2110E志乃【鳥籠】

 不動産屋から鍵を受け取った僕らは、引っ越し作業の諸々を一度忘れて家中を探検した。
 よく覚えている。彼女は一等窓の大きな部屋に辿りつくと、これから段ボールに、それから生活の香りに満たされるだろうまっさらのフローリングに、大の字で転がったのだ。
 こんなに空が広い。今までの何倍も素敵な鳥籠ね。
 細い枠で幅広く格子を施された大窓を見上げ、そう言ってくふくふ笑って頬を染める彼女に、僕は必死になって説いた。
 鳥籠の扉は彼女が自分の手でいくらでも開け閉めできる。籠は巣で、止まり木は籠の外にあって。つまり僕は彼女を新たな鳥籠に、押し込めたつもりではないと。
 彼女は焦る僕を見て、やっぱり笑った。
 止まり木、と言えばテラコッタベージュのレンガと白い鉄柵や、ベランダに作りつけられた物干し台に目を向けてむずがゆそうに口の端を震わせる。巣、と言ったときにはころころと床を転がって遊んだ。埃ひとつないフローリングを二歩分ほど転がって僕の足元まで来た彼女は、僕のズボンのすそを引いて促し、僕を床に寝かせた。
 鳥籠であることを否定しなかった僕に、彼女はあえて触れなかった。ただ、僕に彼女と同じ目線から空を見せて、同じ巣に棲む鳥にしてくれた。

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