dadadadys」に改名してからの曲は聴いていなかった。
別段、食わず嫌いをしているわけではなかったし
タイミングがあれば聴いていたと思う。
ただタイミングがなかっただけのことで。

そして今回、まさにその「タイミング」が今だった。
「光るまち」は当時
遠距離恋愛をしていた彼女に会いに行くときの
夜行バスの中で繰り返し聴いていた曲だった。
それゆえに思い入れがとても強かったのだ。
もう会うことはなくなったが、それも全部ひっくるめて
私の中では特別だった。

そして、今回「光るまち」がどうなったのか。
「楽しみ」と言うよりも「恐る恐る」と言った具合に再生した。
目を細める
テストが返却されるときのあの感覚に近いかもしれない。
そういう意味では
いつまで経っても「teto」は私の青春なんだなと。
少し可笑しく思えた。

しかし、いざ返却されると想像とは全く違った。
英語のテストを返されると思っていたら
数学のテストが返却されたような感覚。
個人的な思い入れが強かったからなのか
あの繊細な「光るまち」ではなかった。
と言うよりも「teto」の「光るまち」ではなかった。
「the dadadadys 」の「光るまち」なのだ。
頭では分かっていても
いざ対面すると面食らってしまうのだなと。

もう「teto」は居ないのだと。
改めて感じた編曲だった。

だからと言って「teto」を嫌いになったわけではないし
「the dadadadys 」が嫌いなわけでもない。
これからも9月になれば否応なしに「teto」を聴くだろう。

ただ、やはりタイミングがなかったから
食べなかっただけだと思っていたものが
実際に口にしてみたら思い出の味とはかけ離れていただけのこと。

好きなものは好き、好きじゃないのもたまに好き

そういうもんだから、「the dadadadys」でも
好きだと思えるものが生まれたら嬉しい。

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