1907C志乃【小休止】

 自転車を停めると、ざ、と土手向こうで枯れ葦が騒いだ。シャツの中に迷い込んできた風が、脇腹で渦を巻いてから背中へ逃げていく。よく晴れた晩春、夏の足音が聞こえるような日差しにうっすらと滲んだ汗が冷えて、爽やかに乾いていくのを感じた。日焼けし始めた手の甲が熱い。
 足元には絡まりあって乾燥した蔓草。下からハコベや春の野草が茂っている。青いにおいを踏んで土手を登れば、白茶けた枯れ葦の隙間から、緑の葉をつけた葦がのぞいているのが見えた。立ち枯れた葦は土に触れる部分が少ないからか、還り損ねているような風情だ。
 さざ波だつ青黒い水面に、葦の小束が点々と揺れる。一本きりで立っているのは葦ではない。漁で網をかける竿だろう。趣味の釣り人を見ることはあっても、漁をしている人を見ることはあまりないので、もしかしたら放棄されているのかもしれない。
 向こう岸にビニールハウス、平屋の民家、白壁に青い屋根の施設。木々が茂る山も、風を遮ることもないなだらかな丘といったほうが正しい。春の陽気に湧いて出た綿雲の白が、深みを増していく空の青に光りながら、刻々と形を変えて流れていく。
 対岸に何があるか目視できるような、小さな沼。ぐるりを囲む細いサイクリングロードと、一面の田。派手な見ものに乏しいが、豊かな初夏の風に包まれて日常を吹き散らしてもらうのは、胸がすくようで心地よかった。

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