2105D志乃【緑の中に迦楼羅炎】

 山中をどれだけ歩いただろうか。ごろごろと角の立った大きな石の重なりの中に、四角く石を積んで作られた壁を見つけた。平らな壁面は私の身の丈の高さまで、その上にはやはり角の立った石が乗っている。厚くやわらかな苔と、冬をとうに過ぎてもまだ残る枯葉の中に、その壁はひどく異質なものだ。
 表土からしみたのだろう水気が、壁を覆った薄い苔の緑を濃くしている。苔からシダが生えているのを見た限りでは、ここは作られてから随分長いこと、苔を削るでもなく静かに時を重ねているらしい。
 つ、と呼ばれた気がして視線を上げれば、ただ放置されているにしてはあまりにもきれいな仏像があった。
 明王の座像と、おそらくお付きの童子像。黒色の像には苔の一つもなく、つやこそないものの滑らかな表面は、森の木漏れ日を受けてわずかに光るように見える。右手に剣を、左手に羂索を握りしめた雄々しい明王の厳めしさ、足元の石が伸びてきた木の根に押されたのか傾いた童子像の柔らかな頬に穏やかな表情。どちらも、視線は壁の下を通る者に向けられているようだ。
 どのようにしてかはわからないが、きっとこの山の御坊が甲斐甲斐しく磨きに来るのだろう。
 道を違えたものを羂索で縛り引き戻すという明王に、旅の加護を祈って合掌した。

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