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水中考古用語集 い

水中考古に関するざっくばらんな話題をお届けします!

今日は、い  

特定の遺跡の話ばかりになると嫌なので…

「遺跡か遺物か」 というトピックについて

沈没船は遺跡ですか遺物ですか?と聞かれることが、ごくたまにある。

水中考古学のキャリア20年以上になるが、講演会などで4~5回ほど話題に上がった。特に、一般向け講演会よりも考古学者向けの専門的なシンポジウムなどで聞かれる。

考古に詳しくない人は、なんのこと?と思うかもしれない。

遺跡は、過去の人の使ったモノを指す
                   ----土器や石器など
遺跡は、過去の人の住んだ場所、生活の痕跡の集合体である
                ----古墳や吉野ケ里遺跡など

遺跡は動産(動かせるもの)、遺跡は動かせない、と考える人もいます。

    このほか、「遺構」と言う言葉もあるけど、この際忘れましょう…


遺物が見つかる場所が遺跡ではない。生活の痕跡が地面などに残されて遺跡となる。例えば地中から銅銭1枚が出てきても、そこは遺跡にはならない。単なる落とし物の発見地、遺物があった場所でしかない。(ただし広い範囲を調査した際、その銅銭と関わりのある他の遺物などが出土した場合は別)


では、あらためて沈没船は遺跡なのか遺物なのか? 


海の上を移動していた船が何らかの原因で落ちて堆積した場所である。そこに人が住んでいたわけではない。これは遺跡なのか、それとも単なる遺物(船とその積み荷)があった場所なのか?海底に何か人が手を加えているわけではないし、動かすことができる(動産)。水中遺跡の研究に長年関わってきた人にとって見れば、答えは明白なのだが、質問をしてくる意図は理解できる。

ちなみに、「沈没船は遺物・遺跡としてではなく、別の次元で捉えるべき存在であると考える」が私の意見。

沈没船が、その場所にあることは大きな意味を持つ。交易の航路を示す証拠でもあり、また、海の流れなども示していることがある。沈没船は、海難事故にあって、海にそのまま沈むことは、ほぼない。沈没する前に積み荷を投げ捨てたかもしれないし、アンカーを打って船を止めようとしたであろう。そのような証拠が近くにあるかもしれない。船の墓場のように、実はたくさんの船が発見される場所もある。トルコのヤシアダ沈船などは、4世紀と7世紀の船が重なり合うように出土している。

また、船は沈んだ後、その場所から流されて移動することもある。痕跡はその場所だけではないかもしれない。地震・津波による被害、また、後の時代のサルベージの痕跡も残っていることがある。釣りの道具なども発見されることがある。沈船は漁礁となるので、例えばギリシャ時代の沈船に中世の釣りの重りなどが混じっていることもある。

さて、さらに沈んでから船が劣化していく過程も海底に残されている。海の中でも砂の堆積は進む(砂の流出もあるが)。思い積み荷などは最初に堆積する。その後、砂に埋もれ…船の上部にあった積み荷などが崩れて堆積することもあろう。沈没船遺跡を掘り進めると、積み荷の位置・上下関係から当時の積み荷の積まれ方はもちろん、その後の環境の変化も読み取ることができる。

船そのものは、人々の生活空間である。船の船尾や船首など場所によってそこにいた人の役割や身分も異なる場合がある。また、船には必要のない物は積まないのが鉄則だ。例えば、日帰り旅行に行く際に炊飯器をもって行かないだろう。船は限られたスペースをいかに有効に使うか、当時の人々の知恵が詰まっている。何が重要で何が必要だったのか、必要最低限で効率を最大に出すための工夫が見られる。沈没船がタイムカプセルと呼ばれる理由がここにある。人々の生活の瞬間をとじこめた空間、それが沈没船である。その生活空間を遺物とは呼ばないだろう。船とは働く道具だが、社会で共有された空間でもある。

さて、沈船は漁礁になると言った。沈船には様々な生物の住処となり、その地域の生物多様性の維持に貢献していることが知られている。周辺の海の環境の一部として取り込まれている。そのような場所は、常に周りの生き物たち(釣り人など人間を含め)と何らかの関係を築いて今に至る。沈船の周囲は良い漁場となる。また、レックダイビングなど観光としても活用されている場合もある。沈没船は、考古学者の興味の対象物として捉えるのではなく、さらには我々人類だけのモノではない。海洋環境の中に存在意義を生み出している。

海洋環境や持続可能な社会などが話題となっている今、海の遺跡を考古学者だけの価値観で見るべきではない。自然環境の中のパーツの一つであり、動かすことはできないとも考えられる。



単に「遺物」や「遺跡」として「考古学オンリーの観点」で捉えてしまうことは、安易な発想ではないだろうか…

埋め戻しに関しても周囲の環境との調査の問題などもありますね。それとか、タイタニック号では新種のバクテリアが発見されています。考古学者と海洋生物学者は共同で調査することが多くなってきています。


こちらの記事(BBC) 沈船(ノルマンディー上陸作戦)と海洋生物学について詳しく書かれています。
ぜひぜひ読んでみてください! 





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