栗きんとん

「栗きんとん」

                竹井紫乙


仕事帰りに寄った和菓子屋さんで

栗きんとん、大福と抹茶ロシアケーキを買った

恋人と仲直りのきっかけにしようと思って

二人とも甘いものが大好きだから


朝からお金のことで喧嘩した

ささいなことじゃない


恋人は無職でいつでも家にいる

お菓子買ってきたよ

と声をかけて紙袋から商品を取り出すと

栗きんとんが入っていない

レシートには記載されているのに


喧嘩代を支払ったんだよ

と恋人は言った

意味わかんないなと困惑しつつ突っ立っていると

恋人はやおら私の肩をつかんで耳にかぶりついた


しばらくテーブルの下で気絶していたらしい

気がつくと右耳と右目が食べられていた

慌ててふらふら立ち上がってみると

恋人は満足げに椅子に座って

抹茶ロシアケーキを食べていた


耳が聴こえにくく目が見えにくく

右半身がじんじん痛い

いっぺんには食べ尽くさない

ということであるらしい


共食いという選択肢だってあるはずだけど

目の前でお茶を飲んでいる恋人はきっと不味いから

逃げた

逃げる直前におしりを半分食べられた


一年くらいで耳が生えてきて

おしりが垂れてきて目が復活したけれど

以前より性能が劣る

病院で注射を打ってもらったら更に不具合が増えて

食欲がなくなってしまった


元気になったら栗きんとんを買いに行こう

人生と仲直りしよう

次の恋人は美味しそうなひとにしよう

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