2106A志乃【薄暮】

 ドサドサ、と重い音を立てて、自分がアスファルトにたたきつけられた音を聞いた。
 コンクリートで固められた崖から、おおよそ五メートル程度落ちただろうか。隙間に生えた枯れすすきやシダを掴もうと伸ばしたはずの手には擦り傷、爪には茶けた苔が詰まっている。結局なにも緩衝にはならず、ただ頭だけは路肩に放られていた凍結防止剤の袋に守られた形で、分厚いビニールの感触が一瞬後頭部に当たった気がした。そのままゴロゴロと転がって、二車線道路のど真ん中になんとか身を起こす。
 一度咳をして、止まっていた呼吸を戻した。キンと凍っていた頭に酸素が巡り、今度はカッと熱くなる。荒らげた呼吸でみっともなく上下する肩からズキズキとした痛みを受け取り、程度はわからないが怪我をしたらしいことだけ把握した。
 ずるずる、腕を引きずりながら起こした体を傾け、どうにか立ち上がる。落ちてそのまま車に轢かれなかったのは運が良かったが、残念なことにせっかく山から道に出てきても人の気配一つない。保護も支援も望み薄だが、さっき落ちた崖の上からは追手が藪と杉の落ち枝をかき分ける音や声が聞こえてくる。
 左右に伸びるアスファルトの道、右手にはトンネルがあった。雨と塵で薄汚れた灰白色のコンクリートに、黄やピンクのパステルカラーで描かれたデフォルメの桜が緊迫感を削ぐ。先は見通せる程度の距離、非常口なんかがあるような長いものではない。入ればさぞかし靴音が響くだろうし、出口にはすぐそばに茂みがあった。おそらく、今転げ落ちてきた山とすんなりつながっている。
 わざわざ追手がこちらに来やすい地形を選びたくはなかった。

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